第19話 手元の情報を整理してみる

 うちの執事が陛下から仕入れてきた情報を共有する。

聞けば聞くほど胸くそ悪い内容だったが、知らなくては的確に動けない。

目を背けるわけにはいかないことだった。





 トワイラエル侯爵令嬢、クラウディーラ=リディア=トワイラエル。

あのスケルトンそっくりな彼女は、元は輝くばかりのプラチナブロンドと吸い込まれるような翡翠色ひすいいろの瞳をした絶世の美少女だったらしい。

俺は御婦人方にお会いすることがあっても見目みめの優劣に興味がなかったので、美少女がどんなものかは判断できかねるが……たしかに骨格美人、だとは思う。

彼女自身は十六歳で未成年と見なされるため社交界に出てくることがなかったし、俺も滅多に王城に出たりしないからか、一度も元の姿の彼女を見たことはない。

たとえ何処どこかですれ違ったとしても、たぶん互いに親交を深めようなんてことにはならなかっただろう。

だいたい、彼女が甥っ子の婚約者であったことも今まで知らずに居たのだし。


 フィランツ……陛下あにうえの長男で俺の甥っ子でもある第一王子の婚約者として抜擢ばってきされたのが八歳のとき。

当時のフィランツは十歳だった。

それからの八年、つい最近まで過酷な王子妃教育の日々が続いていたという。

彼女は希望していた学院に通うことをあきらめて貴族の学園に所属することになった。

同時に王城に通い詰め、王族の一員として必要になる知識や身のこなし方全般を容赦ようしゃなく詰め込まれていった。

才能もあったのだろうが、厳しい指導の連続に弱音を吐かずに努力を続けていたようだ。

語学も法学も難なくこなし、将来の夫になるはずであったフィランツをはるかにしのぐ成績を修めたと……担当の教師役たちが鼻高々に陛下に報告をしたのだとか。

もっとも、その教師役たちにも少々問題があったことは明らかなのだが。

当時の陛下は知らなかったのだろうと思う。



 エドの調査報告によると、本人に渡された成績と陛下に報告された成績の内容がいちじるしく違っていたということだ。

どちらの成績かは定かでないが、片方は改ざんされていたのだろう。

うちの執事は優秀なので、ちょっとした隙間時間スキマじかんで様々な情報を調べ上げてくるからね。

正確性も抜群で、とても頼りになる。

その線でも引き続き調べていると言っていたから、成績云々はそちらに任せることにしようか。



 八年の間に苦労しながら様々なものを身につけつつ、第一王子の執務を手助けしていたらしい。

本来ならば、王子妃教育が終了してから妃としての本人の仕事をこなせば良いだけなのに……フィランツが職務をおろそかにしていた部分を、見かねて手伝っていたようだ。

まったくフィランツめ、我がおいながら情けない。

王子の仕事くらい、自分で出来ずにどうするんだ。

国王に即位したら、その十倍以上の激務になるというのにな。



 そんなわけでクラウディーラ嬢は、長年に渡って大変な思いをし続けてきた苦労人であったようだ。

ついでだが、苦労したのは彼女だけではなかったようで、彼女の実家であるトワイラエル侯爵家の一族も第一王子の後ろ盾として様々な援助や根回しを行ってフィランツを支えていたことは、この国の貴族ならば誰でも知っている事実であろう。

貴族の勢力争いは熾烈しれつな一面もあるので、誰もが各貴族家の動向に関心があるものだから。

まぁ、俺は最低限にしか気にしてないけどね。






 王子妃としての教育機関も終わり、あとは婚姻するだけとなっていた二人だったのだが。

その矢先に起きたのが、第一王子の成人祝いでのあの一件。

いきなりの冤罪えんざい事件と同時に婚約破棄だ。



あの日、王城内には国内外の貴族や重要人物が集合していたわけなのだが、大人数での催しで一堂に会することが出来なかった。

王城側の警備の都合で、数カ所の会場に分けられていたのだ。

陛下と俺は屋外の会場で近隣国の接待に勤しんでいたため、直接に事件を知ることはなかった。



 あの宴の会場内に集まっていた貴族の大半が第一王子の派閥に属していたために、誰も彼女をかばい立てする者が居なかったらしい。

中立的な立場を表明していた貴族も、状況を見極めるべく動かなかったのだろう。

あの時点で既に、トワイラエル侯爵家は第一王子の派閥から爪弾きにされていたことは間違いない。

何とも手回しが良いもんだ。



 フィランツを表に立たせ、背後で色々と画策した奴らは今ごろ高笑いしながらさぞかし満足していることだろう。

なにせ、未来の王妃候補をようし外交でも活躍していた大躍進中の侯爵家を、見事に表舞台から引きずり下ろすことが出来たのだから。

誰がそんなことをしたのかは、わざわざ調べるまでもない。

新しい婚約者としてフィランツとともに居るあの令嬢の一族が、めきめきと社交界で幅を利かせ始めているからね。



 両親は捕縛ほばくされ、兄君は行方知れず。

屋敷は身の潔白を証明する証拠品とともに燃やされたらしい。

その時点で、彼女も何らかの企みやわなであることは考えたと思う。

恐らくだが、クラウディーラ嬢はトワイラエル侯爵家の対面を保つためだけに単身で王城に乗り込んだんじゃないだろうか。

表向きは両親と一族の無実をうったえていたという。

だが王命による第一王子の婚約者としてはどうだろう。

行き着く先にたとえ何が待ち受けようとも、国王陛下の名のもとにさんじなければならなかったはずだ。

国王からの直々の招待状を受け取っていたはずのトワイラエル侯爵家が誰一人として宴に現れなかった場合、陛下のご厚意を無下にしたことになってしまう。

事実上の謀反むほんとらえられてしまう可能性を心配したのではなかろうか。



 生き残るだけならば、何もかもを放り出して逃げ出せた。

嫡男の公爵子息は、家の存続と家族を守るために形振り構わずそれを選択した。

そして、彼女は別の道を。

トワイラエル兄妹きょうだいは、互いに役割と責任を果たすべく動いたのだろう。

一縷の望みにかけて貴族令嬢として王家への忠誠をしめすべく、彼女は最後まで第一王子の婚約者の立場を貫いたのだ。

侯爵家が取り潰しとなった今、表向きの結果としては無駄な足掻あがきとなってしまったのかも知れないが。

だが、おそらく国王陛下あにうえは……そのときの彼女の有り様を、これぞ淑女の鏡、王家の一員に価すると認めたのだろう。



 まぁ、国王陛下の内心はともかくも、すでに勝負はついている。

貴族の権力闘争で敗北をきっしたのはクラウディーラ嬢なのだ。

彼女は婚約者にあざむかれ、その立場を失った。

フィランツが何故彼女を邪険にしたのか知らないが……彼女という許嫁いいなずけがありながら、奴が違う女性と懇意こんいにしていたことは間違いない。









 

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