第25話 ダークベリースライムのベリーちゃん

 回廊を上って、あの甲冑部屋にやって来た。

あのときと同じように木の扉の前に立つ。

今回は連れが居るので心強いし、怖い場所ではないという安心感がある。

私が初日に借りていた大きな角灯を片手で持ったシルバさんが、もう片方の手で扉を開けてくれた。



 ギギィっというきしんだ音とともに開け放たれた扉の中は、以前と変わらず甲冑がズラリと並べられている。

「者ども、集合!!」

入り口付近で、シルバさんがビシッと号令をかけた。

すると、ワラワラとあちらの甲冑こちらの甲冑からあの赤いドロドロが流れ出てきた。

あのときは血溜まりに見えてしまってひどく不気味だったが、正体がわかっていれば怖くない。

目の前の石畳に大きな赤い水溜りのような塊が出現したのだった。

「こちらは旦那の嫁さんになる大事なお方だ。くれぐれもおどかしたり悪戯いたずらしたりしないようにしろよ。敬礼!!」

スライムの彼らが理解しているのかどうかは不明だけれど、私を紹介してくれたみたい。

号令がわかるのだから、ある程度の知能はあるのかも知れないけれど。



 敬礼の掛け声に、赤いドロドロが幾つもの赤い玉になった。

ちょうど手のひらに乗るくらいの大きさだ。

一つ一つがプルプルと小刻みにふるえて、まるで私たちに向かって挨拶あいさつしてくれているみたい。

「そのまま行進、旋回せんかいして持ち場に戻れ!」

シルバさんの次の指示に素直に行動する赤い玉たち。

部屋の入口でグルグル回りながら、やがて其々それぞれが受け持っているらしい甲冑の内部へと帰っていった。

私はといえば、訓練された規律正しい動きに感心するばかり。

静かになった室内を呆気あっけにとられて見回していた。

「え!? ……えぇっ! あの子たち、一つ一つが一個体のスライムなの? あんなに沢山、いったい何匹居たのかしら……」

思わずつぶやいた問いに、案内役のシルバさんが答えてくれる。

「ああ……っと、ちゃんと数えたことはねぇが、おそらく数百匹は居るんじゃねぇかな。よく分裂したり家出したりしているからなぁ……ほぼ一定数を保っちゃいるが、常駐の数は常に微妙に変動しているぞ」

「ふぅん。彼らの生態も面白そうですわね」

「まぁな。知り合いに奴らを専門に研究している学者先生が居るから、良かったら紹介するぞ?」

「まぁ、そんな研究があるのですね。ぜひお会いしてみたいのだけれど……私はここから出るわけにはまいりませんし、残念ですがご遠慮しておきますわ」

「そうか。……気が変わったら何時でも紹介するから言ってくれよな」

「ええ、そうね。そんなときが来たらですけれど……そうさせていただきますね」

「……ああ、そうしてくれ」



 ふと足元に違和感を覚えて見てみれば、くつの上にちょこんと乗っている赤い子が一匹。

行進に参加していた赤い玉の半分くらいの大きさだ。

ジッと見ていると、ぴょんぴょん飛び跳ねて嬉しそうな様子だ。

「おやおや、珍しい。ずいぶんとなつかれたもんだ」

シルバさんが意外そうに言う。

「こりゃ分裂したてのお子さまスライムさ。基本的に臆病な質だからか、成体の大きさになるまでほとんど出てはこないんだが。まさかお嬢に懐く奴が出るとはなぁ……うん。この部屋で働いているスライムたちは、皆がこんな風に我輩に懐いてくれた可愛い奴らなんだよ。他の大多数のベリースライムたちは外壁にへばりついて、闇苺の葉陰に隠れながら気ままに生きているのさ。なるほど……今居る幼体の中じゃ、こいつ一匹だけが勇敢な変わり者なのかも知れねぇぞ。お嬢が良かったらなんだが、こいつの意思を尊重して身の回りに置いてやっちゃくれねぇか? 人になつく個体はとくにかしこいから、お互いに良い遊び相手になるだろうよ」

「え!? よろしいんですの?」

「ああ。ぜひ頼むよ……あんたの相棒として飼ってやってくれ。餌は外壁の闇苺を勝手に食べるから手間いらずだぜ?」

「まぁ、それは有り難いかも。それじゃぁ……子どもスライムさん、よろしくね?」

手のひらに乗せて語りかけると、プルプル震えて返事を返してくれた。

「うーん。子どもスライムって呼ぶのも、ちょっと変ねぇ。そうだわ……名前をつけても良いかしら?」

「ああ、良いんじゃねぇかな。我輩は、数が多すぎるし見分けがつかねぇから、一々名づけることはしていないが、その方が親しみがあって良いと思うぜ」

「そうね、どんな名前が良いかしら…………赤くて丸いから、赤丸ちゃん? スライムだから、スーちゃん? ……どうも、しっくりこないわねぇ」

うぅむ。闇苺を食べるベリースライム……ベリーが好物なのだから、素直にベリーちゃんで良いんじゃないかな。

見た目も赤くて丸いし、苺に似ているような気がするし。

「……そうね、わかりやすいし覚えやすいのが一番ですわ。そういうわけで、貴方の名前は“ベリーちゃん”で。可愛いし、良いかと思いますの」

「ははは。たしかに一度聞いたら忘れないかもな。良かったな、ベリー」

シルバさんが語りかけると、小さなベリーがぴょんぴょん跳ねた。

こうして私に小さくて可愛い相棒ができたのだった。


 

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