第2話 断罪の果

 数日後の王城、謁見の間。

地下牢から連れ出された彼女の前には玉座についた国王陛下。

左右に居並ぶのは王家の一族と魔術塔の魔術師たち。

元婚約者の第一王子の姿もあれば、王妃や国王の弟である王弟の何人かも揃っていた。



 彼らの周囲は近衛騎士たちが守り固めていた。

「クラウディーラ=リディア=トワイラエル……そなたも自分たちの罪を認めないと意地を張るのか?」

騎士団長か宰相辺りが尋問じんもんしてくるかと思ったが、意外にも国王自らが問うてきた。

この数日間も取り調べと称して様々な嫌がらせ行為を受けたが、食事を抜かれようが暴言をはかれようが冷水を浴びさせられようが意地でも冤罪えんざいだと訴え続けていたのだ。




 貴族の娘として誇り高くあれと育てられた。

人知れず絶望し涙にくれようとも、公式の場では侯爵令嬢の仮面を被り続けるのだ。

例え命を取られようとも主張を変えるつもりはない。

「トワイラエル嬢、早く陛下のご下問にお答えするのだ」

宰相閣下が低い声で促す。

「……私ども一族全員、誰一人として……誓って、王国に不利益になるような不正行為などに手を染めたり致しておりません。……どうか、再度の調査を……ご検討くださいまし……」

空腹に耐え泥水をすすり、もはや意識は朦朧もうろう状態。

無様にもかすれた声で、とぎれとぎれに訴えた。






 この場には誰一人として、彼女の味方は居ないのだろう。

将来をともにするはずだった彼ですら……いや、元婚約者であった彼こそが、誰よりも彼女を侮蔑ぶべつののしった。

「ここまできても図々しく無罪だと言うなんて、さすがは悪徳貴族の娘だな。面の皮が厚いお前ならば、口では何とでも綺麗事を言えるだろうさ。お前の両親も、自分たちの罪を認めることなく処刑された。王国貴族の矜持だか忠誠心だかって訴えていたけど、悪徳犯罪者が何を言っても無駄なのに。はははっ……いい気味だったよ。証拠や証言も上がってるっていうのに往生際が悪いから、こちらから引導を渡してやったってわけさ」

彼の言葉には、さすがのクラウディーラも目を見張った。

「……そ、……そんな。……お父様……お母様っ…………ぁぁぁ…………」

力なく崩れ落ち、これ以上話す気力も立ち上がる体力も失くなった。




 裁判さえも執り行われずに執行された刑罰など、今までにあっただろうか。

少なくとも彼女が学んだ王国史では記憶にない。

こんなことがまかり通っているなんて。

自分の身に降り掛かっているなんて。



 この国はどうしてしまったのか。

悪夢ならば醒めてほしい。

こんな現実など認めたくない。

断罪された侯爵令嬢は冷たい床に崩れたままで身動みじろぎさえもできなくなった。

為すすべもなく、非情な仕打ちに打ちのめされるのみだった。




 謁見の間に低く冷たい声が響く。

声の主は王国の最高権力者。

抑揚のない事務的な話し方だ。

「クラウディーラ=リディア=トワイラエル。なんじには、廃墟塔はいきょとうへの幽閉ゆうへいを申し渡す……この先の生涯しょうがいの全てを暗闇のあるじささげよ。これ以後、汝の身に何事が降りかかろうとも王家が関与することはない。更に……トワイラエル侯爵家は取り潰しとし、温情として縁戚えんせきとがめなしとする」

「……っ……っく」

自分にくだされた沙汰さたに言葉も出ない。

いっそのこと両親のように処刑してくれれば良いのに。

王城の外れにそびえる薄気味悪い建造物が脳裏をよぎる。

理由ワケあって処刑することができない王族や高位貴族を閉じ込めておくための場所。

クラウディーラは、その身が朽ち果てるまで……その廃墟に封じ込められることになったのだ。







 衛兵に引っ立てられ連れ出されようとするクラウディーラ。

少し待てと、それを制止する人物が居た。

王族の列から一歩前に出た金髪碧眼の麗しき貴公子。

十数人も居るという王弟の、そのうちの一人。

国王より十年も年下の異母弟でありながら、魔術塔の最高責任者である魔術師長の称号を持つグリアド魔術公爵だ。

「国王陛下の迅速な対応と裁定に感服いたしますとともに、魔術師長である私からも少々よろしいでしょうか」

「……許可しよう」

「兄上、ありがたきお言葉に感謝いたします。元貴族であったこの者は、魔法の素養を持ち学院で学んだ魔術の心得もあったはず。万が一にも脱獄など企てられぬように防止策が必要かと」

「ほう……何か手立てがあるというのか?」

「ははっ。この魔道具を首に取り付けますれば、罪人の醜き内面をさらけ出し二度と人前に出ることの叶わぬ見た目になりましょう。貴族令嬢であった者ならば耐えられない屈辱くつじょくであり、格好のいましめにもなるでしょうし都合が良いかと思いまして」

国王は公爵の取り出した魔道具を見て、ほんの一瞬だけ眉をしかめた。

続いてこぼされた独り言は、相変わらず趣味の悪い奴めというものだったが……その場に居並ぶ誰もが暗黙のうちに聞き流した。

魔術公爵この男の見た目は麗しいが、性格はすこぶる悪い……誰もが周知の常識だった。





 束の間の躊躇ためらいの後に、国王が許可を出す。

「……それは……はぁ。…………良きに計らえ」

「ははっ。お聞き入れいただき、ありがとうございます」

魔術公爵はニヤリと下卑げびた笑みを浮かべた。

衛兵たちにクラウディーラを押さえつけさせ、彼女の喉元に魔道具を取り付けた。

それはチョーカーネックレスのような……どす黒い皮の首輪。

金属の留め金がカチャリと嵌まる音がした。

「……っ、……ぃや……っ……」

グリアド魔術公爵は、自力で立っていることがやっとな彼女の前髪をグイと引き寄せ、ニヤニヤ笑いを垂れ流す。

「ふはははっ。美人でお高くとまっていたお前がこんな落ちぶれた姿になるなんて、じつに愉快だ。せっかくだから鏡を持ってこさせようか……みにくく成り果てた自分の姿をじっくり目に焼き付けるがいい」



 衛兵が運んできた大きな鏡に映っていたのは……誰もが目を背けたくなるような、見るに耐えない哀れなものだった。

「……ヒッ……ぁぁぁぁっ……ぅぁぁぁああ……ぅぅ……」

クラウディーラは己のそれに絶句した。

口かられ出るのは、言葉にならない絶望のうめき声。

プラチナに輝いていた豊かな頭髪は白く変色し禿げかけで、翡翠色ひすいいろに輝く瞳があった場所は、眼窩がんかくぼみが暗くえぐれていた。

色白の肌は見当たらず、薄黒く変色した身体。

どう贔屓目ひいきめに見ても、人としての体裁ていさいを保ってはいなかったのだ。



 魔術公爵が、さも愉快そうに笑顔を振りまく。

「ははっ。まるで骸骨がいこつみたいだねぇ。これで罪人に相応しい見た目になった」

「……ぅぅっ…………ぅぅぅ……」

衛兵にられ……そして、彼女は倒れるように気を失った。




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