⑤奇遇で不運でいきなりで

 奇遇であると同時に不運でもあると思う。

 

 その場にいたのは以前依頼を共にした十人ほどの冒険者のパーティ、というか寄せ集めの連中だった。


「なんだてめぇら!?」


 リーダー格の男が魔物を押さえつけながら怒鳴ってくる。

 

 そんな怒鳴り声にも俺たちは――だいぶシラけていた。

 

「なんだと言われても……なぁ?」


「アタシたちが一番乗りしたかったのにね」


 もう一生会わなくていいと思っていた相手との遭遇に、俺的にはテンションがダダ下がりだ。


 リアナに至っては一番乗りにこそ価値を感じていただろうに、先を越していたのが件の連中だということがシラけ具合に拍車をかけている様子だ。


 そんな俺たちを見て男は悪態をついた。

 

「くそがっ! 突っ立ってんなら戦いやがれボケが!」

 

「手伝ってほしいならそう言いなさいよ。帰っちゃおうかな~」


 リアナは心底この連中が嫌いなようで、耳をかっぽじりながらそんなことを言った。聖女なのだからもうちょっとお作法を自重してほしい。

 

 見ればすでに何人かは血を流して倒れている。


 俺は少しだけため息をつくと、拳を構えて前に走り出した。


「俺は行くぞ」

 

「好きにしなさい」


 言い置くと、リアナが剣をゆっくりと抜く音がする。危なくなったときだけ助けてあげる、という思考が飛んできて、俺はふっと笑った。


 

 この程度なら俺一人で十分だ。


 

 あの冒険者たちと組んでいた時にはなかった自信が俺を突き動かす。

 

 突進してくる俺を優先的な脅威を感じたのか、数匹の魔物が飛び掛かってきた。身体強化の魔法を維持したままだ。なら――。


「んなっ!?」


 きっと、冒険者たちからは俺が消えたように見えただろう。魔物の牙を紙一重ですり抜け、一匹の背骨を裏拳で叩き折る。


 俺はそれを皮切りに、次々と魔物の急所を潰していった。一匹にかける時間は一秒もかからない。薄暗い遺跡の中で、俺の体から発せられる魔力光だけが火花のように散る。


 気がつけば冒険者たちは手を止めていた。周囲を囲んでいた魔物たちも、俺の姿を捉えられないのか一か所に集まりだす。


 ――まとめてやるならば、今だ。

 

 俺は地面を蹴った。魔物たちの真上へと飛び上がり、魔力を練る。


雷滅波紋撃イステラ・シルクラム!」


 俺は発動された紫電の閃光を直下に放った。それは群れの中心にいた個体へと直撃し、さらにその周囲へと伝播する。

 

 遺跡の中が紫色の光に照らされ、耳をつんざくような悲鳴が上がった。


 

 周囲は静寂と暗闇を取り戻す。


 

 俺が地面に降り立った時、そこには丸焦げになった魔物の塊だけが残っていた。

 


 

             ◇   ◇   ◇

               ・   ・

             ◇   ◇   ◇


 


「や、やるじゃねぇかボウズ……。また会えるとは思ってなかったぜ」

 

 冒険者たちのリーダーの男――ドルカスは引きつった顔で話しかけてきた。


「ああ、俺もだよ」


 この男が率先して仕事を放棄したおかげで以前の俺はあやうく死ぬところだったのだが、それを問い詰める気はない。


 思うところはあるものの、やはり大勢にとって一番大事なのは自分の命なのだ。その順番が違っている者のほうが少数派なのだと、今になってはそう思う。


「しかも女連れたぁ羨まし――」


「ねぇ、アンタたちどっから入ってきたの?」


 話を遮るように前に出てきたリアナに、ドルカスはたじろぐ。

 

「あ、あぁ……崖崩れででっけぇ筒が出てきたって話で……だいぶ後ろからだ」

 

 この少女の雰囲気と声は常に人を圧倒する。それが肝の据わった大男であっても変わらないようだ。


 リアナは目つきを鋭くするとさらに問い詰めた。

 

「誰に聞いたの? ギルドにそんな情報なかったでしょ?」


「お、おめぇらこそどうやって入ってきたんだ?」

 

 ドルカスは自分が尋問されていることに気づいたらしく、話をそらした。


 詳しく言えない理由があるのだろう。

 

「俺たちは別のとこから入ったんだ。けどそこから外に戻るのは難しそうだったからな。出口を探してたんだ」


「ならあっちだ。言っとくが金になりそうなもんはほとんどなかったぜ」

 

 俺が答えるとドルカスは尋問から解放されたと思ったのだろう。調子よく後ろを指さして鼻を鳴らす。だが何かを思い出したような顔をすると、申し訳なさそうに打ち明けた。

 

「ところでよ。俺たち以外のやつらが入ったんだがはぐれちまってな」


「ああ、見かけたら合流するように伝えればいいか?」


「悪ぃな」


 この男もパーティリーダーとしてメンバーの命を預かっているらしい。俺の中でドルカスの評価が少しずつ修正されていく。

 

 そんな会話をしていると、冒険者たちから声が上がった。


 気がつけば、その場を離れていたリアナが負傷した者たちに治癒魔法をかけている。


「すごいな……。かなり深かったはずだが……」


「お、俺の足も元通りだ」


「大げさなのよ。動くならもう少し休んでからにしなさい」

 

 その効果に冒険者たちは口々に驚いていたが、リアナはなんでもないように次々と手当を済ませていった。


「すげぇ嬢ちゃんだな。どこで捕まえた? あんな治癒士」


 あんな攻撃的な治癒士がいてたまるか。あと捕まったのはこっちなんだよな……。と、俺が遠い目をしていると怪訝そうな視線が飛んできたが、黙殺する。

 

「まぁ、なんだ。気ぃつけて帰れ」


「ああ。そっちも無理するなよ」


 深くは聞いてこなかったドルカスと手を挙げて別れようとした――その時、どんと腹に響くような揺れが遺跡全体に響いた。

 

「なんだ!?」


 ドルカスが怒鳴る。


 次の瞬間、壁をぶち破られて土煙が上がった。


 巨大な何かが部屋に侵入してきたのだ。



魔装ティタニス!?」



 現れたのは全身が白づくめの鉄の巨人だった。

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