接客最敬礼角度:四十五度
上客じゃなくて
予約を入れて入ってきた客の車を、スーツの上に赤い安売りのハッピに身を包んだ一人の営業がお辞儀して迎えた。ティガーXLスポーツタイプは完全に場違いな雰囲気だが、エンジンの音も静かに、駐車場にも慎重な挙動で進入し、模範的な動作で駐車スペースに停まった。
顔が見えないように大きなつばのついた帽子を二人とも被って車から降り、先ほど四五度でお辞儀した営業が歩いてくるのを見て、片手を上げた。
「高峰修です」
「や、ヤリミズディーラーズのお、お、折田……お、お、覚えてらっしゃいますか」
「ああ。解るから。落ち着いて話せ折田」
「あ。はい、ヤリミズディーラーズの折田啓介です。ようこそお越しくださいました」
「澪だ」
はあーっ、ととろけそうなため息をつきながら頭を直角に下げる折田を見て澪は笑った。
「高峰がお世話になりました」
お辞儀したまま折田は固まり、そして目線を上げるとへっぴり腰のまま立った。おそらく直立のつもりだろう。
完全にガードマンのモードに入った修は、折田に警告した。
「店の中に入ったらただの一般客だからな。そのつもりで頼むぞ」
「あのぉ。握手とかってその……」
「いいですよ」
澪が言うと折田は崩れ落ちた。
「ああもうマジすかやば杉ホントにしんどいしんどいマジで死んじゃうわ」
などと小声で言っているのをしり目に高峰はスマホのストップウォッチを立ち上げた。握手の二秒間を測定した直後言う。
「はい、終わりー」
と折田の上腕を掴んで澪から離す。
「どうだった?」
「修さぁん」
「なんだ」
「もう手洗えないっすわぁ」
「……案内してくれ」
「案内?」
「車を買うんだ。こっちが。高級車じゃなくて便利な方をな」
「ヤリミズで?」
「そうだよ。驚きすぎだ」
「……服巻いるか?」
一瞬驚いた顔を見せて折田が黙った。高峰の知っていることを理解したのか、それからは神妙な顔つきで言った。
「いえ、いらっしゃいません」
「そうか。安心したよ。でもいつか会わなきゃいけないよな」
部屋の道具を変えたりしたことを謝るわけではないが、一方的に被害を被った自分として、きっちりと彼の判断を正さなければならないと思っていた。
「あいつにいい報告をやるのは癪だけどな。まあ一台だけだ」
「その、是非、僕から車買ってもらえますよね……?」
「そんなの約束してないだろ?」
「えぇー……」
「もう一人だ。名前がわからなくて」
「僕の名前はわかったでしょ」
「名乗ったからな。ちょっと中に入るぞ」
「ノーノーノー、僕以外はフロアにいなくて」
「嘘つくな。あいついるだろ」
大きな窓の向こうに立っていた男を指さして、高峰は言った。
「名倉君ですね」
「遊び用にネバビータを買うんだってさ。頼むな」
「澪さんがお買いになるんですか?」
「声を張るなよ」
「あの。名倉さんを呼んでいただけますか?」
高峰が折田を視線でせかす。折田は後ろ髪引かれるようなくしゃくしゃ顔で言い、お辞儀をする。
「お取り次ぎいたします……」
「何へこんでるんだ?折田」
「へ?」
「もう友達なんだぜ、俺たち。そうじゃないのか?」
折田は顔をぐしゃぐしゃにして、高峰の肩に顔をうずめた。
澪は折田の目の前で、爽やかに笑った。
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