⑦レバガチャ格闘士

 衝撃がコックピットを襲う。


「ぐああぁ!?」


 もしレバーを強く握っていなければ、俺の体はシートから吹っ飛んでいたかもしれない。

 

 続く何度かの衝撃がやっと収まり、俺は頭を振って周囲を見回した。

 

 俺たちの乗った魔装ティタニスは元いた場所から吹き飛ばされ、横倒しになっている。敵に殴り飛ばされて壁に激突したようだった。


 前方から白い魔装ティタニス――敵がゆっくりとこちらに歩いてくるのが見える。



「だああああ! まだ調整中だっつーのぉ!」



 叫び声に後ろを振り返ると、両手に膨大な数の魔法陣を発動させたリアナが目を回していた。


「り、リアナ! これどう動かすんだ!?」

 

「知るか! ガチャガチャやってれば!?」


 そんなめちゃくちゃな。だが敵が迫り文句も言えない状況に、俺は言われた通りにする。


 

 つまり――ガチャガチャやってみた。


 

「うおおおぉぉ!」


 敵がすぐ目の前にいる分、とにかく動けばいいと思った。それが功を奏したのかもしれない。


 突然、飛び跳ねるように動いたこちらの魔装ティタニスの足が、敵の腹部を蹴り飛ばした。敵も相当な重量だろうに、凄まじいパワーだ。


 

 ……ただ正直にいえば、俺は腕を動かそうと思ったんだが。

 

 

「あぁぁぁ! ちょっと! 操作系と動力系の調整してんのに今のでズレた!」


「お前がガチャガチャやれっていったんだろ!?」


 どうやら調整不足のおかげでもあるらしい。


 とにかくその隙に、リアナは最低限の調整を終わらせたようだ。


「終わった! 基本はアンタの魔力と思考に反応して動く! とりあえず起こして!」

 

「ああ!」


 足に力を入れてペダルを踏むと、魔装ティタニスが立ち上がった。不思議な感覚だ。実際に動いているのは魔装ティタニスなのだが、自分の体が動いているような感覚がある。


 そして、この操縦が――とんでもなく力を使う。魔力を注ぎ続けていることもあるが、レバーやペダル自体も身体強化魔法有りで動かすのがやっとだ。


 この状態を長く維持していられる自信がない。早めにケリをつける必要がありそうだ。


「武器は必要ないわね? 一撃で仕留めなさい」

 

「わかってる!」


 リアナの問いに自分を奮い立たせるために勢いよく答えた。すでに敵は体勢を立て直し、こちらに向かって突進してくる。

 

「行くぞ!」

 

「いつでも!」


 魔装ティタニスの右手が赤い光に覆われる。



 ――攻撃の威力を分散せずに集中させるのならば。



 俺とリアナの高ぶった気持ちが絡み合い、互いの思考を読まずとも同じ答えを導き出す。



炎燐剣撃掌ナイギス・ヴェス・グラディウス!」



 こちらのコックピットめがけて伸ばされた敵の手が迫る中、身を捻って手刀を繰り出した。モニターに巨大な敵の腕が迫り、まるで俺自身を掠るような恐怖に襲われる。

 


 右手に装甲を突き破る感覚――俺は吠えた。



「うおおおぉぉぉ!」


 赤熱した手刀が白い装甲を溶断する。


 眩い火花と共に腕を振り切ると、敵は魂が抜けたようにくずおれた。

 

 

             ◇   ◇   ◇

               ・   ・

             ◇   ◇   ◇


 

「本当に、本当に助かりましたぁ……!」

 

「あ、あぁ……無事でよかったな」


 ミックと名乗った若い男は憔悴しきった顔で俺の手を握る。

 

 俺たちが倒した白い魔装ティタニス――その中にいたのは案の定、ドルカスたちとはぐれた冒険者の一人だった。物珍しさに乗り込んだところ、自立起動してしまい閉じ込められたそうだ。

 

 俺の攻撃はわき腹からみぞおちにかけ、コックピットを避ける形で胴体を削り斬っていた。


 こちらとコックピットの位置が同じだとわかっていなければ、ミックを助けられなかっただろう。


 俺は近くのがれきに腰を掛ける。

 

「この遺跡のことをアンタたちに教えたのは誰?」

 

 リアナは睨みつけながら問い詰めた。


「ほ、本当は口止めされてるんスけど――領主様っす。ここの魔物の掃除が依頼で」

 

「口が軽いわね?」

 

「助けてもらわなきゃこの口も動かせてないんで……」


 ミックは自分の体を見下ろしながら苦笑いする。


「そう。別にアンタから聞いたとか言わないから安心しなさい」


 リアナはそう言うとミックから視線を外し、「もういいからどっか行きなさい」と手で追い払った。


「じゃ、じゃあ失礼します!」

 

「気をつけろよ!」


 俺がその場から去る背中に声をかけると、へい! と威勢のいい声が返ってきた。


 それを見送ってリアナが俺の隣に座る。


「大丈夫?」

 

「すまん、厳しい」


 ミックは気づかなかったようだが、俺は戦いの直後から強烈な眠気に襲われていた。だがこんなところで寝るわけにもいかない。そう耐えていたのだが、限界のようだ。


「魔力の使い過ぎ。でもこれが限界なわけじゃない。もっと精進しなさい」


 隣のリアナに顔を向けると、俺の頬に小さな手が伸びてくる。ひんやりとしたその手を素直に受け入れると、笑顔が返ってきた。



「よくできました。もう大丈夫よ」


 

 その言葉に、俺の緊張の糸がぷつんと切れた。


 急速に闇に落ちていく意識の中で、頬に当てられた手の冷たさだけが最後まで残っていた。

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