第17話 骨は好き

 執事のエドガーは有能だった。

 墓場であり廃墟はいきょだったはずのこの場所を、あっという間に快適な住処すみかに改造したのだから。

 執事としてより良い生活環境を整えつつ、家庭教師としても役割をこなした。

「ラス様には誰よりも賢く育っていただきたいですし、グングン知識を吸収なさるものだから、私も教え甲斐がいがありますよ」

 彼が入手してきた沢山の書籍たちは、子どもの頃の俺にとっては未知の世界の窓口となり……引きこもりだった世間知らずが、長じて外の世界に興味を持つための切っ掛けになった。



 集められた沢山の本たちは宝物のように自分の部屋に並べたし、何度も繰り返し読んでは知識を蓄えた。

 本から知識を得て、次第に得た知識をもとに更なる本を欲するように。

 恵まれていたともいえる魔法能力を伸ばすべく、魔法の教本や学術書などまで読み漁った。

 ついには趣味として希少な魔導書グリモアを収集するまでになってしまったのだった。



 本棚はどんどん拡張された。

 部屋中が本に占領せんりょうされてしまうまで。

 そうして今にいたっても、俺は本にもれて暮らしている。

 一時期はエドに書庫と私室を分けてはどうかと提案されたが、俺は好みの本に囲まれた生活が気に入っているんだと拒否し続けていたわけなのだ。




 それで問題ないはずだった。

 ……それなのに。










 それなのに、……今になって後悔しきりな俺だった。

「…………ほほぅ。それで、朝風呂のあとで二度寝をなさっているところに、スケルトン似のご令嬢がいきなり貴方の部屋に入り込んできてあせったと。全裸ぜんらに毛布だけのずかしい格好かっこうがバレたら大変だと、滅茶苦茶焦ったわけですね」

 我が執事の冷たい視線が俺を貫く。

「いや、……それにも焦ったが、まさかスケルトンが彼女の頼み事を聞いて部屋の扉を解錠するとは思わなかったものだからさ、…………急に他人に近づかれて、取り乱したんだよ」



 彼らに自我はない。

 だから、作り手であり主人でもあるこの俺と登録してある執事と護衛以外の指示を聞くはずはない。

 それなのに、想定外の現象が起こってしまったらしいのだ。

 ありえない。

 ありえないはず、だったのに。



 彼女との出会いは、安全地帯だと思いこんでいた自分の部屋に敵襲てきしゅう到来とうらいしたような衝撃的しょうげきてきなものだったんだ。

 あれは……はっきり言って、絶体絶命の危機だと思ったね。

 そう言ったら、執事の小言が増し増しに。

「まったく。……だから自室でもちゃんと服を着なさいと、今まで散々申し上げておりましたのに。そもそも、こうして書庫の一角いっかくで寝起きなさるのが間違いなのですよ…………もっと公爵家当主としての自覚をですね…………閣下? ちょっと、私の話を聞いておられますか? …………私も好き好んでこのようなことを申し上げているわけではございません。今回こそは真面目に聞いていただかないと…………」

 一生懸命に小言をつむぐ執事には申し訳ないけれど、ちょっと耳をふさぐことにする。

 聞き飽きている言葉の羅列られつを、自分では十分に理解していると思う。

 でもさ……自宅の、それも自室内でくらいは好きな格好でくつろいでいたいじゃないか。










 招かれざる侵入者だったはずの令嬢とは、意外にも話が弾んでしまった。

 もしも彼女が、普通の貴族令嬢だったなら…………話をするどころか、ののしって部屋から追い出していただろう。

 いくら見た目が書庫っぽくても、ここは俺の部屋なのだ。

 悪気はなくても、勝手に他人の私室に入り込み睡眠を妨げたのだから当然だ。

 そもそも、俺は他人ヒトが好きじゃない。

 できる限り誰とも会わずに生きていたいのだ。



 暗闇公爵といえば社交界に最低限度しか出ない人嫌いで、たとえ夜会に現れても挨拶だけで話もぜずに居なくなる変わり者だと揶揄やゆされる。

貴族たちと話すことなど何もないのだから仕方がない。

奴らとの接触は表面だけを取り繕った最低限度だ。

学者や魔術師ならば是非ぜひともお友だちにって思うけど。



 その辺りは勝手気ままで通している。

公爵家を繁栄させる気はないし、どうせ俺の代で途絶えるだろうし。

うちとつながりを持とうなんて物好きな貴族は居ない。

よって、気味の悪い容姿の俺に近づこうと考える令嬢は皆無だ。

むしろ遠巻きに警戒されているからね。

こっちから近づくと、進行方向にパーッと道ができるんだ。

でもまぁ、俺の方も気楽な独り身が性に合っているんだよ。




人嫌いで有名な俺だが、骨は好き。

幼少期から一緒に住んでいるものだから、すっかり馴染みの存在なのだ。

元々が人間だったとしても、骨は悪口を言わないし俺に危害を加えてこない。

人生という旅を終えたその後で、その意思を放り出して静かに眠っているだけだ。



 一見同じような骸骨だけど、もちろん個性がある。

がっしりと大きく骨太なやつ、繊細でしなやかそうなやつ。

歯並びが良い頭蓋骨ずがいこつもあれば、中身がスカスカでもろくなってる大腿骨だいたいこつもあるし、安産型で広く大きな骨盤こつばんなんかも魅力的だ。

骨を見て想像すれば、老若男女や生前の健康状態はもちろん姿勢の良さまでもがまざまざと思い浮かぶのさ。



 そしてスケルトン似の、あの彼女。

ひと目見て、なんて形の良い頭蓋骨かと思ったね。

シンプルなワンピースドレスを身に着けた身体は、綺麗な左右対称シンメトリーになっていた。

「……うん、良いな。……彼女、ものすごく姿勢が良いね。あれは模範的な骨格標本になれるよ………」




 思わずつぶやいた独り言。

「はぁ……」

それにたいして、ため息とあきれた口調が返された。

執事の小言は、まだ終わっていなかったらしい。

むしろ新たな小言が噴出しそう。

「……それってめ言葉、なんですかね? ……お年頃の多感な淑女レディにたいして、それはどうかと思いますけどね……」

もちろん褒めてるんだと主張する。

「骨としては別嬪べっぴんだろうね」

「ははは……はぁ。閣下のことだから、彼女を拒絶して追い出しにかかるかと思っていましたから……だから私は、しばらくは対面しないように配慮しようと考えていたのですけどもね。偶然にも、こんなに早くに会ってしまうなんて思ってもみませんでしたが……どうやら杞憂きゆうに終わったようで良かったです」

思いの外に気に入ってるみたいですし、意外にも意気投合なさったみたいで正直言って驚いてますと苦笑交じりに執事が言った。










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