151. ウェルカムポーズ

 数年ぶりに入った王宮。

 

 黄金をあしらった意匠の通路、飾られている絵画、美しい調度品。ネイにはあまり分からないが、見る人が見れば芸術的価値は非常に高いと評価されるだろう。記憶にあるものと同様、豪華絢爛という言葉がふさわしい場所であった。


「?」

 

 いや、少しだけ違う気がする。どこか陰りのようなものというか。もしかしたら経済が危うくなった時に王宮の品々の一部をお金に変えたのかもしれない。いや、仮にそうだとしても、この違和感は何なのだろうか?

 

「なあアリー。何かあったか? 昔と微妙に違う気がするのだが」

「ん? ……フフッ。気づかないか。まあ、仕方ないかもしれないな」


 ネイの問いかけに、アリーナは少し笑いつつ答えた。「結局何が違うのだ?」と再び問いかけるも、「すぐに分かってはつまらないだろ?」との返事。ネイは再び周囲を見回すが……やはり分からない。

 

(もしかして赤の爪牙が潜んでいるのだろうか。その気配があるからこそ……)


 ネイはそう予想した。一流の戦士と自負する己。レヴィアほどではないが、敵意には比較的敏感である。何かしらの敵意を感じるからこそこんな違和感を感じているのかもしれない。

 

(いや、その割にはアリーナの様子が普通だ。軽い性格のコイツだが、忠義心は深い。赤の爪牙がいるのなら間違いなく排除しようとするはず。……もしや洗脳されているのか? ちょっと前の私のように)


 ヴォルフのレアスキルにより洗脳状態にあった自分。今回の敵が同じような能力を使っている可能性は十分に考えられる。ネイはそう予想し、警戒を強めた。なお、実際はレヴィアに洗脳され、洗脳が効きすぎたからこそヴォルフのレアスキルが効いてしまっただけである。


 警戒しつつも歩くネイ。何があっても冷静に対処できるよう心がける。赤の爪牙に故郷を乱されるわけにはいかない。

 

 が、


「!?」


 通路を歩いた先。ネイは思わず心を乱した。目を見開いた。謁見の間に続く立派な扉の前に、ものすごくありえない存在がいたのだ。

 

「フン!」

「フゥン!」

 

 半裸の男たち。皆が皆、筋肉隆々。しかも下はブーメンランパンツ一つであり、上には何も着ていない。正確には星型のシールで乳首を隠しているが……とにかくそんな男たちが通路の左右でマッスルポーズを決めていたのだ。

 

「くっ……! えっちすぎる……!」


 それを見たアリーナが顔をそむけた。頬を赤くし、だらしなくなった口元を右手で抑えながら。ただし見たいのは見たいのか、ギンギンな目つきでマッスルを眺めている。

 

 ――何なのだコレは――

 

 ネイは困惑した。カルド王国において、男がここまで肌をさらすなどありえない。肉体の感じもカルド王国の好みとは真逆だ。身長が低く華奢きゃしゃなのがカルドの女の好み。まあ自分の好みはその真逆なのだが。とはいえ、あんまりマッスルなのはちょっと好みから外れる。

 

「あっ! あなたは……!」


 ふと、マッスルの一人が声を出した。そちらを見れば、大きなマッスルの陰に隠れた、金髪の整った容姿を持つ男。周囲にいるマッスルに比べ、マッスルながらも絞りこんだ実戦的な印象を受ける筋肉。

 

「ガ、ガウェイン様!?」


 ネイは驚きの声を上げた。

 

 レヴィアを捕まえるべく国を発った男、ガウェイン。その男が目の前にいたのだ。

 

「ガ、ガウェイン様、何故ここに!?」

「千妃祭で不覚を取り、己を鍛えなおそうとカルドに来たのです。カルドは戦士の国として高名ですからね。しかし、気づけば何故かこんな事に……」


 ネイが問いかけると、ガウェインは困惑した表情で答えた。サイドチェスト(お腹付近に手をやって大胸筋や下腿三頭筋の張りや厚みを披露するポーズ)を決めたまま。


 そしてどうやら彼も千妃祭の場にいたらしい。性別的に出場はありえないので、ゲル・キマイラ及びその眷属の相手をしていたのだと思われる。正義感の強い彼だ。民を守れなかったからこそ再び鍛えなおそうとしたのだろう。

 

「あなたがいるということは、レヴィア・グランも近くにいるという事ですね。ならばすぐに……と言いたいところですが、今は与えられた役割をこなさねば。他国とはいえ、王の願いを無下にする訳にはいきませんので。しかし! 私から逃げられるとは思わない事です! ……と、レヴィア・グランにお伝えください」


 ガウェインは強い意志を感じさせる言葉で言った。ポーズをサイドトライセップス(体を横向きにしつつ背中側に手をやって横側の筋肉及び上腕三頭筋胸筋を強調するポーズ)に変えながら。捕まえる相手に捕まえる事を予告するという意味不明さ。相変わらずどこか天然さを感じさせる男であった。

 

 だが、ネイはそれどころではない。でっへーとしただらしない表情で彼の体を凝視。イケメンの裸体とか眼福この上ない。この機会にしっかりとまなこに焼き付けねば。乳首の星はこの際気にしない事にする。

 

「楽しんでくれているようじゃな」


 ふと、正面の扉の先から聞こえた声。

  

 それと同時に扉がギイイッと音を立てて開いていく。廊下から続く赤いじゅうたんの先には、金色の玉座。そしてその玉座には、美しい女が足を組んで座っていた。


 肩甲骨くらいまでの長さの、少しカールした紫色の髪。褐色の肌。年齢は二十くらいだろう。若々しくも蠱惑的な感じの女で、ふんわりとした薄手の……というよりスケスケの衣を羽織っており、その下には黄金色のビキニ。リズ辺りが見れば「痴女」と言われそうな恰好である。

 

「フィ、フィアンマ様!」


 その姿を見たネイは叫びつつもひざまずき、頭を下げた。

 

 彼女こそがカルド王国の王、フィアンマ十三世。王といっても性別は女だ。カルド王国では女が王になるのが普通な為、女王と呼ばず王と呼ぶのだ。因みに男が王に即位した場合は男王だんおうと呼ばれる。

 

「久しぶりじゃな。騎士ネイ・シャリーク。よく来た。男たちのウェルカムポーズは楽しんでくれたか?」

「それはもう! ……あっ」


 思わず素で返事をしてしまうネイ。その彼女をフィアンマはクスクスと笑う。

 

「し、失礼しました!」

「よい。さあ、そこで話をするには遠すぎる。近う寄れ」

「はっ!」


 ネイは少し名残惜しそうにしながらも玉座の間へと進む。

 

 玉座の前へと続くカーペットの左右に、それぞれ騎士が六名ずつ。そして王の隣に一人、白いベールで顔を隠した人物がいる。王の弟にして、アリーナの婚約者であるフィガロだ。

 

 ネイはアリーナと共に歩き、フィアンマから二、三メートル離れた付近で再びひざまずく。

 

「フィアンマ様……いえ、王よ。ご無沙汰しておりました。そして申し訳ありません。フィオリーナ様の危機に駆け付けられず」

「うむ。母上の事は残念であるが、病ゆえ仕方あるまい。そなたがいてもどうしようもなかった。とはいえ、本音を言えば王となったわらわを支えてほしかったがのう」

「も、申し訳ございませぬ」


 若いなりにしっかりしたフィアンマであったが、急な即位ともなれば色々と大変だったのだろう。加えて母の話によれば何やら災害も起きていたらしい。王盾おうじゅんと呼ばれるほど信頼されていたネイはフィアンマとも親しく、親しかったからこそ助けてほしかったのだと思われる。


「まあいい。そなたにはそなたなりに大事な事があったと聞いておる。で、騎士の道とやらはどうじゃ? 見たところ少しばかり変わったように見えるが」

「えっ? あっ、いえ、未だ道半ばでして……」


 フィアンマが問いかけると、ネイはおどおどとした様子で答えた。立派な騎士として成長する為に国を飛び出し、諸国を漫遊していた自分。しかし今はちょっとどころか大分寄り道をしてしまっている。「はい」と答えるには少々抵抗がある。


「っと、それよりも王よ! 我が母が捕まったと聞いております! 一体何故!? 母が罪を犯すなど考えられませぬ!」


 そこで本来の目的を思い出したネイは顔を上げ、厳しい声で問いかけた。本来、王が許可する前に顔を上げるなど無礼な事ではあるが、非難する意味もあってそうしたのだ。

 

 しかしフィアンマが気にした様子はない。フッと軽く笑いつつ口を開く。


「奴は素晴らしい女よ。あれほど勇ましい女を余は他に知らぬ。女の中の女といえよう。が、だからこそ理解できなかったのじゃろうな。時代の変化を」

「時代の変化……?」


 ネイは怪訝な顔をした。時代の変化で思いつくのは魔王関連だろうが、現状この国まで影響が波及している様子はない。少なくとも今まで見てきた感じでは。


「悲しいかなヴィットーリア。理解できなかったからこそ奴を牢に入れざるを得なかった。余の邪魔をしかねないからな。ネイ、お主はどうだろろうか。お主も余を否定するか?」

「お、王よ、話が見えませぬ。一体何をしようとしておられるのか」

「フフッ、それはな……」


 もったいぶった様子で答えようとするフィアンマ。が、その時――

 

 


「やあハニー。帰ったよ」




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