第21話 侯爵夫妻

 トワイラエル侯爵夫妻は、うちの治療室で療養期間を過ごしている。

無事だったとはいえ、一度は仮死状態にまでなった身体なので俺のかかりつけ医に往診を依頼しながら回復を図っている。

薬の副作用で多少は記憶の混乱や意識の混濁などが見られたが、ここ数日間は落ち着いてきているようだ。

娘であるクラウディーラとの対面も、近いうちに実現できることだろう。

  


 その前に、これまでの経緯や今後についてなどの話し合いが必要だった。

侯爵夫人は早く娘に会いたいと懇願こんがんしてくるが、今はスケルトンみたいな彼女の姿を前置きなしに見せるわけにもいかない。

せっかく体調が良くなたのに、再び寝込んでしまうかも知れないし。

侯爵は、骸骨みたいな彼女と対面しても不思議と娘であると判断できたと言ってはいたが。

けして広くはない塔の中、うっかり出会ってしまう可能性が大きいはずだ。

面会謝絶と言い張って、何とか誤魔化しても数日くらいが限界だろうな。



 そういう理由ワケで……いきなり彼らを会わせるよりは多少はマシかも知れないと、事前に今のクラウディーラ嬢の状況を詳しく説明しようと試みる。



 治療室内におもむけば、ソファに腰掛けたトワイラエル侯爵夫妻の姿があった。

二人ともが病み上がりの様相で気の毒なほどにやつれてはいたが、娘の無事を知ることが出来たこともあるのだろう……心做こころなしか、目に生気が戻ってきているように思う。

「ごきげんよう、侯爵夫妻。体調は如何いかがですか?」

声をかければ、夫妻は緊張の面持ちながらも笑顔を見せてくれた。

「スクリタス公、お陰様でずいぶんと良くなりました。一時は地獄へ落とされたものと諦めかけましたが、今はこちらで心穏やかに過ごさせていただいております」

侯爵の落ち着いた声が返される。

こちらも何とか外面そとづらを保ちつつ、社交辞令を交えた気遣いの言葉を伝えるが……回りくどい言葉のやり取りが、じつは苦手で面倒だったりする。

それでも律儀な侯爵に合わせて会話が続く。

「それは良かった。もし何かあれば、うちの執事に気軽に相談なさってください。主治医によると、まだ本調子を取り戻されたわけではありませんから油断は禁物でしょう。だが、思ったよりもお顔の色も良いみたいですし、安心しましたよ」

「ありがとうございます。……何もかもを失ってしまいご恩を返すことさえままならぬ身ではございますが、公爵閣下には感謝してもしきれません」

侯爵は、真面目で律儀な男だった。

これまでにも、何度も気にするなって言っているのにな。

「いえ、陛下からのご下命で俺がお二人の身をを引き受ける事になったまで。気に病むことはありませんよ。いつまででも、ゆるりと滞在なさって先ずは身体を治すことに専念されることです」

「ありがとうございます。……それで、今日は私どもに何かご用がおありだとか……」

よし、やっと本題に入ることが出来そうだ。



 先ずはクラウディーラ嬢の今の状態を知ってもらう。

次に国内貴族の様子や王族についてなどの情報を。

今の時点で自分が知っている事実を彼女の両親に話すことにした。




 


 …………侯爵夫人は話を聞いて涙した。 

「あぁ……あの子がそんな酷い仕打ちを受けていたなんて。それなのに、……もう私達は何の力にもなってあげられないのね」

おおやけに毒杯を賜ったことになっているトワイラエル侯爵夫妻は、当然ながら公的にはこの世に存在しないわけで……要するに表立った活動が不可能ということだ。

娘も心配だが、自分たちの今後もわからぬ身の上では何をどうすることも出来はしない。

夫人がもう一人の子どもである侯爵子息も心配だと言うので、そちらの消息もうちの執事が配下を使って辿たどっているから安心するようにと伝えた。



 父親である侯爵は、怒り心頭といった様子。

「王子殿下には失望しました。いや、もはや王家の対応にも幻滅です。陛下は、……恐らく、できる限りのことをしてくださったのでしょうけれど。……失ったものが、あまりにも大きくて多すぎる…………」

たしかに侯爵家は全てを失くしてしまった。

地位も信用も財産も、それから家族の平穏も。



 一度は処刑された身であるためか、もはや不敬罪など気にしないらしい。

たとえ廃墟のような塔の中とはいえ、ここは王城の一部分。

目の前には、いつでも陛下に告げ口可能な公爵おれが居るっていうのにな。

これって、とりあえず俺のことを信用してくれている……のだろうか。

俺も王族の一員なので、幻滅される側に入るのかも知れないが……一応、気持ちはわかると頷いておいた。



 体調が回復次第、クラウディーラ嬢と面会できるように取り計らうこと。

執事エドの配下が、長男のアーロウス侯爵子息の行方を追って国内を動き回っていること。

侯爵一家の件については、国王陛下より全権を俺が請け負っていること。

だから、今後については我がスクリタス公爵家に任せて欲しいと……そう伝えたら、二人揃って何度も頭を下げてくれるものだから、困ってしまう。



 あっ、何かを忘れていると思ったら……いちばん大切なことがけていた。

えっと、娘さんを俺にくださいって言わなくちゃならなかったんだったよ。

王命で、すでに婚姻の手続きも終わっている旨も……ああぁ、言いにくいなぁ。

事後承諾じごしょうだくだし、後手後手感が半端はんぱない。



 今しかないと……覚悟を決めて、打ち明けた。

「「っへ!???」」

二人ともが、目を見開いて言葉をなくした。

こんな俺が娘婿むこだなんてね、困るよね…………本当に。

えっと……なんか、すいません。




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