第24話 大男 = ……ゴリラ

 私は正直に打ち明けることにした。

「ごめんなさい……私、お仕事の邪魔をしてしまったのですね。あのときは甲冑から赤いドロドロが流れ出てきて驚いた上に、貴方のことを怖い怪物か何かかと勘違かんちがいをしていたみたいですわ。広くて暗い部屋で、真っ黒な大きな怪物が目をギラギラさせていたのかと思ってしまいました……」

血みどろな甲冑と黒い怪物に驚いて逃げ出したことを。



 そうしたら、思いきり笑われた。

「はっはっは! こりゃ愉快だな。彼処あそこは我輩のコレクション置き場なんだよ。あの沢山の甲冑たちは全部我輩の蒐集物しゅうしゅうぶつなのさ……凄いだろぅ?」

なんてことだ。あんなに血みどろの、呪われた甲冑を集めておくだなんて、怖くないのかしら。

「えぇぇっ。だって、甲冑アレって血塗ちまみれじゃなかったですか。えっと、赤いドロドロがついていましたわよ? あのままだと錆びてしまうのではなくて??」

全くの興味本位で、怖くないのかと遠回しに聞いてみる。 

すると、はじめは怪訝けげんそうにしていた大男さんが、合点がいったとばかりにニヤリと笑う。

「あん? 赤いドロドロだって? ……ああ、彼奴アイツらのことか。あれは見た目は薄気味悪ぃが、血液じゃねぇよ」

「えっ!? あれって血じゃないんですの?」

「ああ。たしかに赤黒くてドロドロしているからな、見間違えるのも仕方がねぇのか。だが、ああ見えて彼奴アイツらはスライムの一種なんだよ」

「……すら、いむ……ですの?」

「ああ。ダークベリースライムっていう奴らでな、主食がこの塔の外壁がいへきつるわせて自生している闇苺やみいちごの実なんだよ。それを原料にして体内で強力な酸を生成する。その酸を使って甲冑を磨く仕事をさせていたんだが……どうやらお嬢には、それが血塗れに見えちまったんだろうなぁ」

「まぁ。それでは、そのスライムたちは単に甲冑のお掃除をしていただけなのですね…………うわぁ。あんなに取り乱してしまって恥ずかしいですわ、私……」

「あのスライムは珍しい種類らしいからなぁ。始めてみたなら驚くのは無理もねえさ。あれの他にも希少種が何種類か居るから、興味があるんなら見せてやるぞ?」

「よろしいんですの?」

「なんの問題もないぜ」

「それでは、ぜひともお願いしたいですわ。とにかく私、この塔のことが知りたいのです」

「おぅ。任せとけ」

彼はドンっと胸を叩いて、私に着いてこいと手招きをした。

どうやら厨房の外に出て、彼のコレクション置き場を見せてくれるということらしい。

大男さんとのこんなやり取りで、私たちはスライムに会うため再び甲冑の部屋へおもむくことになったのだった。



 おお、そうだった……先に厨房を後にしようとしていた大男さんが振り返る。

「えっ? なんです?」

「お嬢は我輩が黒い怪物に見えたって言っていたが、あながち間違いじゃねぇよ」

「え……それは、どういう意味ですの?」

謎めいた言葉に首をかしげる。

彼はたしかに大きくて怖そうだけど、怪物ではないはずだ。

「まあ、見てな。おっと、先に言っておくが……頼むから、気絶なんかはしてくれるなよ?」

「え? 気絶? ……大丈夫だと思いますわ、たぶん」

この場所に来てからというもの、我ながらけっこう耐性がついていると思うのだ。

大蜘蛛が大群で攻めてくるとか、よほどのことがない限りは耐えられるはず。

そう言いつつも、ちょっとだけ身構えてしまった。



 大男さんが、グイッと全身に力をみなぎらせた。

すると、彼がみるみるうちに毛むくじゃらの黒い毛皮に包まれたのだ。

「ひぃ!!!!!!」

ガッチリとした肩幅かたはばにくびれた胴回どうまわり、長い手足と張り出した胸板が特徴的である。

そこに現れたのは、そんな大型獣人の姿だった。

これは…………気絶するなと言われたが、ちょっと無理かもしれない。

息を飲み込んだまま身動きも取れず、視線だけが釘付けになってしまった。

目が回るっていうか、申し訳ないけれど気が遠くなりそう。




 くらりと倒れそうになった身体を支えられて我に返る。

「おイおイ、大丈夫カ……」

ハッと見上げれば真っ黒でつぶらな瞳が心配そうにのぞき込んでいて、その瞳には全く害意がない。

ああ、この方は大丈夫だと直感した。

害意がないどころか心配してくれているのだもの。

これ以上は無駄に怖がったら失礼に当たる。

黒い毛皮の大きな獣人さんに、ありがとうございますとお礼を伝える。

彼はホッとしよたように眉毛まゆげを下げて、フゥと小さなため息をついた。

「ヤレヤレ。どうヤら気絶はまぬがれたミタいだな……良かったゼ。お嬢に何かあったラ、我輩がしかられルからナ……」

ニヤリととがった歯列しれつをむき出しにした笑顔を向けられて、やっぱり怖い顔だわって思ったのは内緒にしておこうっと。



 見る間にしゅるりと、黒い毛皮が引っ込んだ。

身体の大きさも、八割くらいには縮んだみたい。

着ていた服とエプロンは元通り…………って、いったいどうなっているのかしら。

獣姿けものすがただと服を着ていなくて、元の人型ひとがたに戻ると服を着ている不思議。

その辺の事情がすごく気になる。

「ほぇ……」

ぼんやりと口を開けたままで、人化ってこんな感じになるのか……なんて見とれていたら、ポンポンっと肩を叩かれた。

それから、改めて自己紹介をしてくれた大男さん。

「こちらの姿の方が話をするのにもスムーズだからな。獣の姿だと上手く口が回らねぇんだよ」

筋肉質な腕を持ち上げてガシガシ頭をかく彼。

「我輩は大猩々おおしょうじょうの獣人で……この塔の主人の護衛役を担っている、シルヴェルバール=ファレスという者だ。料理は趣味だが、ここでは料理人も兼ねている。皆からはシルバと呼ばれているから、お嬢もそうしてくれよ」

どうやらガシガシは照れ隠しのようで、ちょっとだけ顔が赤いみたい。

「シルバさんね、改めてどうぞよろしくおねがいしますわ。獣人の方に直接お会いするのは、執事のエドさんに続いて貴方で二人目なの。文化や風習の違いもあるでしょうし、私に何か粗相そそうがあったらおっしゃってくださいませね。あと、大猩々おおしょうじょうってどんな種族なのでしょうか? 良かったら詳しく教えてくださらないかしら……」

黒くて大きい毛むくじゃら、手足が長くてたくましい体格が特徴だと思うのだけれど……初めて聞く種族名に好奇心がむくむく湧いてきてしまったのだった。



 大男さん……もといシルバさんが、考え考え話してくれる。

「……ぅんっとな、大猩々ってのは大陸の南方にある山脈地帯に住んでいる大型猿人えんじんの種族で、別名でゴリラとも呼ばれているな。山林に住処すみかを構え、家族や群れで行動する。数も少ないし滅多に山から降りてこないから、この辺りじゃ珍しい種族かも知れねぇなぁ」

「皆さん、貴方みたいに大きい方ばかりなの?」

「ああ。我輩は特に大きい方かも知れないが、だいたい似たようなもんさ」

「何をどれだけ食べたら、そんなに大きくて強そうな身体になれるのかしら……」

「わははは。お嬢は大きくなりたいのかよ。種族的な違いは仕方がねぇが、好き嫌いなく何でも食べときゃ良いんじゃねぇか?」

「ふふふ。そうですわね……大きくっていうか、もう少しふっくらやわらかい身体になりたいものですわね」

「へぇ〜、そうかいそうかい。それなら旨いもん沢山作ってやるから、しっかり食べるんだそ?」

「まぁ、それは嬉しいわ。楽しみです」

そこから彼の美味しいもの談義が始まって、それは甲冑部屋に到着するまで続いたのだった。





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