「それから」と「これから」の間に(クラウディーラ視点)

第22話 それから

 私がここに来てから、数週間がった。

その間には色々あって、何だかんだで楽しかったと思う。

何度か公爵閣下のお部屋にお邪魔して本を貸していただいたり、執事のエドさんに塔の内部を案内してもらったり。

気がついたら、あっという間に時間が過ぎ去っていた。

ちょっと不謹慎ふきんしんかもしれないけれど、 第一王子殿下の婚約者だった頃よりも何倍もの充実感があったりする。



 やらされていた学びよりも、やりたくて自分からしている読書の方が身になっているんじゃないかしらとさえ感じる。

魔法の教本なんかも貸していただいたのだけれど、これがじつに面白い。

私は、学院で学べなかった魔法や魔術を基礎から学ぶチャンスを手にしたのだ。

これは是非ともモノにしたい。

ここに来て思わぬ形で学びへの決意を抱くことになったのだった。



 本を読むだけでは理解しきれないことも沢山あった。

そういうときには、エドさんがサッと現れてスッキリ解説してくれたので重宝させていただいた。

こういった基礎的なことを手がかりにして、学者の先生方は更に難しいことに挑戦し続けているという。

そんなことも執事さんが教えてくれた。



 エドさんは王子妃教育の先生方よりも教え方が上手で、彼を執事にしておくのは勿体もったいないとさえ思う。

彼にそう言ってみたら、案の定。

元々は隣国の学校で教鞭きょうべんをとっていたのだとか。

もう先生はなさらないのって聞いたら、私は今の仕事が気に入っておりますのでとニコリと笑って答えてくれた。

たしかに楽しそうにお仕事をしていらっしゃるとは思うのだけど、私一人で良い先生を独占しているのは申し訳ないとも思う。

あとになって公爵閣下の家庭教師でもあったと聞いて、なるほどと納得もした。



 その公爵閣下は、主に魔導回路の研究にたずさわっていらっしゃるのだとかで、奥の方の専門書ばかりが並ぶ本棚にはそっち関連の本ばかり集められているみたい。

『魔素流と回路の加速理論』とか『ホールハウダー定理・アンバランス剥離現象を説明するための計算法』など、タイトルからして意味がわからない分厚い本たち。

サクサクと入門書を卒業して、いずれはこんな本をスラスラ理解できるようになりたいものだと……そんなことを考えるようになっていた。









 そして、私の両親。

治療室で療養期間を過ごしていたお父様とお母様に、やっと会うことが出来た。

公爵閣下が談話室を貸してくださり、親子三人きりで話をした。

両親ともが、私のことをたいそう心配していたみたい。

もちろん私も心配だったけど。



 お母様は泣いてばかり。

「クラウディーラ、ああ、何という可哀想な姿に。…………こんなつらい目に合わせてしまって……ごめんなさいね……、私達がもっと王家や王子殿下の動向に気をつけていたら、こんなことには…………」

「お母様、そんなことはないですわ。私達にはどうにも避けられないことだったのです。私達の婚約は政略的なもので、王家も我が侯爵家も不満はあれど互いに歩み寄ってのことだったはず。たぶん、私はフィランツ様にはさほど好かれてもいなかったのかも知れません。けれど、私たちの間には恋愛などと浮かれたものではなく、ともに国を率いる同士としての親愛があると思っておりましたわ……あの時までは。ですから、よりによってフィランツ様があんなことをなさるなんて誰も予測など出来ませんでしたでしょう? きっと、前もって知っていたのはご本人と、それを教唆扇動きょうさせんどうしたかも知れない背後の方々だけですわ」

私は大丈夫。だからそんなに泣かないでほしいと、すっかりせてしまった背中をでる。



 お父様は、ずっと目がうるんでいらっしゃったけれど……表面上ではいつもの威厳を取り戻していた。

「ありえないくらいに難儀なんぎなことばかりだが……お前がこうして生きていてくれただけで有り難いと思わねばな。我々も、一時は無念のうちに死ななければならないと覚悟を決めた身だ。陛下が秘密裏に私たちの命を救ってはくださったが…………もうのお方にお力添ちからぞえをいただくわけにはいかないだろう」

「……お父様」

何かを覚悟している、そんな表情かお

私は、問いかけようとした言葉を飲み込んだ。

これからどうなる? どうする?

聞くまでもなく悲壮ひそうな決意を感じてしまった。

すでに私たちの運命は流され、動き出してしまっている。

この父をもってしても、もう……。

どうしょうもない事態なのだ。






 母が涙してくれた。

何処どこにいても、いつも貴女の幸せを願っていると。

父が話してくれた。

「我が愛娘まなむすめよ、お前は王命によってスクリタス公爵閣下にとついだ者。ゆえに、この場にとどまるさだめである。そして我々は、公には存在しない元侯爵家の亡霊で……我が子息は行方知れずのおたずね者。非常に残念なことだが、我ら家族の道はかたれてしまった。だがな、家族の絆は繋いでおこうぞ。なにせ、我らに残された大事はそれ・・だけなのだからね」

「……お父様、お母様、……どうしても行かねばならないのですか? ここに居てくださるわけには行かないのですか」

「クラウディーラ、わかっておくれ。公爵閣下の庇護ひごのもと、ここにかくれ続けて安寧あんねいのうちに年を取り、てるのも道ではあろうが……今の私と妻は、それを望んでいないのだ」

「誰の助けもないままに二人きりで、どちらに行かれるというのです?」

「なに、心配は無用だよ。これでも外交で世界中を相手取ってきた元役人だからね。他所の国だが、かくまってくれたり親身になって助太刀すけだちしてくれる友人たちも結構いるんだ。それに、お前たちのお母様の実家が海向こうの大国にあるじゃないか。いざとなったら頼るつもりだ……うん。いざとなったら、だがな」

フンっと鼻を鳴らして父が言う。

「ふふふ。……旦那様は意地っ張りですからね。私の故郷を頼るのは最終手段なのですって。でも心配しないでね……私も旅は慣れっこですし、国外ならば却って羽根を広げることが出来そうよ」

泣いてばかりだった母も、手巾ハンカチの影から小さく笑顔をみせてくれた。



 先ずは、行方知れずのお兄様と合流するという。

「何処に居るのかわからないのに、大丈夫ですの?」

「ああ、じつは非常時の連絡方法を使えば何とかなると思っている。こんなことで使うとは思いもよらなかったが……商業ギルドに、ちょっとした仕組みを作っておいたのだよ」

「まぁ。何ていうか……お父様ったら用意周到でしたわね」

「……素直には喜べない事態だがね、備えを活かす時が来たわけだな」

寂しそうな、それでいておどけたような複雑な表情で父が笑う。

たぶん母も私も、似たりよったりな表情かおだろう。

「私も、いつもお父様とお母様とお兄様を思っておりますわ。……だから、どうぞご無事で……」

「ああ。私たちのことは心配いらないよ。とは言っても、お前は心配するのだろうね……そうだ、落ち着いたら手紙を書こう。数カ月先にはなるだろうが、待っていておくれ」

「ええ。私、待っておりますわ……」

笑顔で見送ろうと思っていたが、無理だった。



 当日に知らされたのだが、極秘にこの場所を出る方法が二つあるという。

一つは隠し扉の向こうに繋がっているという、歴代国王の墓所を通り抜ける方法。

もう一つが、水路の頑丈な鉄柵を特殊な船で通り抜ける方法だった。



 塔の最下層を流れる水路を漕ぎ出した小舟の、後ろ姿がにじんでよく見えなくて……ぐしぐし手の甲で擦ったら、隣りにいてくださった公爵閣下が手巾ハンカチをそっと手渡してくださった。


 

 親子で一週間を過ごした後に、こうして両親は旅立っていった。











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