2-⑦アンスウェラー

「なぁリアナ」


 ベッドの横に座って凄まじい勢いでフルーツを剥くリアナに、俺は話しかけた。


「今刃物持ってるんだからあとにして」

 

「いや、もう十分だ。そんなに食えないって」

 

 俺の制止を聞いて、リアナのナイフが止まる。

 

 

 起きてからというもの、リアナの様子がおかしい。

 

 

 先ほどから一心不乱に向き続けられた果物は、サイドテーブルの上に山盛りになっていた。ご丁寧に皮がウサギ型に切ってあったり、千切れることなく向かれた皮が芸術点高めの模様になったりしている。

 

「そう?」

 

「あ、ああ。ありがとうな」


 上目遣いの視線はどこか残念そうだ。


 山盛りのカットフルーツを摘まみつつ、俺は本題に入った。

 

「この世界が……俺の前世の世界のずっと未来だとか、そんなことないか?」

 

「アンタの世界には魔法なんてなかったんでしょ?」


 俺の問いにリアナは小首を傾げる。

 

「まぁ、そうなんだけどな。クロエのところで色々見させてもらったんだが、どうも共通点が多すぎる気がして……」


 今まであまり深く考えてこなかったが、記憶を引き継いだ理由なんてものがあるのかもしれない。



 特にリアナと出会った日に前世を思い出したことを、俺は偶然ではないと思い始めていた。


 

 俺は頭を抱える。すると、膝をぽんぽんと叩く手があった。


「あんまり急ぎ過ぎないで。ユーリ。この世界は広くて、複雑で、一人で理解するには時間がかかるのよ」

 

「だとしても、俺が知りたい答えくらい、すぐ見つかったっていいだろ」

 

「そうね。でも、それが神様の領域だっていうこともある。アタシだって【聖女】なんて呼ばれてるんだから、ユーリが知りたい答えを用意してあげたい。けど、それはアタシにはわからない。急ぎ過ぎれば、それを得るために代償を払うことになるかもしれない」

 

 ゆっくりと言い含めるようにリアナは語る。


「代償って……?」

 

「わからない。命、体、魂、自分以外の大事なもの……。けど、焦れば焦るほどそれは大きなものになると思うわ」

 

「だから、地道に行けってか?」


 俺が助けを求めるように言うと、ゆっくりとリアナは頷いた。


 

「どこかで道を踏み外したり、立てなくなってしまうほど転んでしまわないように」


 

 白い手を置かれた膝を見る。


 リアナの言いたいことはなんとなく感じ取れた。

 

 昨夜、俺が気を失った原因は先ほどリアナから聞かされていた。リアナとクロエの間に入るため使った全力の身体強化魔法――その反動だ。


 魔法の発動自体は問題なかったものの、俺の体は過大な魔力を纏うことに慣れていなかった。幸い、短時間の発動だったため後遺症などはないものの、無理をしていれば酷いことになっていたそうだ。


 気がついたリアナが俺を過度に心配していたのも、そういう理由があったわけだ。


「肝に銘じる」

 

「うん。明日にはできるから、ゆっくりしててね」


 リアナはフルーツをひとかけらだけ齧って、どこかに行ってしまう。

 

 しばらく病室には、俺の咀嚼音だけが響いていた。


 

               ◇   ◇   ◇

                 ・   ・

               ◇   ◇   ◇


 

 病院を退院した次の日、俺はリアナに連れられて魔装ティタニスの工房へと足を運んでいた。

 

 そこで引き合わされたのは、俺と歳の変わらない技師の青年だった。


「この度は【ニグルム】担当の技師となりました。ロランです。よろしくお願いいたします。ユーリ様」

 

「あ、ああ……! よろしく」


 帽子を脱いで頭を垂れるロランに、俺は慌ててお辞儀を返す。


 

 この工房に入ってから、俺はまるで貴族のような扱いを受けていた。その上、工房の規模がこの街でも大規模なもので、まさか俺の魔装ティタニスがこんなところで整備を受けているとは思っていなかったのだ。



 俺は慣れない環境に浮き足立つような気持ちだった。


「では装騎席コックピットへ参りましょう」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。ロラン、歳はいくつなんだ?」


 さっそく仕事を始めようとしたロランを引き留める。

 

 一瞬だけ不思議そうな顔をしたものの、この青年は嫌な顔せず答えてくれた。


「自分ですか? 十六ですが……」

 


 なんと同い年だった。ユーリとしての年齢だが。



 それを聞いて俺は声を落として言う。


「……できれば、その敬語をやめてくれ」

 

「いえ、そう仰る騎士様は他にもいらっしゃいますが、さすがに貴族の方に……」

 

「俺は貴族じゃないんだって!」

 

 俺は口の中が乾くのを感じながら自分を指さすと、ロランは目を見開いた。


「それ、本当かい? やっぱり爺ちゃんのお得意さんだけあるね」


 先ほどまでの硬い表情とは打って変わって、ロランは柔らかく頬を緩ませる。


 俺は自分が場違いなこの場所で、唯一の味方を見つけたように思えた。


「そうなのか? リアナは適当に頼んだ、とか言ってたが」

 

「適当に頼めるほど、うちは安い工房じゃないよ」


 ロランは苦笑いしつつ、俺を促してと前を歩く。

 

「同い年で神格魔装ティタニス・エルダーの騎士なんて。国からのお達しで顔を見られる日も近いのかな?」


 感心したように話すロランに、バウォークでの国営放送のことを思い出した。



 たしかにそこでは【七星剣】の叙任式をやっていた。だが、俺は声を低くして首を振る。



「いや、たぶんそんな日は一生来ないと思う」

 

「えぇ!?」


 ロランは酷く残念そうな声を上げた。


「色々事情があってな……」

 

「あー……まぁ、あのお嬢さんもどこか浮世離れしてるというか、不思議な雰囲気だよね。綺麗な人だったな」

 

 なんとなく察したらしいロランは宙を見る。

 

「見た目に惑わされるな。女の顔はひとつじゃない」

 

「深くは聞かないでおこうかな」

 

 俺たちはそんな会話をしながらニグルムの胸の高さまで組み上げられた足場を昇っていった。以前は足をよじ登ったとはいえ、改めて見るとかなりの高さだ。


「今日は動かしたりするのか?」

 

「あとでお嬢さんと一緒に乗ってもらうよ。けど、その前に君の担当する箇所の調整だね。停止状態で色々できるんだから便利だよ、古代兵器は」


 足場を伝ってコックピットに俺たちは乗り込む。


「うぉ……」



 中を見て、俺は思わず声を上げた。



 以前とは内装が見違えるように綺麗になっていたのだ。

 

 あらゆるところに付着していた埃や汚れは掃除され、ボロボロだったシートやモニターは新品と思しきものに交換されている。


「俺なんかが乗っていいのか自信がなくなってきた」

 

「乗ってもらわないと僕らが仕事した甲斐ないじゃないか」


 ロランは圧倒されていた俺をシートに座らせると、さっそく壁側のスイッチなどを弄りだした。すると、メインレバー付近のモニターに何やら文字の羅列が映し出され、滝のように流れてゆく。


「装甲を閉めてくれるかな」

 

「こうか? うおぉ……!」


 うろ覚えで腰付近の小さなレバーを引くと、シートの角度が変わる。



 気づけば、俺はひっくり返っていた。


 

 完全に寝そべる形となってしまい、そばにいたロランは噴き出すように笑う。

 

「ははは! ゆ、ユーリ……。違うよ、こっちだよ!」


 ロランは笑いを抑えられない様子でシートを元に戻した。教えられた別のレバーを引くとゆっくりと装甲が閉まった。


「君みたいな騎士を担当するのは初めてだな」

 

「安心してなんでも教えてくれ……。なんも知らねぇから」

 

「そこは胸を張るところじゃないね」



 再び俺たちの間で笑いが起こる。



 工房に入ってから重く感じていた肩も、いつのまにかに軽く感じる。ロランが良いやつそうでよかった。


 俺はロランに手取り足取り教えてもらいつつ、ニグルムの調整を進めていくのだった。


 

               ◇   ◇   ◇

                 ・   ・

               ◇   ◇   ◇


 

「ちょっと心配だったけど、やっぱりエルマンに任せてよかったかも」


 楽しそうな感情がユーリから流れてくるのを受けて、リアナはニグルムを見上げた。

 

 隣で煙草を吹かすエルマンは当たり前だと言わんばかりに自慢げな表情だ。

 

「うちのも腕はまだまだだけどな。半端もん同士つるみやすいだろ。あとは年寄りがケツ拭きゃいいだけの話だ」

 

「もしかしてその年寄りにアタシ入ってる?」

 

「一番の年寄りが何言ってやがんだ」


 エルマンは吐き捨てるように言う。



 だが、すぐに申し訳なさそうな態度で帽子を取って頭を掻いた。


「あー、あと武器だけどな……。剣は手に入ったが他は無理だ。こればっかりは見つけて来ねぇと」

 

「そうよね。まぁ、そう簡単に流通されてても困るから構わないわよ」


 リアナは工房内に横たわった巨大な剣へ視線を向けた。


「【アンスウェラー】だとよ。間違いなく一級品だ。そこは信用できる」


 この剣の名前だろう。幅の広い片刃の長剣――それこそ魔装ティタニスの背丈とも大差のない長さだ。すでに剣身は磨き上げられ、鏡のように光を反射している。


 

「背中のアレは?」


 リアナがニグルムの背中に突き出た箱状の装備を指さすと、エルマンは首を横に振った。


「わからん。推進器を兼ねた特殊装備だろうが見たことねぇ。魔力の導線だけは繋がってるようだ。使ってみてのお楽しみだな」

 

「外せないのね」


 確認のために聞くと、エルマンは吸い終わった煙草をバケツに放り込む。

 

「背骨に直にくっついてやがるからな。バラせば外れんこともない」

 

「勘弁してよ」


 神格魔装ティタニス・エルダーはただでさえ解明されていない部分が多い古代兵器だ。そんなことをすれば二度と元に戻せなくなってしまうことはわかりきっている。

 

「ま、やってみなきゃわからないのは騎士も一緒かぁ」

 

「せいぜい楽しみな」


 エルマンの冷やかしにリアナは大げさに肩をすくめてみせ、奮闘中の相棒がいる装騎席コックピットを見上げるのだった。

 

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