⑥うっかり聖女
「ちくしょう、なんであんなもんが動いてやがる! おい逃げるぞ!」
さすがというべきか、これまでパーティを率いてきたドルカスは判断が早かった。
対して、リアナは俺のそばによってきて暢気に言う。
「あ~、やっぱり」
「やっぱりだって?」
俺が首を傾げると、少しだけ焦りの感情が伝わってきたが、リアナは顔の前で手を振って弁解した。
「や、こんだけ大きい船なら積んでるとは思ってたのよ。動いてるのはさすがに予想外だって」
「なるほどな?」
「なんかイマイチ信用されてないわね」
そんなやりとりをしていると、白い
甲高い破裂音と共に飛んできた不可視の弾丸により、俺たちの立っていた地面が無残に切り裂かれていたのだ。
「あぶねぇ! どうする!?」
「てったーい!」
「賛成!」
当然の判断だ。背丈が十倍近い鉄の塊と殴り合う度胸はない。
先へと駆け出したリアナに俺も続く。逃げた先はドルカスたちとは別の方向だ。敵の目をひいている俺たちが後ろに続いてしまうと、連中は逃げきれないだろう。
それはリアナの優しさなのか、それとも連中と同じことはしないというプライドなのか。
とにかく俺たちは
「あっ」
「どうした!?」
俺と同じく周囲を見回していたリアナが口を手で覆う。それから気まずそうに首をすくめた。
「ごめんユーリ。ここ行き止まりかも……」
まさかの袋小路だった。
重い足音が聞こえてきて、白い
「いや、うっかりうっかり……」
「気にすんな」
本当にうっかりしていたらしく、脂汗をかき始めたリアナの頭に手を乗せる。
陰から様子を伺うと、白い
赤色の細い光により部屋中が照らされて、俺は慌てて身を隠す。
「あれ、誰が乗ってるんだ?」
「人が動かしてるわけじゃないっていう説もあるわよ。銀貨二枚かけるわ」
「じゃあ俺は三枚……ってそんな場合じゃねぇ」
こんな状況でも軽口を聞ける度胸が俺にあったとは自分でも驚きだ。だんだんリアナに毒されてきているのかもしれない。
その時、微かに人の声が聞こえて、息をひそめる。
『だ、だれか……』
「ん……?」
『誰か降ろしてくれぇ! 俺がやってるんじゃないんだ! 誰か……!』
俺はリアナと顔を見合わせた。
「どういう状況だ?」
「騎士でもないのに変に弄ったんじゃないの? 昔の
「そうだとしたらとんでもないアホだな」
「まぁ今のアタシたちの状況も中々のもんだけどね」
「ハハハ」
会話の最後に俺たちは「はぁ」とため息をついた。
そうして上を見上げると、俺はあることに気づく。隠れているこの柱は、ただの柱ではない。二本の黒い柱だと思ったそれは、
「おい、これ」
「もう一騎あったのね」
そこにあったのは先ほどの白い
「ちょっとユーリ……!」
リアナが小声で俺を制止する。
気がつけば俺は何かに惹かれるようにその足をよじ登っていた。幸い、装騎席――コックピットは開かれていて、気づかれずに中へと入ることに成功する。
「待ちなさい! 下手に触っちゃだめよ! アンタにはまだ早い!」
いつのまにかにリアナは俺を追ってきていたようだ。慌てた様子で俺の肩を掴む。
「まだ早いって……いつか乗る予定でもあったのか?」
「そういう話じゃ……――いや、そう。もしアンタがもっと強くなれるなら、そのつもりだった」
「じゃあ今乗っても同じだ。そもそも動くかわかんないだろ」
「だから――!」
言い合っていると、リアナがひと際大きい声をあげた。
遺跡の中に甲高い電子音が鳴り響き、赤い光が俺たちを捉える。
「やばッ!」
それに気づいたリアナが俺をシートへ押し飛ばし、その横にあったレバーを蹴りつけた。
長い間放置されていたであろうに、
すんでのところで装甲が閉じられ、攻撃を弾く音が響いた。一瞬だけ真っ暗になったコックピットの中が、低い唸りと共にわずかに照らされる。
「ああぁぁぁぁ~! こんなはずじゃなかったのにいぃぃ!」
リアナは突然、その銀髪を両手でかき乱し始めた。
その胸の内はしっかりと共有され、怒りと苛立ちをぎゅっと固く丸めたような、強烈な感情が剛速球で飛んでくる。
他人の感情で直接殴られるような感覚に俺はめまいを覚えた。
……どうやら俺は相当残念なことをしたのかもしれない。
「こ、この中だったら安全なんじゃないか?」
「んなわけあるかボケぇ! アンポンタン! へたれ格闘士!」
俺が可能性の限りなく低い希望を言ってみると、聖女とは思えない罵倒の嵐が返ってきた。
リアナは「どいてよ!」と俺の肩を強引に踏みつけて後部座席に座る。それから長いため息をもらすと、ゆっくりと顔を上げた。
「死にたくなければ言うとおりにしなさい。ユーリ・コレット」
突如、俺は背筋の凍るような感覚を覚える。
その声はまさしく街で聞いた聖女のものだ。だが慈愛のような暖かさは欠片もなく、凍てゆくような冷たさがあった。
背後から強烈な圧に、俺は思わず面を下げてしまう。
「わ、わかった」
「じゃあもっとお尻引いて。レバー握って、フットペダルに足乗せて」
言われた通りにすると、自分が座っている場所と魔力的な繋がりを感じる。
これが
「次、炉心はもう点いてる。この子を叩き起こす! 魔力を注ぎ込んで」
「こうか……?」
「ショボい! 全力でやんなさい!」
情緒不安定気味なリアナにシートの後ろをガツンと蹴られて、俺は自棄になる。
今の俺ができる全力の魔力を四肢の先に送り込んだ。
「うおぉ!」
すると、送った魔力に対し、反動のような感覚が手足に返ってきた。
低く唸るだけだったコックピット内に吠えるような駆動音が鳴り響き、光が満ちる。 薄暗かった全てのモニターが外の風景を映し出したのだ。
「よっしゃ……あぁぁぁぁ!?」
だが俺が喜びに浸っていられたのは、ほんの束の間だった。なぜならすぐ目の前に――。
腕を振りかぶった敵がいたのだから。
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