第13話 会話成立?

 白いモフモフお化けさんは、若い殿方みたいな落ち着いた声で話す。

こうして声を聞いてみて理解した。

気持ちよくうたた寝していたところを起こしてしまったらしい。

そのせいか、ちょっと不機嫌そうな声色だ。



 でも、相当にあせっているらしくて呂律ろれつが回っていないのが微笑ましい。

こんなことを思ってしまうのは申し訳ないけれど、不明瞭ふめいりょうな言葉が可愛かわいらしくさえ思えてしまう。

「りゃ!? りゃんら……ここは、おりぇのへやらぞ。かってにはいってくりゅりゃんて、んっ、んんと、にゃにもにょりゃ…………」

って言いながら、プルプルしている。

「えっと……申し訳ございません、ちょっと本をお借りしたくてお邪魔させていただきましたの。仮眠中だとは思いもよらず大変失礼いたしましたわ」

「とっ、とにかく。き……ききききききっ、き君は……りゃに者りゃ??」

ふわりと毛布が持ち上がり、出っ張りがフルフルしながらこちらを指し示す。

「私でございますか?」

「……」

ウンウンとうなずくように、毛布の頭頂部が上下にれる。

「名乗りもせずに、重ねて申し訳ございません。私、この度新しくこちらに住まわせていただくことになりましたクラウディーラと申します。元々は貴族の娘でございましたが、事情がありまして家名を名乗る身分ではなくなりましたので、名前だけで失礼を。お化けさんにも同居人として仲良くしてくださると嬉しいです。どうぞよろしくお願いいたしますわ」

「……」

今度はイヤイヤとでも言うように、頭頂部が左右にられた。

こちらに向けられた出っ張りをパタリと下ろし、たぶんフイっとそっぽを向いた…………モフモフ毛布のどちら側が正面なのかがわからないので、たぶん背を向けられたんじゃないかなって思うのだけど。

困ったな……せっかくの同居人同士なのだから、私の方は是非ともお友だちになっていただきたい。

そう。仲良くなって室内の本を好きなだけ読ませていただけたら、更に嬉しい。



 もしかして、下心が見え見えだったかな。

この態度を察するに、それで拒否されちゃっているのかしら。

うぅーん、困った。











 しばし沈黙の静けさが辺りに広がる。

根比こんくらべならば負けないわ。

淑女たるもの、殿方の指示をじっと待つのが当たり前。



 お考えがしっかりとまとまるまで熟考させて差し上げるべきで、一切の口を挟まず決断を待つのが最上の支えだと教えられた。

節介せっかいなどもってのほからしい。

我が家族の在り方と、その教えの違いが大き過ぎて、幼かった私はそれで良いのかと疑問になったけど。



 それで両親にたずねたら、時と場合によると返答された。

女性もきちんと自分の考えを持ちときには殿方に意見するべきこともあると、お母様は言っていた。

お父様も王族とは違うのかも知れないがと前置きしてから、人生の相方には沢山の考え方を教えてもらったし助けられもしたと、経験として話してくれた。



 そんなわけで疑問を胸にしまい込みつつも、私は待つことを習得している。

同時に、秘めた胸の中には自分の考えを持つことも忘れない。

ときどき、それがグルグルしちゃって困るけど……無駄むだじゃないと信じてる。



だから、お化けさん。

大丈夫。あせらず話してくださいませね?










 静かに待っていると、かすかにうなる声がする。

「っぅぅぅ……ぁぁぁぁぁぁ……」

プルプルとした震えは落ち着いたみたいだけれど、どこか具合でも悪いのかしら!?

「ぁぁぁぁぁぁ……いやだ、やだやだやだっ……」

何事か、ものすごくいやがっているご様子。



 これは部屋の外に出て誰かに助けを求めるべき?

エドさんは居なくても、骸骨さんならば彼に知らせてくれるかもしれないわ。

「もし? お化けさん? ……具合が悪いのならば誰かを呼んで来ましょうか? 骸骨さんたちならばエドさんの居場所を知っていると思いますし。私、ちょっと彼らのところに行ってまいりますわ」

エドさんのお名前に、ピクリと大きな反応が。

「だぁっ!? 駄目っ!! 駄目ったらダメ……アイツには……」

「?? ダメ、ですの?」

「……ぅん。具合ならば……問題ない……だから…………」

「?? そんなにおっしゃるのならば、かしこまりましたわ」

「ぅん。思いとどまってくれて、感謝する……」

「大丈夫ならば良かったですわ。なぁーんだ、お化けさんったら普通におしゃべりできますのね」

「……そりゃぁ……まぁ……」

あからさまにホッとため息を吐き出された。

随分ずいぶんと慌てさせてしまったみたい。







 お化けさんがやっと私の存在に慣れてくださったご様子で、順調に会話が進むようになったのは有り難いこと。

「君は、俺が嫌だったり……怖かったりしないのか?」

「どうして、そんなことをおっしゃるの? 大蜘蛛や骸骨や怪物が居るような場所に、お化けが居ても不思議じゃないのではないかしら?」

「いやいや、そうなんだけど……そう、じゃなくて……さ……」

「……じゃない、と申しますと?」

「ぇえと……ちまたでの俺の評判は、最底辺の極悪人なんだよ。魔術と骨を愛する狂人、変態公爵……暗闇公とは、俺のことさ」

「まぁ、貴方が公爵閣下でしたのね。知らなかったわ……お化けでも高位貴族であられるなんて、王子妃教育でも習っていないと思うのよ……王国の貴族法って、意外と寛大でしたのね」

「いやいや、そこも違うから。そもそも、お化け設定が間違ってるから」

そんなこんなで駄目出しされてしまったのだけれど……お化けさんの正体が明かされて、不覚にもちょっぴり驚いたのは内緒である。



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