第20話 愚か者とは、欺かれた方か欺いた方か

 数日のうちに、更に沢山の情報がもたらされた。

当初は自害に失敗して仮死状態になってしまったと送られてきたクラウディーラのご両親だったが、少し回復して話ができるようになった彼らの証言によれば……二人は国王陛下あにうえから毒杯を賜ったらしかった。

ただ、それは表向きの偽装工作であったという。

陛下は、毒に見せかけた安全に仮死状態におちいらせる薬を下賜かししたのだ。



 エドがれてくれた紅茶を飲みつつ話を整理する。

「よりによって……陛下が周囲をあざむき、侯爵夫妻をかばったということか。ことが露見すれば、陛下のお立場だって危うくなるんじゃないのかな…………」

「そのようにも解釈できますが、陛下があざむかれている周囲を見限った……ようにも思えますね」

「んん? どういうことかな?」

「【王族の試練】ですよ。王家に生を受けた者は成人前後の数年間に渡り親や親戚などの干渉と加護を外され、それまでに本人が得てきた知識と技術と交友関係のみで過ごす。試練の期間をつつがなく過ごすことで正式に王族の一員と成る……でしたっけ」

「……ああ、言われてみれば……そんなのもあったねぇ。自分にはほとんど関係なかったものだから、すっかり失念していたよ」

「ははは。閣下は幼少期全部が試練の連続でしたからね……普通の王族たちが試練だ何だと騒いでいる事柄でも、閣下にしてみれば何てこともない案件でしょうし」

「まあ……どちらかといえば、俺にとっては試練どころか褒美ほうびにさえ思えるね。貴族も王族も、面倒くさいったらない。奴らとはなるべく関わらずに、平穏で居たいものだよ」

「貴方らしいですが、相変わらずの人嫌いぶりですね」

「嫌いというほどではないけれど、俺のことは放って置いて欲しいかな。ちょっと利用できそうだと見れば一々干渉かんしょうしてきてくるから、わずらわしくて仕方がない」

「興味がないことは涼しい顔でまるっと無視して通り過ぎて来るのですから、何の問題もないでしょうに」

「そうは言っても、それすらも面倒くさいんだよ」

「ははは……横着者は嫌われますよ?」

「奴らに好かれても良いことなさそう」

「……そこは否定できませんねぇ」



 執事は茶器を片付けながら続ける。

「試練の期間中は、父親としても国王としても……干渉してしまえばそれまで。その時点で干渉した本人までも王族の資質がなかったという判断結果に結びついてしまうのでしょう。試練の裁定は何方どなたが行っているのか存じませんが、陛下はヤキモキしながらこらえるしか出来なかった可能性もありえますね。ご自身が王族の資格を失い王位を退くことにでもなれば、国内は大混乱に陥ること間違いなしです。同時に息子の暴挙で冤罪事件えんざいじけんを野放しにした上、さらに死人まで出してしまっては危機的状況に追い込まれてしまうため……苦肉の策として、侯爵夫妻を秘密裏にこちらへ避難させた…………こんな感じだったんじゃないでしょうか」

「うーん……そうだとしたら兄上は、さぞかし辛い決断をなされたのだろうね。国の安定をとるか、息子の間違いを正すか、両立の道は見いだせなかったのやも……」

「親御さんの教育結果が明らかになってしまったということでしょうか。……父親である陛下は三人のお子様に平等に接して居られたようですが、王妃殿下は長男のフィランツ殿下を特別に可愛がっておいででしたから」

「今の俺には何とも言えないなぁ。子どもを持った試しがないからね、適正な教育なんて知ったこっちゃないさ」

「ちゃんと人を見る目を養っていれば、後ろ盾として尽くしてくれていた人たちをないがしろにるような人物には育たなかったんじゃないでしょうかね。……あ。不敬罪はこまるので、この発言はどうか内密に願いますよ?」

思いきり失言しましたと、苦笑しながら執事が部屋を後にした。



 エドの言うように、フィランツは考えなしなところがあるようだ。

おいっ子とはいえ、向こうは俺のことなど気味の悪い親戚だとしか認識していないと思う。

互いに、ああ……そんな親戚が居たっけなっていう印象なのだ。

俺の方がそうだから、きっとあっちも同じだろうと勝手に思っているんだけどね。



 国王陛下あにうえには三人の子どもたちが居る。

第一王子のフィランツ。

第二王子のモリス。

末っ子王女のアイリス。

三人ともが王妃殿下との間のお子たちだ。

兄上は父親を反面教師としたらしく、奥さんは一人だけにすると言っていた。



 長男のフィランツが俺の三つ年下で十八歳。

次男が八歳で末っ子は五歳になったばかり。

三人とも俺と顔を合わせることはあっても挨拶だけで、親密に話をしたことはない。

悲しいことにいつも気味悪がられちゃて、避けられるんだよ。





陛下あにうえの兄弟姉妹、俺の兄弟姉妹でもあるが……は、人数がやたらに多いのだ。

俺たちの父親である先代国王は、正妻の他に何人も側室を持ち沢山の子どもをもうけた。

そんな腹違いの兄弟姉妹なものだから、全員が仲良くというわけにもいかず、ギスギスした緊張感のある間柄だったし……それは今も変わらない。

側室同士は寵愛ちょうあいを競い合い、互いの子どもを比べては自分の子に重たい期待をかけ続け叱咤激励しったげきれいしたりした。

唯一、正妻の前王妃殿下は表立っては側室たちをまとめ上げ国王を支えることに専念なさっていたようだ。

そして、早くに母を亡くした俺にも優しく接してくれた数少ない女性だった。

実の息子である現陛下あにうえにも、俺のことを気にかけるようにと進言してくれていたらしい。

そんな経緯もあり、兄上はいつも俺を可愛がってくれていたのだ。










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