第9話 執事さんに聞いてみた

 執事のエドさんが再び慌てる。

「ちょ、ちょっとお待ちを」

「え? っと、はい。……何か?」

利き手の中指で眼鏡の位置を直してから、彼は困ったような表情で確認させてほしいと言ってきた。

「確認、ですか?」

「はい。お嬢様側の詳細を教えていただきたいのです……少しばかりこちらの状況と照らし合わせる必要がありそうなもので……」

「え!? そうなのですか?」

「はい」




 そんなやり取りのあとで、私はエドさんに自分に起こった出来事を事細かく説明することになった。

「いきなりの婚約破棄……それも成人の祝という衆人環視の中で大々的におとしめるなんて、そんなことをするやからは国を司る王侯貴族の恥ですね。お嬢様のご一族は冤罪で裁かれ兄上様は行方知れず、ご両親は処刑された……そういう認識でいらしたということですね?」

「はい。そして私は貴族の刑罰塔に生涯幽閉されることになったのです。それは国王陛下直々のお沙汰でございました」

「ああ……なんということでしょう。王城側からの連絡と全くもって食い違ってます。こちらには国王の勅書ちょくしょで婚約者の内示があり、わずか数日で輿入れに対応せよとのお達しだったのですよ。王命を拒否するべくご両親が服毒自害を図られたが未遂に終わったため、その身柄も私どもに預けるので良きに計らえと……そういった指示でした。あまりにも勝手で急な話なうえに行きあたりばったりでしたし、よくよく不審に思ってはおりましたが…………」

「えっと、先程から何度かお話に出ている、輿入れというのは……もしかして…………」

「はい。貴女と、私が仕えている主人との婚姻こんいんのことでごさいますよ」

「ええ!? 私と、こちらのあるじ様の……!? こんな骸骨と婚姻なんて駄目ですわ! エドさんのご主人様に申し訳ないです。いくら国王陛下のご命令でも、骸骨と結婚しなければならないなんて受け入れ難い屈辱くつじょくでしょう」

「いえ……ず申し上げておきますが、貴女には問題ないのです。かえって今の状態の方が良いのかも知れませんし、むしろ我が主人の方が大問題でして。くわしくはのちほどよくご相談したいと……ですが、それ以前の問題が…………」



 眼鏡の上からガバリと両手て顔をおおいフルフルと小刻みに首を横に振るわせて、ありえないと彼は言う。

椅子に腰掛けていたエドさんがスクッと立ち上がりずれた眼鏡をクイっと引き上げたのを、私は呆気あっけにとられて見上げるばかり。

「フッ……この私に、こんなに無理難題と無茶振りを放り投げたことを後悔させてやりましょう。挑まれた勝負、受けて立とうじゃありませんか。ククク……国王め、今にえ面かかせてやるわっ」

よくわからないのだけれど……何やら国王陛下にご立腹らしい。

不敬罪とか、大丈夫かしら。





 私の主張と彼の知っている事柄に相違点があるのはわかった。

両親が生きているというのは本当だったら嬉しいことだが、まだちょっと信じられない。

それにしても……いったい、どうなっているというのだろう。

キラリと魔力照明の明かりにレンズを反射させ不敵な笑顔の執事さんが、ちょっとばかり忙しくなりそうですとつぶやいた。









 寝台のあった部屋に戻されて、当分の間はこの部屋を自室として使ってほしいと告げられた。

「私はちょっと用事を済ませてまいりますので、しばしお部屋でお寛ぎください。あとでお茶と菓子を届けさせましょう」

断罪されて散々な目に遭ったあとの、彼の親切が身にしみて感謝の気持でいっぱいだ。

でも、目を覚ましてから気がかりで仕方がないことが胸を締め付けていたりする。

今ここでエドさんに聞いておかなければと慌てて引き止めた。

「ありがとうございます。じつは、あの……ずっとお聞きしたかったのですけれど、よろしいでしょうか」

「はい、何なりと」

「私の両親は、今何処どこに?」

「ああ……っと、説明不足で申し訳ございませんでした。お二人は今、治療室に隔離かくりされております。詳しく申し上げますと……お嬢様のご両親は仮死状態で王城からこちらに運ばれてきたんです。幸い後遺症もなく意識を取り戻されましたが、はっきり言って重病人でございますので、面会はお二人がもう少し回復なさってからの方がよろしいかと。さぞかしご心配でしょうけれど、治療と回復のためと思ってどうかこらえてくださいね」

ああ、生きているのね。

直ぐに会えなくても、生きていてくれるなら耐えられる。まだ頑張れる。

「そうだったのですね。はい、承知いたしましたわ。会えるようになるまで、じっと回復を待ちます。私だけでなく両親の面倒までみていただいて、なんとお礼を申し上げて良いのやら……本当にありがとうございます」

「いえいえ、当たり前のことをさせていただいたまでですよ。貴女様もご両親も、今では我が主人の家族なのですから」

「それでも、です。貴方と貴方のご主人様に、最大の感謝を……」

「お嬢様は律儀な方なのですね……。貴女のお気持ちとお言葉を、我が主人にしかと伝えます。ご安心を」

「はい。よろしくおねがいします」

「お任せを」

何度言っても足りないくらい、だから何度も伝えたい。

そう言ったらエドさんは、照れくさそうに笑ってくれた。




 それから、更に詳しく教えてくれた。

「…………それで、ご両親のお身体を新鮮に保つため、最下層の魔素溜りがある場所に鮮度保持の魔法陣を設定したのですよ。ああ、そうそう……それと同時展開で、蘇生促進そせいそくしん治癒促進ちゆそくしんの効果も上書き設置して治療にあたらせていただいておりました。あの場所は常に魔素エネルギーが満ち溢れておりまして、効率よく魔法や魔術が行使できるのですよ。そして、タイミングよくお嬢様があの場所に踏み込んだときにお父上が目を覚まされたようでして……気絶したお嬢様に侯爵閣下もかなり慌てておいででございましたよ」

「まぁ。私も驚きましたけれども、お父様もびっくりなさったのね。お母様はお目覚めになったのですか?」

「はい。侯爵夫人も問題なく回復に向かわれておりますよ」

「良かったわ。本当に、良かったわ……」

会えるまでは半信半疑で落ち着かないけれど、安心したらちょっとだけ涙ぐんでしまった。

エドさんのふところから取り出した手巾ハンカチを、そっと渡される。

「多少でも安心していただけると、私もお話させていただいた甲斐があるのですが。それにしても、少しばかり長話になってしまいましたね。お嬢様はそろそろ休憩をお取りいただいた方がよろしいかと。今度こそお茶とお菓子を手配してまいりますので、このままお部屋に居てください」

「っ……ありがとうございます」

「どういたしまして。そういえば、スケルトンとはもう打ち解けられましたか? あの者たちは見た目がアレですが、慣れれば可愛いものですよ。ご令嬢には抵抗があるかも知れませんけれども、同居人というか同居骨として仲良くしてくださるとありがたいのですが……如何いかがでしょう?」

「はい、大丈夫です。大きな蜘蛛は無理そうですけれど、骸骨さんとは何度もすれ違ったので既に顔なじみ……いえ、骨なじみですの」

「ほぅ、驚きましたね……ものすごく気味悪がられるかと心配しておりましたので早々に馴染んでくださって安心いたしました。ふむふむ、じつに興味深いです……彼らが貴女と交流をもてるなんて、不思議なこともあるものですね。では、こちらのご用向も彼らに任せてみることにいたしましょう」

「はい? えっと、不思議……なのですか?」

「いえいえ、ゆるりとお任せください。それから、大蜘蛛は彼らのテリトリーに近づかなければ問題ございませんのでご安心を。こちらからちょっかいをかけなければ大人しい連中です」

「え、はい……ありがとうございます。ええ、それはもう、絶対に近づきませんわ」

大蜘蛛が大人しいと言われても、ちょっと仲良くはなれそうにない。

思わず勢いよく頷いてしまったのだった。

「ははは。……見慣れてくると中々に可愛いんですけれどねぇ」

そう言い残して、執事さんは出かけて行った。



 行ったと思ったら、再び扉が開いて追加事項を告げられた。

「あっ、そうそう……我が主人はたいそう気難しくて人嫌いなので、こちらも今すぐに面会するのは得策ではないかと考えております。その件についても後々に詳しく事情をお話させていただきますので、婚姻のことは一時的にご放念くださいますでしょうか。今はこの場所に慣れることを優先なさってくださるとありがたく思います。必ずしっかりと対面する機会を設けますので、どうか主人のことは放置の方向でお願いいたします」

「直ぐにお会いする必要はないということですのね? むしろ合わないほうが良いのかしら?」

「はい。そんな感じで」

「承知いたしましたわ」

自分のお相手がどんな方なのか気にはなるのだけれど、何やら理由ワケがあるみたい。

私にも事情があるのだからお互い様ね。

今は執事さんを信じて任せるしかないみたい。












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