第7話  行き止まりの最下層

 衣装部屋の入り口から顔を出し、通路の様子を見る。

「よし。大丈夫……」

今のところ大蜘蛛と甲冑の間に居た怪物は要警戒だ。

骸骨は早足ですれ違えば危害を加えてくることはなさそうだった。




 サッと通路に出て、階段を降りて行く。

段々と通路の明かりが大きく明るくなっているため、荷物になりそうな角灯は衣装部屋の中に置いてきた。

ときどきは骸骨たちにも遭遇したが、なけなしの勇気を振り絞って会釈をしてみると……なんと彼らは友好的にお辞儀を返してくれるではないか。

何らかの作業を受け持っているようで、だいたいが荷物や衣類を運んでいた。




 全裸どころか骨だけの身体で、衣類や装身具を身に着けている者は居ない。

カクカクしたぎこちない動きだが、けっこうな働き者たちだった。

偏見なく見てみると、どの骸骨も真面目に業務を遂行しているらしい。

「私、今日から入った新入りですの。どうぞよろしくお願いいたしますわ」

「カタタタ……カタカタ……」「カタカタカタタ。カタタタタ……」

慣れとは恐ろしいもので、言葉をかけつつ挨拶を交わすほどになったのだった。

帰ってくるカタカタ音が、何を意味するのかまではわからないのだけれども。





 相変わらず石造りの円形空間を通路と階段が囲む。

だがしかし、下層へ行くほどに生活感が漂ってきた。

円形空間の入り口は階ごとに一つだけで扉があったりなかったりだったのが、この辺りには同じ階にいくつもの重厚な木の扉が並んでいる。

思いきって開けてみようとしたのだが、どの扉もしっかりと鍵がかかっているらしくノックをしても応える者は居なかった。




 先程までの心もとない薄明かりとはちがい、外周の通路や階段には魔石照明灯の明かりが輝いている。

足元には真紅の絨毯じゅうたんが敷かれていて、少々乱暴にバタバタ歩いても足音など少しも響かない。

まるで貴族のお屋敷のようだが、勤労骸骨たちの他には誰とも出会うことがなかった。

居住区画とも言える豪華な場所を通り過ぎると、その下は再び薄暗い階層へと移り変わっていったのだった。







 どれくらい下ってきたのかわからないが、やがて最下層だと思われる場所に辿り着いた。

そこは階段の終着点で、ただ外壁に囲まれているだけの場所。

通路も階段も、円形空間の壁すら存在しなかった。

こけむした石畳と石壁の空間が広がり、自分の周りがやっと見渡せるだけの心細い視界に落胆のため息が出た。

「とうとう終点なのね……結局は誰にも会えなかったわ。それに角灯を置いてきちゃったから明かりがなくて不便よね……」

不便なんてもんじゃない、正直に言うと怖いのだ。



 途中の骸骨たちに色々と訪ねようと何度も試みたが、気遣うようにカタカタいうばかりでらちが明かなかった。

甲冑の間に居た怪物の足音はもうしないが、この場には他の脅威が待ち受けているのかも知れないし……大蜘蛛とはお話できる気がしない。

希望も、救いも、期待も見いだせる気がしないのだった。




 視界の先はさらなる闇で、辺りには湿気が立ち込め肌寒い。

何処からかザーザーと水の流れる音がしていた。

「近くに水場があるのかしら。でも、こんな場所に?」

無音の空間が寂しくて、独り言をつぶやく。

目を凝らして音源を探してみたが、見える範囲ではないようだ。



 そろりそろりと空間内部に歩を進める。

中央辺りに仄明ほのあかるい場所があることに気がついた。

「あれは……いったい、何かしら……」

用心深く、ゆっくりと近づいて行くことにする。




 光源は石の床に描かれた大きな魔法陣だった。

それはポゥーっと暗赤色の光を放ち、ゆっくりと回転していた。

基本的な魔法ならば呪文でも文様でも図形でも解析できる自信があるが、自分には初めて見る高度術式だということだけしかわからない。

とにかく、とても怪しげで魅力的なものだった。




 だがしかし、それよりも重大なことが目の前に横たわっていたのだ。

「……え!!?? どうして? ……お父様!? お、お母様!!!」

思わずかけ寄り、すがりついた。

すると、床の魔法陣はたちまちき消え、世界は薄暗がり一色に。

処刑された両親の身体は冷え切っていたし、硬くなり動かなかった。

遺体に損傷がないところから察するに、毒杯を賜ったのだろうか。



 庶民しょみんだったら首をはねられるところだったのかもしれないが、高位貴族としての体裁だけは保ってもらえたということか。

「グスッ……ズビッ……酷いわ。私の大切な両親をこんなところに……」

涙が後から後からあふれてきて、泣きながら文句を言う。

あんなにたくさん泣いたのに、まだまだ泣き足りない。

このまま枯れ果てて、私も一緒に朽ちていくのも悪くない。

冷たい床に座り込み、両親の側でワンワン泣いた。

もう一歩もここから動きたくないのだ。




 長い時間をそうして過ごしたその後に、ゴソリと身動みじろぎする気配。

「……っえ!?」

「……ん?」

ガバリっと、いきなり起き上がった人物は……トワイラエル侯爵、その人だった。



 至近距離にある、青白い顔に血走った瞳と視線が合った。

「……クラウディーラか?」

「……っ」

唇の端から血を滴らせ、こちらを見ている。



 !!! 死人が起き上がった!?

「っっっきゃーーーー!!!」

思いきり叫んだその後は、視界も思考も……すべてが暗闇に包まれわからなくなった。

















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