不思議な空間(クラウディーラ視点)

第8話  手違いとか行き違いとか??

 ものすごく怖い夢を見ていた。

…………そんな気がする。

今は安心。

……だって、ここは温かい。

もう怖くない。

……ふかふかの何かに包まれているから。

そう、みんな悪い夢……私は悪夢を見ていたのよ。






 パチリと目が開いた。

自分で目覚めたというよりも、勝手に目が覚めたような感覚だった。

辺りを見回せば窓のない部屋にやさしい魔石照明の光が揺らいでいた。

傍らの小机には水差しと陶器の器。

馴染みのない、知らない場所で自分は清潔な寝台に寝かされていた。






 コンコンコンっと軽いノックの音がして、誰かが室内に入ってくる。

「失礼いたします」

若い男性の声。

起き上がり視線を上げると、黒い燕尾服を着た背の高い人物が歩み寄ってきた。

「ご気分はいかがです? ……最下層の広間に倒れていらっしゃったと聞きました。風邪などひいてはいませんか?」

優しげな蒼い瞳に縁無しの眼鏡が飾られていてキラキラと瞬いているのを、綺麗だななどど暢気のんきに思いつつジッと見てしまった。

「えっと……私の顔に何か?」

「……っあ、すいません。大丈夫です、お陰様で元気です」

ボフンと顔に熱がのる。

「お元気ならば、何よりです。寒い場所でお辛かったでしょう、温かい食事の支度ができておりますから食堂にご案内しますね」

「……はい。ありがとうございます」

「着替えは、そこのクローゼットにご用意しましたのでお好みのものをお召になってくださいね。私はお部屋の外で待たせていただいておりますから、慌てずにお支度なさってください」

「え? ……っと、はい。何から何までありがとうございます」

「どういたしまして。それでは、後ほど……」

言いおいて、彼は静かに室の外へと出ていった。





 彼は誰? ここは何処??

あれから私は、両親は、どうなったのだろう?

次々と疑問がわいてくるが、今すぐにどうこうできる気がしない。

とにかく、言われたとおりに着替えて食事をいただいて……それから考えたり聞いてみたりするしかないようだ。

彼が示したクローゼットの中に上品なワンピースドレス数着と暖かそうなショールを見つけたので、落ち着いた濃紺のうこんの服を選び肩にショールを羽織る。

それから、入口付近の鏡で僅かな頭髪を整えるときに改めて自分の姿を目の当たりにしたのだ。

「うっ。悲しいけれど、この見た目じゃ……どんなに素敵なドレスを着ても気味が悪いだけよね……」

ポソリと本音がれこぼれて、我ながら泣きたくなったのだった。




 弱音を吐くのは程々にしないとね、今は現状確認を優先だ。

それに、あの人を長く待たせてしまうのは申し訳ない。

この身体で食事ができるのか疑問だが、とにかく部屋の外の彼と行動しようと心に決めた。








 扉の外で待っていてくれた彼は、黒の燕尾服に銀色の髪をうしろに撫でつけ姿勢良く立っていた。

笑顔とともに眼鏡の奥の青い瞳が優しげに細められた。

「お待たせいたしました」

「いえいえ、お早いお出ましでしたよ。それでは参りましょうか」

「はい」

部屋の外に出てみて、自分が円形空間の居住区にいたことを理解した。




 赤い絨毯を静々進む。

上の階へと上がって階段近くの扉を開き、こちらへどうぞと案内されたので素直に入室。

中に入ると美味しそうな匂いについ食卓へと目が引き寄せられた。

大きめなテーブルに一人分だと思われる食事の用意が整えられている。

「お嬢様、こちらのお席に」

燕尾服の彼が椅子を引いてくれたので、軽く礼をして着席した。

「お身体に負担がかかってはいけませんので、シチューとサラダをご用意してみました。お口に合うと良いのですが」

グラスに冷たい水を注ぎながらかけてくれた声にありがとうと頷いて、スプーンを手に取った。



 クリーム色のきのことポテトがゴロゴロ入った煮込みを一口。

ほんのりとバターと茸の芳しい香りが鼻先を通り抜け、とろとろのポテトをゴクリと飲み込むたびにお腹の中がホカホカしてくる。

「……おぃ、しい……」

気がつけば一心不乱になってモクモク食べていた。

こんな身体でも問題なく食事ができることが判明したのもあって、俄然がぜん食欲がわいてきたようだ。

「サラダもどうぞ」

「はい。ありがとうございます」

すすめられるままにサラダも食べる。

説明された話によれば、細かく砕かれた玉葱やスクランブルエッグと新鮮な葉野菜を混ぜてクリーミーなソースで和えてあるらしいが、ふわふわとシャキシャキが同居していて初めて食べる斬新な食感だった。

「じつはこのサラダ、パンに挟んでサンドイッチにしても美味しいんですよ。もう少し召し上がれそうでしたらお持ちしてみましょうか?」

「いえ、もうお腹がいっぱいになりましたわ。たしかにサンドイッチも美味しそうなので残念です」

「そうでございますか。でも楽しみをあとに取っておくのも一興です。うちの料理人……と言いましても本職は護衛で料理は趣味なのだそうですけれど、彼の焼くパンも絶品なのですよ。そうだ、明日の昼食辺りにリクエストいたしましょう」




 食パンも良いですが堅焼きの平パンやフワフワのロールパンもおすすめですねなどと、食事中も和やかに会話が続く。

彼の礼儀正しい態度や気遣いに、身構えていたはずのクラウディーラもいつの間にかほだされて、自然と気を許していたのだった。





 ひと通りの食事が終わり紅茶を淹れてもらうころ、燕尾服の彼は自己紹介をしてくれた。

「私はこの塔の主に仕えております執事で、エドガー=ルドゥと申します。どうぞ気軽にエドとお呼びくださいますよう。お嬢様がこちらにお輿入こしいれになると聞いて、急ぎお迎えの準備を整えているところでしたが……どうやら手違いと言いますか行き違いがあったようで、大変申し訳無いことになってしまいました。どうかおゆるしを……」

「えっと、行き違い……ですか?」

「はい。王城側からの連絡が突然で……ええ、お輿入れがあまりにも急なことでございましたので、誰もお迎えに上がれず……それでお嬢様お一人で最下層まで迷い込まれていたとか。挙句あげくの果てに、ご両親ときちんとご対面を果たせなかったとも聞いております。面目次第もございません」

「いえいえ。謝っていただくほどのことではございませんし、両親とはちゃんと会えましたわ。さすがにお話することはかないませんでしたが…………でも、……まさか無念のあまりに死にきれなくてアンテッドになるとは思いもしませんでした。むっくり起き上がって、驚いたのなんのって……私こそ、お見苦しいところを見せてしまいました。そして、親切に介抱してくださりありがとうございます」

謝罪を受け取り御礼の言葉を伝えたつもりが、執事さんはポカンとした表情で停止した。

「えっ?」

「えっ??」

そして二人で疑問符ぎもんふを浮かべて小首をかしげたのだ。






 しばしの沈黙のあと、執事のエドさんが焦ったように話してくれた。

「いやいやいや、貴方のご両親はご存命ですよ!?」

「え!!? でも、だって……最下層のあそこで、二人揃って冷たくなっていたんです。それに国王陛下が処刑したっておっしゃっていましたわ」

「えっ!?」

「えぇ??」

そして、またしても二人で首を傾げるのだった。
































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