第18話 聞いてないよ!?

 机上に並べられた国王陛下あにうえ親書しんしょと諸々の書類各種。

親書っていうと少しばかり仰々ぎょうぎょうしいけれど、兄弟間でいつも交される文通の延長線上みたいな気軽な書式のものだ。

ただし、今回のはいつもの五倍分くらいの厚みがあって、かなり色々と詰め込まれた内容だった。



 それを見下ろしてため息を吐き出す俺。

いつまでも全裸に毛布で居るんじゃないと文句を言われ、仕方なしに服装を整え執務用の机に着席したのだが……恐らく表情は苦虫をみ潰したみたいになっているだろう。

向かい側にしれっと立っているのは我が執事エドワード。



 エドをにらみつけ抗議する。

いや、事実を述べる。

「……聞いてないよ」

この手紙と書類各種によれば、俺とあの令嬢は目出度めでた婚姻関係こんいんかんけいを結んだことになっている。

こういうのは本人の知らぬところで話を進めちゃ駄目だめだろが。

「はい。今、申し上げました」

しばし、二人で顔を見合わせた。

「は!?」

ありえないと言う意味をもたせた一文字を吐く俺。

「はい?」

それがどうかしましたか、とでも言いそうな執事。



 自慢じゃないが、根比べで勝てた試しはない。

己がわりと気が短いという自覚はあったりするのだ。

執事ヤツも俺のことを知りくしているため、ちっとも勝負にならないのさ。

こちらから説明を求めてしまうと、理路整然りろせいぜんと説得される未来しか予想できない。

かといって説明をこばみ続けると、いつまでも平行線を辿たどるのが目に見えていたりする。



 諦めて、どうしてこなったと聞いてみる。

「なぜ?」

問いに対して、わかりきったことでしょうにと執事は言う。

「貴方がご心配なのでは?」

俺の何が心配なのか。

「は??」

指先ですっと眼鏡めがねふちを押してから、もったいぶったようにエドが言う。

「適齢期を過ぎたというのに、浮ついた話もなければ本人あなたあせる様子もない。このままでは生涯独身しょうがいどくしんを通しそうだと、兄王様へいかなげいておいででしたよ」

おまけとばかりに、ヤレヤレと両手を挙げて首を振る。

「それで良いじゃないか」

「どうやら陛下のお考えは、そうではないみたいですよ?」

「エド……次に王城に登るときには、当人である俺の考えを優先するようにと伝えてくれ」

「陛下には、閣下のお気持ちを一応は報告させていただきますけれども、ねぇ……手遅れですよね、これ。王命として発令されちゃってますし、婚姻届も契約証書も完璧で、抜かりなく勝手に受理されてますもん」

「「ははははは…………っ。笑えねえっ」……笑えませんねぇ」

引きった笑いと悪態が、仲良くかぶる。

王命だなんて、強硬手段過ぎて手も足も出ないんだよ。

たとえ実の弟であろうとも、陛下が命じたならば従うのが臣下なのである。

それだけくつがえされるわけにいかない案件という扱いなのだろうが、突拍子とっぴょうしがなさ過ぎて理解に困る。

それを甘んじて受け入れるしかないのも業腹ごうはらだ。



 これでも王族の端くれだから、政略結婚が避けられない事態が当たり前にあり得ることは知っている。

だが、それは国や家を護り栄えさせるための手段。

俺は国にたいして害意はないが、他の貴族たちとともに守り立てる積極的な意思もない。

別に我が公爵家が栄えなくても問題ない。

だから、政略の必要はないってことだ。

陛下あにうえだって、俺の意思をわかっていらっしゃるはずなのに。

何てことだ。まったく。




 エドが遠慮がちに意見する。

「えっと……、たぶんですけれど、政略の必要がないから……なのかも知れませんよ……おそらく、ですけれども」

「は!? そりゃ、どういうことだ?」

「クラウディーラ様をですね、他の貴族家に渡すわけにいかなかったんじゃないかと。ましてや国外に出すなんてもってのほかで、どうしても王家にとどめておく必要があった、というか……陛下は、彼女を救いたいのではないでしょうか……」

「陛下の親書てがみには、あのは第一王子の婚約者から外されたって書いてあるけど……何があったのかはくわしい説明がないんだよな。他の王族や公爵家ならば、どこも彼女を欲しがるんじゃないのかな? なにせ厳しい王子妃教育を立派に履修りしゅう済みなんだろうから、さぞかし優秀なご令嬢なのだろう? かなり骸骨っぽいけどさ」

「その王子妃教育が問題なのではないでしょうかね。陛下のお心内を推測するなんて不敬かも知れませんが……今回の件では、どの王族や貴族家も信用ならない、または力不足だとお考えになったのではないでしょうか。第一王子が成人するこの時期まで婚約者の立場にあったのですから結婚間際だったはず。王国の機密情報や王家の秘密などまで、みっちり学んで居られたと思います……そんな重要人物を野放しにはできなかったとか…………」

「うーん、あまり考えたくはないんだけれど……不測の敵対勢力に国家機密や王家の弱みをにぎられるくらいならば、そんな危険な存在は消しちまった方が良いなんていう意見も出ていそうだ。そういうことか……」

「はい。恐らくは……」

エドは眼鏡を外し眉間みけんシワみほぐす。

俺は両手の親指で米上をぐりぐり押し込んだ。

「……君、さっき王城で兄上に会ってきたんだよね?」

「はい。ちょっと私が把握はあくしていたこととお嬢様のお話の内容にへだたりがございましたので、その確認に」

「へぇ……。それは、ここにある手紙や書類にも書かれていないこと?」

「ええ。こちらは残しても問題がないように表向きに用意されたものですね。裏事情は口頭で説明されました。そうですね……説明って言うより、愚痴りたかったみたいですよ? 陛下は私がこっそり訪ねていくのを、わざわざ人払いを済ませた自室で待っていてくださいましたから……」

「……聞きたいような、聞きたくないような……うぅん、聞いたら安眠できなくなりそう」

米上をぐりぐりしていた両手を耳に持っていく。

何って、耳をふさぐためなんだよ。

「ちょっ……閣下、耳をふさがないで聞いてくださいよ〜」

うちの執事は、いったいどんな愚痴を聞かされたのやら。

私も愚痴りたいんですよぉって、眉毛を下げて騒いでいるんだよ。












 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る