152. デキるビジネスマン

 後ろから聞こえた声。男の声であった。こんな時に一体誰だと後ろを向けば――

 

 バチッ! と決めたオールバック。ビシッ! と決めた上等なタキシード。その下にはムキッ! とした筋肉があるのが察せられる。そして日焼けした褐色の顔からはキラッ! と白い歯を光らせた笑顔を放つ。

 

 レヴィアが居ればこう言うだろう。「何だこのデキるビジネスマン風のアメリカン野郎は」、と。そんな男が玉座の間の入り口に立っていた。


「ダーリン♥」


 その男に対し、甘えたような声を出すフィアンマ。立ち上がって駆け出した彼女に、ネイはぎょっとしてしまう。


「ハハッ。いけないなハニー。帰ったら家にいないなんて。僕は寂しくて胸が張り裂けそうだったよ」

「ごめんねダーリン♥ 昔のお友達が帰ってきてたから、ついつい張り切ってお仕事しちゃったの♥」


 男へと抱きついたフィアンマ。誰だコイツは。語尾にハートマークをつける王など私は知らぬ。ネイの頭がものすごく混乱してくる。

 

「そうか。なら仕方ないな。ハニー、紹介してくれるかい?」

「うん♥ この子はネイ・シャリーク。元騎士で、すっごくお仕事ができる子なんだけど、すっごく可愛い子なの♥」

「やあネイ! 僕はバルドル。バルドル・アングレン。まあもう少しでバルドル・カルドになるんだけどね」


 キラッと白い歯を光らせ、ウインクをするバルドルという男。その勢いに押されてしまい、「ネ、ネイ・シャリークです……」とちょっぴり引きつつも名乗り返す。

 

「あの、王よ、もしかしてこの御仁が……」

「ああ。隣国アングレン王国の王子にして、余の夫となる男よ」


 察してはいたが、やはり彼がフィアンマの結婚相手らしい。

 

 続けて「いい男だろう?」と問いかけてくるフィアンマ。ネイは「ま、まあ……」と微妙な返事を返す。濃すぎるゆえにあんまり好みではないのだ。上手くいっているとは聞いていたが、まさかこんな事になっているとは。カルドでは珍しすぎる事態である。

 

 とはいえ、国外ならこういうのが好みの女も多いだろう。自信がある男というのはそれだけで魅力的だからだ。ただ、カルドでモテそうな感じではない。この国でモテるのは楚々そそとした控えめな性格の男。こういう男は対象外とする女が多いはず。以前は目の前のフィアンマもそうだったはず……。


「いいなぁ陛下」

「何とうらやましい」

「私もあんな男と結婚したい……」


 が、おかしなことに周囲の騎士たちまで羨んでいる様子。ネイは驚きに目を見開く。

 

「こういう事だよ。ネイ」

「っ!?」


 そのネイに対し、隣にいるアリーナがつぶやく。

 

「ヴィットーリア様は王の結婚に反対したんだ。バルドル様のような男は相応しくないと。いや、王だけでなく騎士たちにまで文句をつけた。素晴らしいお方だが……価値観のアップデート状況はあまりかんばしくなかったようでね。だからこそ捕えざるを得なかった」

「その通り。幼きころよりヴィットーリアには世話になっておるが、邪魔をされてもらっては困る。ね、ダーリン♥」


 アリーナの言葉にフィアンマも続く。

 

 確かに母であれば反対するだろう。男は男らしく、女は女らしくすべしという固い考えの女だからだ。国民の規範となるべき王がこうなってしまうのであれば、結婚に反対するのも納得できる。

 

 が、反対したから即捕まえるともどうなのだろうか。理由としては納得できるが、流石に厳しすぎる気がする。所詮母は引退した身。発言力はあれど権力はない。腹芸も得意ではない。王ともなれば強行は可能なはず。


 ならばよほど激しく反対したのだろうか? それこそ結婚式の邪魔をしかねないくらいに。

 

「だが、ネイ。君なら理解できるだろう? 幼い頃、君が隠し持っていた本。えっちな本なのかと思ってドキドキしながら読んだら、勇ましくもたくましい男騎士と結婚するというナベ女の物語。当時は君を変態だと思っていたものだが、今は違う。あれこそが理想。あれこそ私の求めるもの。私ではなく君が正しかった。時代が君に追いつきつつあるんだ。共に最高の男を迎えようじゃないか」

「ぬ、ぬう……」


 立ち上がり、手を差し伸べてくるアリーナ。彼女の明かした事実にネイは赤面してしまう。こっそり隠し持っていた外国モノの恋愛小説。まさかバレていたとは。親にもバレてないと思っていたのだが。

  

 しかし、勇ましくもたくましい騎士。もしかして表に集められた男たちがそうなのだろうか。だとすると……。


「ち、因みにですが。単なる興味本位なのですが、外にいた男たちはすでにお手付きなので? その、王の」

「うん? いや、余は純愛タイプゆえな。あれは余の部下の為にダーリンが用意してくれたものじゃ」

「さ、左様で。ではこれも興味本位なのですが、ガウェイン様は既に誰かが……?」

「ガウェイン? ああ、あの男か。ふむ、中々の男だとは思うが、他国の騎士ゆえなぁ。婿取りなど難しいところもあるし、今のところはフリーみたいじゃ」


 ――ゴーン、ゴーン。

 

 ネイの頭の中でチャペルが鳴った。

 

 ガウェインがフリー。ガウェイン様がフリー。なんと素晴らしい事実だろう。過去にレヴィアが言った言葉は正しくなかったのだ。

 

「ふむ? ガウェイン君が好みなのかな? ならば私に任せたまえ。今度合コンを開こうじゃないか!」


 合コン! ガウェイン様と合コン!

 

 バルドルの言葉を聞いたネイの瞳がキラッキラに輝く。

 

 合コン。何と素晴らしい言葉か。おカタい昔のカルドでは考えられなかった言葉だ。価値観のアップデート最高。ネイはそう思った。

 

「フフッ。どうやら気持ちは決まったようだ。さあネイ」

「うむ!」


 ネイは立ち上がり、アリーナの手を取ろうとした。幸せへの道。それを掴むつもりで。

 

 ――瞬間、ふとある事を思い出し、ピタッと止まる。

 

 魔法都市でのやらかし。もちろんレヴィアに洗脳されてしまったという理由もあるが、洗脳中に己は何をした? フレッドという眼鏡系男子に完全にハマッていた。おまけにその後はクエイクというイケメングループにもハマり、仲間たちから大ひんしゅくを食らう。

 

 このまま欲望に突き動かされるなど、それこそ反省ゼロの馬鹿でしかない。ネイはその事に気づき、心を落ち着かせる。すると、玉座の隣で控えていた白いベールの男が目に入った。今にも泣き出しそうな雰囲気で体を震わせている少年の姿が。

 

「フィガロ様……」


 フィアンマの弟、フィガロ。最後に見たときに比べれば少し大きくなったか。四年経つので今は十六歳。身長も大きくなって当然か。薄いベールの下にある顔は昔とかわらず褐色ショタかわいらしいのようだが。


 確かフィガロはアリーナと両想いだった。だが、先ほどのアリーナの言葉は……。

 

「……アリーナ。最高の男を迎えると言ったが、母上はお前とフィガロ様の結婚にまで反対していたのか? 昔はむしろ祝福していただろう」

「うん? ……ああ、そういえば言ってなかったね。フィガロ様との婚約は無しになった」

「!? な、何故!?」


 さらっと言うアリーナ。ネイは驚愕に目を見開いた。


 自らの守護者アリーナに恋をした、幼き王子。彼の気持ちに応えるためアリーナは奮闘し、前王に与えられた十二の試練を見事こなした。さらに武術大会ではネイ含む戦士全員を打ち破ってカルド最強を示し、ついには結婚を認められた。その純愛的ストーリーはカルドすべての民が知り、理想的カップル扱いだったはずだ。年齢差ゆえに一部にはショタコンという声はあるものの。なのに、何故。

 

 その疑問に、アリーナではなくフィアンマが答える。

 

「こやつは頼りないからのう。余が最も信頼する騎士、アリーナの夫としては少々な」

「そ、そのような事はないはず! フィガロ様は内助の功としてアリーナを……」

「ふふふっ。それでは女の幸せは得られまい。ねえダーリン♥」


 フィアンマがバルドルに甘えつつ言うと、隣にいるバルドルがニカッとした笑顔で言い放つ。

 

「そうさ! 女の子はお姫様だからね! 騎士なんて危なっかしい真似はやめた方がいい! 君を守ってくれる運命の男がどこかにいるはずさ! フィアンマに対する僕のように……なーんてね!」

「あーん、何て素敵なのダーリンってば♥」


 スーツの下にある大胸筋を震わせながら。

 

 一方、フィガロはふるふると震えだした。ベールの下は涙顔になっていると思われる。なのにアリーナは目すら向けない。

 

「しかし、我が国にそういう男が少ないのも事実。ダーリンが集めてくれた男だけでは全然足りんからのう。まあアングレンとの併合の暁にはそのようなことはなくなるじゃろう」

「なっ!? 併合ですと!?」

「そしてダーリンはアングレンの王族。併合後の王としてはふさわしかろう? わらわも王などやめて早く家庭に入りたいしな」


 ふう、と少し疲れた顔でフィアンマは言った。


 併合。つまり歴史あるカルド王国を無くす。しかもその後は家庭に入るなどとフィアンマは言う。

 

 ――何だこれは。

 

 頼りになる若き王は人前で男に甘えるような女になり、最強の騎士は自らを慕う男を捨てる。男の好みこそネイに近づいているものの、これはあまりにも――


 そこでネイは思い当たる。赤の爪牙。様々な国を乱す存在を。

 

 そしてそれは恐らく――バルドル。王をかどわかし、騎士までも堕落させる男。彼こそが王宮をこんな風にした犯人に違いない。

 

「貴様……! 一体何をしようとしている!」

「うん? 何の事かな?」

「とぼけるな! 王を、騎士たちをこんな風にしおって……!」


 ネイはキッとバルドルを睨みつけて非難。すると、バルドルは不思議そうな顔をする。とぼけていると判断したネイは怒りを表しつつ……

 

「王よ! 今、各国では魔王の配下たちが裏工作をしております! 赤の爪牙と言う名の! そこのバルドルは赤の爪牙の一員に違いありませぬ!」


 王へと進言。

 

 しかしネイの言葉は伝わらなかったのか。フィアンマは再びため息を吐く。

 

「……どうやら分かってくれぬようじゃな。親子だったという訳か」

「フィアンマ様!」

「捕えよ。わらわの邪魔をする者は許さぬ」


 冷たい顔でフィアンマは言い捨て、もう用は無いとばかりに去っていく。バルドルと腕を組んで。

 

 その彼女を追いかけようとするネイだが、目の前にアリーナが立ちふさがった。

 

「アリーナ! 邪魔をするな!」

「残念だ。残念だよネイ。君なら理解できると思っていたのだが……」

「ふざけるな! 確かにガウェイン様は惜しいが、私は誇りまで捨てるつもりはない! そこをどけ!」


 ネイは怒鳴った。しかしアリーナが引く様子はない。


 睨み合う二人。一触即発の雰囲気。さらに周囲の騎士たちがネイを囲む。このままではまずいと判断したネイは剣を抜き、背中に背負った盾を構えた。


 王に謁見ともなれば武器を取り上げられるのが普通だが、信頼されているゆえかネイはそのままであった。その信頼を裏切るのに抵抗はある。だが、今は王たちを止めるのが祖国への忠義。

 

「フッ。いいだろう。久々に力比べと行こうか。お前たち、手を出すなよ」


 対するアリーナも剣を抜いた。二本の双剣。ネイは少しばかり顔をしかめる。あの双剣に過去の自分は敗れたのだ。

 

 だが、負けるわけにはいかない。このままでは故郷が大変な事になる。ネイは気持ちを奮起させ、目の前の女へと突撃。

 

「うおおおっ!」

「ふっ……!」


 ガキィン! と二つの剣がぶつかる。アリーナはネイの攻撃を左手の剣で受け、すかさずもう片方の剣で刺突を放ってきた。容赦なく顔を狙われたその一撃を、ネイは首をそらす事で回避。

 

 さらに体制を崩したとみるや、双剣を活かした連撃が迫る。ネイは一歩下がり、盾で防御。

 

「ハハッ。どうした。やはり攻めるのは苦手かい?」

「舐めるなッ……!」

 

 言葉は軽口なれど一撃一撃が重い。普通、二つの剣を持つとなればどちらかの手が軽くなるのだが、彼女に関しては別だ。カルドの戦士らしく鍛え上げられた膂力、たゆまぬ努力により培われた技量。その両輪をもって高度に完成されている。

 

(どうやらこの数年の間にさらに腕を上げたか……!)


 ネイは顔をしかめつつも、ひそかに喜ぶ。自分とて強くなったつもりだが、ライバルも強くなっていた。その事が嬉しかったのだ。

 

 だが、状況としてはあまり喜ばしくはない。何とか彼女を突破せねばならない。現状、攻はアリーナ、防はネイという感の戦い。これは両者の戦闘スタイルからすれば自然な成り行き。が、突破を考えればあまりよろしい成り行きではなく……。

 

「フッ、流石だよネイ。だが、これはどうかな?」

「!?」


 再び突撃してきたアリーナ。ネイは迎撃しようと構えるが――瞬間、アリーナの姿がブレた。一体なんだと目を凝らすも――

 

「がっ!?」


 首元に衝撃。倒れつつも背後を見れば、いつの間にか後ろに移動しているアリーナの姿。

 

 不意に放たれた急所への一撃を受け、ネイは倒れてしまう。一体何が起こった。ネイは朦朧としつつも困惑。何とか気を取り直そうとするも……そのまま倒れてしまうのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る