第28話 これからの話をいたしましょう

 色々と考えたり悩んだりしたけれど、現状をかんがみるに時期尚早じきしょうそうだと結論づけた。

なるべく近い将来に家族と手紙をやり取りしたいという、私の野望は一時的に置いておくことにする。

あせって下手に動いてしまうと、両親が生きて外国にいることや家族の居場所が王国にバレてしまうので、今はこれ以上を望めない。

せっかく国王陛下が救ってくださった両親の命だ。

彼らが生きていると公にバレてしまえば、たぶん陛下にまでご迷惑がかかってしまう。

この件は、今は時間の力を借りるしか仕方がないのだった。



 そうすると、私は次に何をするべきだろうか。

「読書と食べることと寝ること。それから、ベリーと遊ぶこと……うぅーん。このままだとダラダラと堕落してしまいそう」

今は見た目が骨な私だけれど、こんな生活ばかりしていたら太るのかしら。

肉がつくのか、それとも骨が太るのか、興味はあるが試す気にはなれない。

「デブな骨って、ちょっと想像できないですわねぇ」

プヨプヨとひざの上でスライムがれる。

「そういえば、ベリーも一回り大きくなったかしら? しっかりご飯を食べて大きくたくましく育ってほしいですわ」

私の言葉に、今度はぴょんっと跳ねて返事を返してくれたのだった。






 今日は朝から本がギッシリ詰め込まれた公爵閣下のお部屋にお邪魔した。

「君が俺に相談だなんて珍しいね。それで、何についての話かな?」

最奥にある執務用の机にひじをつき、そこにあごを乗せた姿勢で閣下が言う。

彼の手元には、紅茶が置いてある。

ちょうど急ぎの書類が終わって、一休みしていたところだったみたい。

エドさんが少し離れた場所の応接セットにお茶の準備を整えてくれた。

そちらに移りながら、私は閣下にお願いごとを打ち明ける。

「ええと、じつは魔法を習いたいのです」

それを聞いた閣下が、意外だと言わんばかりに目を見開いた。

「んん? 君が、魔法を?」

「はい、私が魔法をです」

「うぅんと……、ちなみに今までに魔法関係の勉強をしたことは?」

怪訝けげんそうにたずねられる。

貴族学園では初歩的な魔法学しか学ぶことが出来なかったため、ここではいさぎよく素人だと宣言するしかない。

「……残念ながら、全くないのです。母校の学園では専門的な魔法学の授業を学べませんでしたので」

「ううむ、なるほど。それじゃぁ、……今になって、どうして魔法を学びたいのかな?」

閣下は困ったように眉を寄せて、質問を重ねてきた。

「それは、今だからですわ。じつは私、子どもの頃から魔法に興味がありましたのよ。それなのに王立の魔法学院ではなく貴族学園へと進学しなければならなくなりまして、本当に学びたいことを学べずに居たのですわ。今ならば、ここに沢山の教本がありますでしょう? だから、ぜひ閣下のお許しとお力添えをお願いしたいのです」

ひたすら勉強してきた歴史や語学やマナーは、もうたくさん。

ダンスなんて踊ることもなさそうだし、法学が今後の役に立つとは思えない。

思いがけず手に入れた、本を読み放題の環境と沢山の自由時間をどう使うか。

考えるまでもなくおのずと答えが出てしまっていたのだった。



 ふぅむ……っと、公爵閣下は考え込んだ。

エドさんは、静かに私たちの傍に立ち微笑んでいる。

「あの……、今後も閣下の蔵書をお借りしたいのと、本を読んで自力ではわからないことを質問させていただけたら大変ありがたいのです…………えっと、やはり駄目だめですか?」

学園を卒業するような年齢から勉強を始めるのでは遅すぎる、とは思うのだけれど……どうしても諦めきれないのだ。

やらずに後悔するよりは、挑戦してから反省する方が良い。

要するに、もう後悔したくないってこと。

だって今ならば、学園のえこ贔屓ひいき教師も王城の自意識過剰な猛烈もうれつ教育係も……誰も私に干渉してこないのだから。

自分でやりたいことを決められるって、なんて素敵なことでしょう。

……っというような思いのたけを語ってみたら、閣下もエドさんも驚いたように目を見開いていた。

ええっと、私ったら何かおかしな事を言ったかしら??



 ふっくく、クククッ……って、笑い声をらす公爵閣下。

後ろを向いて小刻こきざみに肩をふるわせている執事さん。

「え……ちょ、ちょっと。お二人とも、どうして? ……もしかして、私おかしな事を言ってしまいましたの?」

やっとこちらを向いてくれたエドさんが、フルフルと首を横に振る。

「いえいえ、何もございませんよ。ちょっと予想外だったもので」

「……予想外、ですの?」

「ええ。貴女は今までにも学園や王城で散々勉強をなさって来たでしょうに、ここに来てからもまだ学ばれるのかと……お疲れではないのですか? お嬢様はもう少しお休みを取ったほうがよろしいのではないかと、閣下とも相談していたところだったのですよ」

「ッッククク……そうだね、君ってば頑張りすぎ。世間の御婦人方は社交界で注目されることばかりを考えているらしいのに、クラウディーラ嬢は流行の服や宝飾品よりも魔法に興味がおありだったとは。これは予想しなかったよ、じつに愉快」

いまだに笑いの発作がおさまらないらしい公爵閣下が、ニマニマしながらおっしゃった。

「よし。どうせならば基礎から学び直して、あとは君の興味の向くままに好きなだけ勉強でも研究でもやったら良いよ。俺も手が空いているときにはご一緒するつもりだが、当面の先生役としてエドを貸し出そうか」

その言葉を受けて、執事さんが微笑んだ。

「おや、お嬢様のお役に立てるのは光栄ですね。喜んで拝命いたしましょう」

こうして、私のこれからの日々に本格的な魔法学が加わることになったのだった。













 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る