骸骨令嬢と暗闇公 〜内向的でコミュ障なふたりだけれど……趣味と実益を兼ねて魔法道具を開発したり魔法生物を愛でたりします〜

代 居玖間

断罪と暗闇と

第1話 この日、何が起こったか

 今宵、王国は華々しい雰囲気ムードに満ちあふれていた。

 王城は何処もかしこもピカピカに磨かれ贅沢に飾られて、正装の近衛隊や衛兵たちがあたりをすきなく警戒しながら行き来する。

 大勢の侍女や使用人が御馳走ごちそうを運んだり、貴人たちに高級な酒や飲み物を勧めて歩く。

 王侯貴族たちもここぞとばかりにめかし込み、吹き抜けの大広間は令嬢たちの華やかな装いで絢爛豪華けんらんごうかな色に満ちていた。



 弦楽げんがくの軽やかな調べが流れ、綺羅綺羅キラキラしい照明の光が人々を照らす。

 王国の第一王子が十八歳になり成人した祝いの宴。

 誰も彼もがお祭り気分に浮かれていた。






 招かれた貴人たちが揃う中、招かれざる客人……おそらくは本人も招かれたくはなかったのであろう人物が、会場に辿たどり着いた。

「ーーーートワイラエル侯爵令嬢クラウディーラ様、ご入場なさいますーーーー」

 係の衛兵は戸惑ったような面持ちながらも、大声で広間内に今夜の主役の一人の到着を告げる。

 同時に賑やかだった場内のざわめきが静まり、誰もが大扉に注目した。



 高位貴族の令嬢が、たった一人でこの場所にやってくるなど考えられない出来事だ。

 前代未聞のことだった。






 本来ならば、彼女の隣にはエスコート役の婚約者か親族の誰かが存在しなくてはならないはず。

 だがしかし、父親も兄も付き添うどころか会場に姿を見せることさえしていない。

 今夜の主役であるとともに婚約者であるところの第一王子は、広間のど真ん中で取り巻きたちと愉快そうに談笑しているところだった。



 王子の側にピッタリと寄り添う女性は侯爵令嬢が単身で入場したのを目にすると、彼にニヤリと笑いかけて何やらささやいている。

 彼女の名前はリヴィエール。

 エリバスト侯爵家の一人娘だ。



 学生時代から何かとクラウディーラに対抗心むき出しで突っかかって嫌がらせ行為を仕掛けてきた困った人物だったのだが……家格は同格で成績も似たりよったりと、下手に歯向かうと面倒な相手なので対処に苦労させられてきた。

 彼女があの場所に居座っているということは、自分に勝ち目はないのだとクラウディーラは瞬時に悟った。



 もっとも、こうして単身での入場をする羽目になっている時点で負けたのだ。

 ここに来るまでに、とっくに覚悟はできていた。

 そのはずだった。






 第一王子はクラウディーラの姿を見ると、酷薄な笑みを浮かべて彼女を指さした。

「おや、これはこれは随分とごゆっくりなお出ましで。王家に忠誠を尽くしてくれる貴族諸君はとっくに勢揃いしているというのに、君ときたら国王陛下なみに偉そうにご入場とは恐れ入ったよ」

「……大変な不始末を致しまして、申し開きもございません。……少しばかり、実家が大惨事になりまして……私だけが何とか馳せ参じましてございます。陛下にご挨拶をさせていただきましたら、本日はご温情をいただき退場させていただきたいとこの場を借りて申し上げます」

 案の定、やはり嫌味を言ってきたかと内心でため息をつくクラウディーラ。

 彼女に与えられていた招待状には、現在時刻よりもかなり遅れた時間が指定されていた。

 侯爵家の伝手を頼って情報に気を配っていたために、正確な開始時間を知ることができていたのだ。



 指定に従って素直に行動していたら……国王陛下よりも遅い入場となり、罪状に不敬罪も追加されていたことだろう。

 もちろん両親と兄も揃って出席の準備を整えて出発しようとしていたのだ。

 だがしかし、タウンハウスにいきなり王国騎士団が雪崩込んできた。

 招待状の時刻が偽りだったのは、確実に侯爵家一族を屋敷に足止めしておくためだったのだろう。

 そうしてトワイラエル侯爵家の全員を一人残らず捕縛する手筈てはずだったのであろうか。







 いわれなき罪状を突きつけられて、屋敷中が大混乱におちいった。

 両親は騎士団に連行され、兄はどさくさ紛れに隠し通路から逃げ出した。

 罪状は、隣国の共和国への情報漏洩と彼の国からの収賄。

 外交を担っていたトワイラエル侯爵だが、誓って王国を裏切ったりしたことはない。

 明らかに冤罪なのだが、証明する術も時間もないままに騎士団の連中が屋敷中を蹂躙していったのだった。



 使用人たちは無事に全員逃げ出せただろうか。

 捕縛されていたのは父母だけであったと思いたいが、書類などの証拠を回収する動きもなく屋敷に火が放たれたのだ。







 クラウディーラも兄と共に逃げ出したが、婚約者である第一王子に無罪を訴え窮状を救ってもらえたらと、一縷いちるの望みにかけた。

 愛を育むような関係性ではなかったが……婚約が成立して八年もの間、将来に向けて学びながらも穏やかに互いを理解し合えていると信じたかったのだった。



 ただ、やはり……どう見ても彼女の判断は、著しく間違っていたようだ。

 クラウディーラをさげすみ突き刺すような第一王子の視線が、それを如実に物語っていた。

「ふん、小賢しい言い回しをしたってお見通しだ。隣国と通じているお前の家に騎士団が捕縛に行ったんだからな。侯爵たちは連行され、侯爵子息はチョロチョロとみっともなく逃げ回っているようだが、捕まるのは時間の問題だろう? 一人でこの場に現れたのは大した胆力だとめてやろう……わざわざ捕まりにやってきた大馬鹿者だとね」

「……私は、一族の無実を訴えに参ったのです。貴方にも、やはり信じてはいただけないのですね……」

「ははは。のこのこ言い訳しにくるよりも、さっさとお前も愚兄とともに逃げたほうが利口だったんじゃないか? 元婚約者がこんな馬鹿だとは思わなかった、心底がっかりだよ」

「……元、なのでございますね……」

「当たり前だろうが。犯罪者、しかも国家転覆罪の嫌疑がかかっている者と結婚するわけがない。トワイラエル侯爵令嬢クラウディーラ、貴様との婚約は破棄だ。新たにこのリヴィエールと将来を誓うことにする」

「……よりによって、その方をお選びに……私も失望しましたわ……」

「衛兵ども!! さっさとこの反逆者を捕縛ほばくしろ! 国王陛下の長子たる私の晴れ舞台に、忌々しい犯罪者は目障りだ。地下牢にでも放り込んでおけ!」

 第一王子が大声を張り上げれば、衛兵たちが彼女を取り囲み物々しい雰囲気で広間から連れ出していった。




 あとに残された綺羅きらびやかな世界は、彼女の運命など知らん振りで宴の続きを演出してゆく。


 そこにあるのは権力のきらめきか。


 それとも無常と軽薄のかがやきか。


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