第23話 甲冑部屋と厨房の主

 両親との別れは辛かった。

けれど、互いに生きて会うことが出来ただけでも幸いだったという父の言葉にもうなずける。

抱き合って涙した……もうそれだけで、私の心は救われる思いだったのだもの。

だから両親の決意を尊重するべきだとも考えた。

そんなわけで、旅空の下できっと元気にいてくれていると信じることにした。 

あの後で半日ほど泣き暮らしてしまったけれど、そういう風に結論を出したのだった。



 お兄様も父親譲りで中々の策士でいらっしゃるから、きっとご無事でいるにちがいない。

万が一にも無事じゃなかったら、両脇腹りょうわきばらを小一時いっときほどくすぐりの刑に処すことにしよう。

それじゃなかったら、ほうき柄先えさきでグリグリ足裏マッサージを堪能たんのうしていただくのも良さそうだ。

うん、ちょっと良い考えかも。

子どものころからくすぐったがりなお兄様になら、ちょうどよいお仕置きになりそうだ。

逃走中とはいえ、我が家の跡取り息子が怪我や病気なんかしていたら許さないんだから。

涙を垂れ流しながら擽りにもだえる兄の姿を想像して、少しだけ元気が出てきた……かも知れない。



 今までの私は、どんなに王子妃教育や勉強が辛くても涙を流すどころか弱音を吐くことすらも許されなかった。

表情ひとつ動かさず耐え続けるのが当たり前、王族とはけっして他人に弱味を見せてはならない立場だと教えられてきたのだ。

それに比べて今は涙を流し放題で、泣こうがわめこうがしかられない。

叱るどころか、執事のエドさんに心配されてしまうのだもの。

部屋の一角にまで気を配り、うっかり寝具につけちゃった涙のシミまで発見しちゃう執事さん、……怖いほどに有能過ぎる。

有り難いことにそうやって何だかんだと徹底的にたくさん泣いたおかげで、何とか前向き思考に切り替えられそう。 








 数週間もの時間を過ごして、ここの生活にも慣れてきたように思う。

数階層にまたがる居住空間内だけでの暮らしは意外にも快適だった。

執事のエドさんやスケルトンたちに世話を焼いてもらいながらだが、なに不自由なく読書や勉強に勤しんでいる。

侍女の助けがなくても大概のことは問題ない。

うちは貴族らしくない家風だったりしていたために、普段の着替えや日常の雑事くらいは自分でできるようにとしつけられてきた。

こんな事にならなかったなら、それを有り難いとは思わなかったかも知れないけれど……ここにきて、両親には感謝していたりする。




 公爵閣下とは、読書仲間というか友人みたいな認識なまま。

書類上では夫婦になったらしいが、互いにそれを意識し合うこともなく、良くも悪くも穏やかな交流が続いていた。

正直に言わせてもらうと実感がなかったりする。

それにね、あらためて確認したわけではないのだけれど……私みたいな骸骨とは、たぶんそういう気持ちになれないのではないかしら。

塔内で働くスケルトンたちに嫌悪感はないし、むしろ親近感までわいているけれど……ちょと、恋愛や結婚相手としては見られないとは思う。

何ていうのかしら、種族がちがいすぎて対象外みたいな?

そんな感じなのかなと思う。



 種族といえば……スケルトンもどきな私の他にも、この塔内に変わりだねっていうか人間じゃない方が居たことには驚いた。

この国は人間族が中心に住んでいて、他種族は非常に珍しい。

隣国などの他所の国には沢山の種族が暮らしているらしいのだけれど……王国では基本的に人間族しか事業を興すことが許されていないため、他の種族の人たちには暮らしにくいのだと思う。

ごくまれに使用人や流れの行商人として働く他種族の方は居るけれど、ほんの一握りの存在だ。

人種を差別していると他の国から非難されたりしているけれど、我が国は初代の国王が弱き人間族のために安心して暮らせる国をつくると言い出して建国されたものだから、中々に改善するのは難しい問題みたい。

私も行くゆくは、そんな難しい問題にも取り組んでいこうと考えていたのだけれど……もう知るもんか。

それは第一王子殿下にお任せだ。

あちらはあちらで、勝手にやってくれれば良いと思う。



 でも、そんな人種の差別問題はこの塔内では無関系みたい。

なんと執事のエドさんは獣人じゅうじんで、おおかみの種族だったのだ。

ライカンスロープとも呼ばれ恐れられている人狼族じんろうぞくの集落出身なのだとか。

見た目は普通に人間族と変わらない。

「獣人でも、とりわけ能力が高い者は人間の姿と獣の姿の両方で活動できるのですよ。私も少しばかり器用に姿を変えることができるものですから、普段は人間として振る舞っております。その方が王国内では立ち回りが利くもので」

彼は優雅な笑顔で語ってくれた。

どうやら人間族が大半を占める王国内では、人間の姿のほうが活動しやすいらしいのだ。



 それと、ここにやって来た日に出会ったあの黒い怪物。

彼とは厨房ちゅうぼうで再会した。

朝食に出してもらった一品が初めて食べた美味しさで、いったい何からどうやって作っているのか気になって……それに、美味しい食事を毎日作っていただいているお礼も伝えたくて、勢いづいて厨房に押しかけてしまったのだった。

作り方を教えてもらえたらという下心も、じつは心の奥に秘めていた。

料理なんてしたことないけれど、ちょっとだけ興味をもったのだった。

「あのぅ……こちらに料理長さんはいらっしゃいますか?」

もしかしたら料理人さんもスケルトンかも知れないと思いつつ、思いきって声をかけてみた。





 厨房といっても、貴族の屋敷にあるような大きな台所ではなかった。

居住区画の上の方にある一室に、水場と焜炉コンロと小さなカウンターが詰め込まれた簡素な設備。もしかして、奥の方に置いてあるのはオーブンかしら。

そこで狭苦しそうに動く……横幅は成人男性二人分、背丈は見上げるほどの大きさの、大男が居たのだ。

「んん? 誰だ?」

小さなカウンターの向こう側から、くるりと向けられた鋭利な視線にひるんでしまう。

「ヒィ……っと、あの……貴方が、こちらの料理長さんですか?」

美味しかった食事のお礼を伝えねば。

怖そうだけれど、あんなに素敵なお料理を作れる人が悪い人なワケがない。

……うん、……ないと思いたい。

怖いけど。



 ジトリと見られて、ちょっと後ずさる。

「……料理長なんかじゃねえが、他に食事を作れる者が居ないからな…………我輩わがはいが、ここの専属料理人みたいなもんだな。して、アンタは……もしかして、最近ここにやって来た新入りのお嬢かな?」

黒に銀が混ざった複雑な色をした髪は短くそろえられ、清潔そう。

真っ黒な瞳は、一瞬怖そうだけれど……よく見るとキラキラしていて好奇心をたたえている。

そう気がついたら、嬉しくなった。

「はいっ。クラウディーラと申します……よろしくお願いいたしますわ。えっと、いつも美味しいごはんをいただいて有り難くって、お礼を申し上げたいと……それで、こちらにお声をかけさせていただいたのです……」

嬉しいと怖い気持ちがぜになって、しどろもどろになりながらも言葉を伝える。

すると、料理人さんの黒い目がニカリと笑った。

そして笑ったあとに、しょぼくれた。

「おお、やはりそうか。アンタがうちの旦那だんなよめさんか……よろしくな。そんで、あんときはおどかしちまったみたいで悪かったなぁ〜。甲冑かっちゅうの手入れで忙しくって、ちょいと気が立ってたもんでな……つい大声で怒鳴どなっちまった。まさか、あの場所に入ってきたのがこんな可愛い嬢ちゃんだとは思わなくって、申し訳ない……」

大男さんに謝罪されて、初めて塔にやって来た日を思い出す。

「えっ!? あれっ……えっと、あの甲冑が沢山あった……」

暗い室内の奥からギラリと光る目……大きくて黒い怪物…………あれ?? 

もしかして、怪物……じゃなかったの??








  





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