選手交代

「溝井!落ち着いていけ!思い切りいけ!」


 溝井は一瞥もくれないが、表情が緩んだ気がした。

 田部井が次に腕を振ったとき、溝井持ち前のフルスイングが勢いよくボールを直撃し、センター前にはじかれて飛んでいった。

 溝井が走る。押されるように先頭二者が類を超えていくとき、ベンチにいた高峰は身を乗り出していた。

 そこで残りの選手たちも目を見張りだし、声を出した。

「回れ!回れ!回れ!」

 選手がホームベースに戻ったとき、球はまだ直線を描いて飛んだままだった。アベンジスは一点を勝ち取った。 

 監督は腕を組んだまま事態を静観している。

 そして高峰は周りを見た。

 急に立ち上がった高峰に皆驚いていた。

「高峰さん、なんなんすか急に……」

 隣にいる澄田が圧倒されて引いていた。

「すみません。あの、イメージなくて」

「ああ、そう。そうかもしれんな。今までの俺なら……」

 と言ってる間に、今、また打者が一発の凡打にてアウトを取られ、攻守交替となる。


「溝井!ええぞ大したもんやァ」

 指名打者、溝井は監督に短くはいと返答すると顔をぬぐうようなしぐさでグラウンドを見た。そして溝井は高峰に視線を移した。


「高峰さん、ありがとうございます」

「いいプレーだった」

 肩を叩き、そして溝井含めたチームは各ポジションに散っていく。

「こんなことしたことないっすよねえ。ましてアベンジスで」

「ああ、その。これが本当の俺で」

 と舌っ足らずに言うと溝井は笑った。再びチームが配置につき、すでにマウンドに立っていた澄田は笑顔を見せた。

 彼を後押しするのは、初めて経験する試合の高揚感と敵を倒していく快感だ。

 その気持ちはわかる。幾度も経験した暗黒に引き込みかねない力だ。

 さらにここを抑えれば澄田はヒーローだ。

 高峰はできる限りのことをしようと思った。

 そしてチームメイトに笑いかけ、肩をたたき、励まし、熱く声を出して皆を溶かして一つになるように努めた。

 

「次で決めてくるなア!」

 だが、監督は高い声でその一言を放って、グラウンドの澄田を見て再び腕を組み、また言った。

「澄田。あいつやられるかもなァ?」

 監督が言い、コーチが無言で受け止める。しかし、監督は、コーチに話しかけているのではなかった。

「澄田、あいつやられるかもなァ?高峰ぇ!」

 え?

 高峰は間が空いて、ハイ、と答えた。

「高峰ェ、行くかぁ?」

 監督は真っすぐな目でこちらを見た。

「行かせてください」

 凛とした目でそう答えた高峰に、監督は続けた。


「球審、選手交代、高峰修!」


 球審はそれを聞き届け、澄田も言葉は理解したようだった。

 思わずあからさまに首を傾げる態度をとる澄田から、監督が視線をそらすことはない。


『選手交代します。ピッチャー、背番号十九。高峰修』

 大スクリーンに爆発のエフェクト、そして高峰の写真が字幕とともに挿入されて入場曲が流れる。

 日本一の投手になった昨シーズンに選んでかけた、あの曲だった。

 観客の声援が大きくなる。これは期待感からだけではない。週刊誌、SNSのゴシップを聞いた下世話な注目も集まっていることをよく知っている。

『本試合出番なしと思われていた高峰選手の入場です。昨年の成績は言うに及ばず、今シーズンはダーティなイメージを引きずりながらも、今試合初登板のこの勝負で結果を残せるか』

 ピッチャーマウンドに立つ高峰は、ボールを受け取った。

「プレイボール!」

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