153. 牢屋にて
薄暗い部屋の中。
「……はっ!」
ネイは飛び起きた。きょろきょろと周囲を見回すと、石造りの壁と頑丈そうな鉄格子。冷たい床の感触。
「起きたか」
「っ! 母上!?」
壁の向こうから聞こえてきた声。ヴィットーリアの声だった。何故ここに……と疑問に思ったところでネイは思い出す。
「そうか、私は負けて……」
押されてはいたが、途中までは勝負になっていた。しかし、背後からの一撃でネイは敗北。気絶し、囚われてしまったという訳だろう。
「お前もか。親子ともども情けない事よ」
「なんと、母上も?」
ネイはその言葉に驚く。現役時代には劣るものの、未だ己と同じかそれ以上の強さを持つ母。彼女もやられてしまったとは……。
「ああ。アリーナが強いのは知っていたが、どうやら俺の知る時よりもさらに強くなっていたようだ。……いや、それだけでは説明できんな。ネイ、どう見た」
「いえ、情けない事に全く分からず。気づけば背後に回られていたとしか」
目の前にいたというのに、次の瞬間には後ろにいた。技法や超スピードなどでは説明できない現象。少なくともネイには何が起こったのか理解できなかった。
「ふむ。俺の状況と似ている。だとするとあの噂は真実やもしれぬな。――奴が、レアスキルに目覚めたという」
「!?」
ヴィットーリアの言葉。何とレアスキルによるものだと言う。彼女の言葉を聞いたネイは驚きつつも否定。
「ば、馬鹿な。レアスキルは生まれながらに持つ物のはず。少なくとも幼少の頃には自覚するでしょう。もちろんアリーナは持っていませんでした。母上も知っているでしょう?」
「お前の考える通り、普通レアスキルというえば先天的なもの。だが、歴史を見れば後天的に得た例がなくはないのだ」
ヴィットーリアは言う。理由は不明だが、ある日突然レアスキルが発言する事があると。
「とはいえ、どうすれば得られるかは分からぬ。厳しい修練の末にようやく得られるもの、と言う者もいるが、世界最強と呼ばれるほど鍛え上げた者とて全員がレアスキルを持っている訳でもない」
「ふーむ、そのような事があるとは……全く存じ上げませんでした。そういえば勇者らも女神にレアスキルを与えられておりましたな」
「だとすると神々の胸三寸なのかもしれぬ。だが……」
ヴィットーリアは少しだけ間を置き、続ける。
「私が思うに、レアスキルとは渇望の結果だ。心の底から欲しているものが現象として現れる。事実、剣を極めんとする者は剣に関するレアスキルが発現し、鍛冶を究めんとする者は鍛冶に関するレアスキルが発現するように思える」
「ならば、アリーナも……?」
「うむ。何を求めているかは知らぬが」
渇望。一体アリーナは何を求めたのか。どんなレアスキルなのか。ネイは考えるが、全く想像がつかない。
カルドに残っていれば分かったのかもしれないが、数年ここを離れていた。今のアリーナが何を考えているかなど分かるはずもない。
「しかし、あっぱれと言うべきか情けないと言うべきか。王の剣としての実力は素晴らしく、もはや現役時代の俺でも敵わぬだろう。が、その所業は唾棄せざるを得ん。あれほど己を慕っていたフィガロ様を捨てるなど」
「ええ。……くっ、アリーナめ。私との誓いはどうなった……!」
ネイは思い出す。幼き頃からの思い出を。
騎士を志す小さなネイとアリーナ。ヴィットーリアという偉大な母が身近にいたからこそ自然にそうなったのだろう。
『負けないぞ! 私が先に騎士になるんだ!』
『私が先だ。ネイ、君には負けないよ』
共に鍛錬し、力を高め、比べ合う日々。お前には負けない。自分の方が強くなる。そんな風に競い合っていた。素晴らしい友だと、素晴らしいライバルだとネイは思っていた。恐らくはアリーナも。
『ネイ、ようやく騎士になれたね』
『ああ。誇り高きカルドの騎士。王の剣として、民の盾として、これからも努力したいところだ』
『フッ、真面目だな、ネイ。だが、国一番の騎士なんてのには興味はあるね』
そうして努力は実り、二人は騎士となった。騎士となってからも友にしてライバルという関係は崩れず。互いに競い合い、高め合う日々。
ある日。
王城の城壁の上で、砂漠の地平線に沈む夕日を眺めながら二人は語り合う。
『アリーナ、おめでとう。これならば王もフィガロ様との結婚も認められるだろう』
『ああ、ありがとう。……まさか手加減はしてないよね? ネイ』
『当たり前だ。手加減などするものか。お前の想い、そして想いを成すための意思と努力に私は敗れたのだ」
先ほどまで行われていた闘技大会。アリーナは見事カルド最強を示したのだ。フィガロとの結婚を認められる為に。悔しい気持ちもあれど、純粋に称える気持ちが強かった。
『だが、アリーナ。これから気をつけろよ。ゆくゆくは王族の一員なんだ。男遊びなどもってのほかだぞ』
『勿論さ。……そんな目をするなよ。フィガロ様を悲しませたりはしない。カルド王国に、この双剣に、ついでに君にも誓おう』
(そう誓ったはずだろう。アリーナ……!)
ネイは心の中で嘆き悲しむ。強く拳を握りしめながら。
(ヤツを止めなければならない。そしてそれを止めるのは友たる私の役目。しかし……)
負けてしまった。王を正すどころか、友を正す事も出来ないまま捕まってしまった。その事実にネイは落ち込んでしまう。
二人の言葉が止まり、しーんとなる周囲。ヴィットーリアも何かを考えているらしく、話しかけてこない。
そして数十秒後。
「……ネイ」
ヴィットーリアが小さく呟く。何だろうとネイが耳を傾けると……。
「……すまんな。俺を追ってきたからこそお前もこうなったのだろう。子のお前まで巻き込んでしまうなど……」
母が謝罪してきた。ネイは先ほどまでとは別の意味で驚く。あの厳しい母が、どんな時も強気だった母が、こうも気を落とした声を出すなど。
「は、母上。気になさらないで下さい。確かに母上を追って王城に来ましたが、私は私の考えがあった。このような事は許されないという。それを主張してしまったがゆえに捕まったのです」
ネイは驚きつつも母をフォロー。もちろん嘘ではなく本当の事だ。ヴィットーリアが「そうか……」と少し力を取り戻した声で呟く。
「そうか、そうだったか……。男の一人も連れず、己の顔を隠すという情けなさすぎる真似をしていたゆえに、悪い方に変わってしまったと思っていたが……どうやら俺の目は節穴だったようだ」
「は、母上」
「理想の騎士、か。国を飛び出して何が騎士かと思っていた。王を守り、国を守り、民を守り、家を守る事こそが騎士だと。しかし、お前はお前で信じる道があったのだな。折角の機会だ。聞かせてくれ。お前が何を考えていたのか、どんな事をしてきたのか、どんな道を歩んできたのか」
優し気な声で語りかけてくるヴィットーリア。
アリーナの事で気落ちし、ネイを巻き込んでさらに気落ちしていた彼女である。それだけにネイの心持ちが嬉しいのだろう。
ならば母に応えるような話をせねば。ネイは誇るべき冒険者としての日々を思い出し――
「あっ」
瞬間、ネイは気づいた。
冒険者としての日々。男に浮かれたり洗脳されたりしていた自分。誇るべきところが一切ない。
これらを伝えれば母はどうなるか。間違いなく怒る。それはもう激しく怒る。その怒りはレヴィアやリズの比ではなかろう。恐ろしすぎる仕置きが待っているはずだ。
「どうした。なに、自慢話になろうが一向に構わぬ。子の自慢ほど親が喜ぶものはないのだからな」
おかしそうな、機嫌よさそうな声で促してくるヴィットーリア。それだけにこの後の怒りがすさまじいことになりそうだ。教えたくはない。だが尊敬する母に嘘をつくのもはばかられる。そもそも自分は嘘があまり上手くない。
滝のような汗を流し始めるネイ。何を、何を言えばいいと考えまくっている。牢屋の部屋が同じなら間違いなくバレる態度であった。
(あれ? 待てよ……?)
ふと、ネイは思い出す。
自らが旅立ったきっかけ。それは純粋に騎士として己を高めたいという思いからだ。
国に忠を誓う騎士として“王盾”と呼ばれるまでになった。しかしどこか感じる違和感。幼い頃目指した騎士の姿とは少しばかりズレている気がしており、だからこそ結婚して落ち着くことを望まず、国を出た。自らが目指す騎士のカタチ――理想の騎士像というものを確立し、目指す為に。決してカルドの男が好みではないという理由ではない。
実際、旅立ってしばらくはそのように行動していた。人々の助けになるという事を心がけ、冒険者という身分になりつつも自らを騎士として律し、理想の騎士を目指していた。例え素敵な殿方と出会ってもそこまで心乱されることはなかったはず。
なのに、なんでこうなったのか? いつの間に自分は「王子様と結婚したーい」なんて風になったのか。ネイは首をかしげた。
「何を黙っている。まさかとは思うが……」
「あっ。い、いえ、数年前からの事ゆえ記憶が怪しい部分も多く、少し整理しておりまして……。そ、そうだ。母上、まずは脱出法を考えるのが先では?」
次第に怪しみ始めたらしいヴィットーリア。まずいと思ったネイは話題を変える。現状をそのまま話せば間違いなく激怒されるだろうから、話すにしてもきちんと思い出してから話したかったのだ。
「まあ道理か……。とはいえ、お前が寝ている間に色々試したが、俺の方は無理だった。牢番もなしのつぶてだ。ネイ、そちらはどうにかならんか」
「待って下さい。……ふんっ!」
ネイは立ち上がり、目の前の鉄格子を引っ張ったり叩いたりした。が、どうにもならない。当たり前と言えば当たり前であるが。他に何かないか探るも、武器はもちろん取り上げられており、壁も破壊できそうにない。
「くっ、駄目か……。スミカがいれば……」
「スミカ? 確か黒髪の少女の名だったか。彼女がどうした」
「ああ、言ってませんでした。彼女はセントファウスが召喚した勇者の一人なのです。技術は未熟なれど、一騎当千の猛者でしてな」
彼女ならばこの程度の牢を打ち破るのは簡単だろう。事実、セントファウスの遺跡ではここよりも頑丈そうなものを破壊していた。しかも今は魔力を扱えるようになり、さらに強くなっている。砂漠で見せた力を使えば城ごと更地にできそうだ。
純花の事を説明したネイ。するとヴィットーリアはふむ、と呟き、
「そうか。ならばスミカ殿の助けを期待するか。少々情けなくはあるが……」
「ええ。仲間たちならきっと……」
――そこでネイは気づく。純花が助けに着たらどうなるかを。
他者をどうでもいいと切り捨てる彼女である。自分を助けるために本気で城を更地にしてしまいかねない。ネイは逆の意味で心配し始めた。
「いや、リズがいる。レヴィアも……って二人ともまだ寝ているんだった」
うなされたまま起きない両名。片方は分からないが、もう片方はモテない事実に耐えられなかったのだと思われる。こんな事になるんなら煽るんじゃなかったとネイは後悔した。いや、煽らなくても結局は同じだったかもしれないが。
「む?」
「母上、どうされた」
そうして思い悩んでいると、ヴィットーリアが何かに気づいたような声を出した。何だろうとネイが問いかけた時、ほぼ同時に聞こえた別の声。何やら地下牢の入り口の方から揉めるような声が聞こえたのだ。
十数秒後。スタスタと誰かが歩いてくる。
「ヴィットーリア様、ネイ様……」
「フィガロ様!?」
白い頭巾で顔を隠した少年、王弟フィガロがそこにはいた。彼は持っていた鍵で、がちゃがちゃと音を立てつつ鉄格子を開ける。
「た、助かりました。しかしフィガロ様。どうやってここに? 牢番は……」
「大丈夫。気絶しております」
牢屋を出たネイが入り口の方へ視線を向けると、牢番二人が倒れていた。まさかフィガロがこれを? いや、そんな真似を彼ができるとは思えない。
「フィガロ様。どうやら周囲には気づかれていないようです。ですが、お早く」
「ガ、ガウェイン様!」
牢屋の入口。そこにはガウェインの姿があった。油断なく階段の上を警戒している模様。どうやら彼が牢番を気絶させたらしい。
囚われのお姫様を救いに来た騎士――ネイは思わずそんな妄想をしてしまい、きらきらとした視線をガウェインへと向ける。
「フィガロ様。そ、それと見知らぬ殿方。助かった。だ、だだだだが、そ、そそそその恰好は何とかならぬだろうか?」
そしてネイ同様解放されたヴィットーリア。彼女は頭を下げつつも顔を赤くし、目線を外しつつもチラチラ見るという真似をしていた。
何故ならガウェインは未だ星乳首とブーメランパンツ姿。カルドの女にとっては目の毒である。因みにガウェインの方は「急いでおりましたので」と特に何とも思ってない様子。
「し、しかし、フィガロ様。このような真似をしてもよいので? 御身のお立場が悪くならないだろうか?」
「……大丈夫です。それよりヴィットーリア様。お二人にお願いがあるのです」
「お願い?」
「はい。ですが、まずはこちらへ。いつ他の者が来るか分かりません」
フィガロは踵を返し、出口の方へと向かう。それに付き従うヴィットーリア。ネイは未だキラキラしたままだったが、ヴィットーリアに「ネイ。何をしておる」と名前を呼ばれ、正気に戻るのであった。
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レヴィアの男時代に近い主人公のお話を投下し始めました。ちょっと前の活動報告通り、タイトルは「ミカドなやつら!」です。
こっちは気が向いたときに書いてる感じになっちゃってるので、とりあえず出来ている部分だけは投稿しておく(4話くらい)。
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