第14話 握手しちゃった

 どうやらお化けじゃない、らしい。

「それならば何故そんな格好を?」

「え? ……格好って?」

「真っ白な毛布で全身を隠していらっしゃるでしょう? どうしてかしら?」

「あぁ、これか……と、とくに理由はない」

「そうなのですか? 私、毛布の中身のお姿が気になってますの。お顔を見せていただいても?」

「えっ!? ……あぁ、っと……それはまずいんだ。誰もが俺の顔を見るとおびえるからな。それに、他人と顔を合わせるのは好まない。身内以外は人間の顔を見るのが嫌なんだ」

「まぁ、それは残念。ちなみにですけれど、今の私って見た目は骸骨みたいでしてよ? 自分で言っていてちょっと悲しいのですけれど、理由ワケあって人間離れしてしまいましたの」

「えっ!? 骸骨って、その辺に歩いているスケルトンみたいな感じ? えっと、どうしてそんなことに?」

「経緯を話せば長くなりますわ……あまりお聞かせしても気分の良いものではございませんし、今はご容赦ようしゃくださいませね。色々あって、最終的には魔術公爵閣下に魔道具を取り付けられてしまって、この姿になりましたのよ」

「なんだって!! アイツがからんでいるのか。どうせロクでもない術式のロクでもない効果が付与されている粗悪品だろうけど、ちょっと見せてもらっても良いだろうか?」

「構いません、けれども……コレ、私の首元にはまっていて取り外せませんの。貴方は他人と顔を合わせたくはないのでしょう?」

「……いや、構わないよ。君がスケルトンみたいなら視線をそらされたりジッと物珍しそうに見られたりとかはされないだろうし。されたとしても、わからないだろうし。それならば耐えられる、と思う。でも、俺の素顔を見て驚いて失神したりされたら……ちょっとへこむ、かも知れない……」

「まぁ、そんなにも凄いお顔をなさっているの? 平常心を心がけますけれど……もし粗相をしてしまったら、申し訳ございません。ごめんなさいね?」

「ははは。君って、律儀っていうか変わっているね……前もって謝罪されるとは思わなかったよ。これじゃぁ、怒るに怒れないなぁ……」




 力なく笑い声をあげ、モソモソと毛布が外される。

「まぁっ……」

気絶はしなかったけれども、現れた中身に絶句しちゃったのは許して欲しい。






 真っ白なモフモフの下から出てきたのは、闇色やみいろの頭髪に寝癖ねぐせをつけた若者だった。

ようやく顔を見せてはくれたが、何故なぜかたくなに首もとで毛布を押さえているため、依然として身体はモフモフの中である。



出てきた素顔はというと、流石は公爵で王族の一員というか……整った美麗さだった。

き通るような色白のかんばせに、形の良いくちびるとスッと通った鼻筋。

何よりも目を引いたのは、形の良いまゆのしたにバランスよく並んだ深紅のり目。

ちょっと目つきがきついけど、怯えたり怖がられる要素はないと思う。

でも、何か訳ありなのかも知れないので黙っておいた方が良さそうだ。

「……やあ。おぉ、本当にスケルトンみたいだ……いや、ごめん。これじゃぁ淑女レディに失礼な物言いだ」

「…………なんて素敵なんでしょう!! まるで大粒のルビーのような瞳ですわ……」

そして、互いに顔を見合わせて感想を語り合うという、なにやら変な会話が始まった。



公爵閣下は綺麗な目を見開いて、ちょっとだけ驚いたご様子。

「えぇぇ。そんなことを言われたのは初めてだよ。血の色だとか不吉だとか言って、大体の人が俺の目を見ないように避けるというのに……君ってホントに変わっているよね」

「貴方も大概たいがいですわね。骸骨の姿に嫌悪感はございませんの?」

「俺はむしろ可愛いとさえ思うよ? 飾り立てた香水臭い奴らよりも好感が持てる。なにせ召使いスケルトンたちが同居人だからね、違和感ないよ」

そんな会話をしながらも、公爵閣下は私の首元をジッと観察していた。

距離が近すぎてドキドキする鼓動が伝わらないかと心配になったけれど、彼はお構いなしで何やら考え込んでいた。

「淑女として悲しむべきか、同居人として認められて喜ぶべきか……複雑な心境ですわ」

「いやぁ、君とは仲良くなれそうだ。うん、良かった良かった……。このチョーカーネックレスの魔道具だけど、ちょっと気になることがあってね……今はこのまま着けておくしかないのだけれど、何かわかったら教えるよ。結論はもう少し掛かりそうだけど、待っていて欲しい」

「はい、わかりましたわ。私は魔法も魔術も基本的なことしか知らないのです。閣下のお考えどおりに、よろしくお願いいたしますわ」

何だかんだで公爵閣下は私を受け入れてくれそうなので、一安心といったところだろうか。



安心ついでに、ここに来た目的を思い出す。

「ところで、私は公爵閣下の蔵書を読ませていただきたくてこちらに参ったのですけれど……こちらの物語を一冊お借りしてもよろしいかしら?」

「おや、ずいぶんと懐かしい本を選んだんだね。もちろん部屋に持っていって構わないさ。じつはそれって、俺が一番年上の兄上に初めて頂いた本なんだよ。主人公が海賊船だと知らずに密航目的で忍び込んで、そのまま大航海に出かけるんだ……おっと、これ以上は読んでからのお楽しみにしておかないとね」

「まぁ。最初のページに大きな船が描かれていたので海が出てくるとは予想しておりましたが、本格的な冒険のお話ですのね。ええ、部屋に戻ったらさっそく読み始めますわ」

「うん、そうすると良いよ。読み終わったら、また違う本を借りにおいで」

「また来ても、よろしいんですか?」

「うん。君ならば……」

「まぁ、嬉しい。私も閣下と本や魔術のお話を沢山したいと思ったのですもの」

「スケルトンに案内してくれるように指示をしておくから、いつでもどうぞ」

「ありがとうございます。とっても楽しかったわ」

「……俺も楽しかったよ。驚いたけれどね」

毛布の中から出てきた大きな手と握手。

家族以外の人に手を握られたのは初めてで緊張したけれど……これって、殿方の間で交わされる交渉成立とか仲良しの間柄になれたっていう仕草だと思うと嬉しくなった。



エドさんには、まだ会わないようにと言われていたので軽はずみなことを仕出かしたのかも知れない。

うん。トラブルにでもなっていたら大変だったかも知れない、とは思う。

だが、しかし。

公爵閣下は思っていたよりも、ずっと優しい方だった。

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