てめえなんぞ
「何や訳の分からんことを言うが、今日次第じゃなァ?」
「懸命に頑張ります」
監督は声を聴くなりハッと短く声を出し、間が空く。
そして監督は高峰を睨む。
「信用ならんのォ?」
「結果を出して証明します。その準備はできています」
小畑監督に長いセリフを言ってはならないという原則は、入れ替わっても理解していた。
また沈黙だ。監督は目の前の高峰から視線を外して彼を試すと、眼差し鋭く言った。
「回すか出番なんかてめえなんぞォ」
その威厳ある瞳に射抜かれて、唇を震わせるほかなかった。
監督に言われたことは以上だ。監督の声は高く濁っていて、太い。高峰といえど恐ろしい。球界でも際立って有能かつ名物監督にして、アベンジスに漂う緊張感の根源である。
頭を下げて練習場に戻ると、その空気はうすら寒い。温度もそして雰囲気も。麻元もため息をつき、キャッチャーのメットを着けるような有様だった。周りの選手たちは全員白けた目で高峰を見ていた。
孤立無援か。そう思ったとたん、何か既視感(デジャブ)を覚えてならない。この状況はかつて経験したような気がする。
入れ替わる前だけじゃない、入れ替わってからもずっとこんな空気を感じていた気がする。当事者としても、傍観者としても。
「高峰さん、おはようございますっ」
その感覚を破り、声がした。丁寧な挨拶で現れたのは、記憶にない随分若い選手だった。
ネットニュースで見た。彼は甲子園で結果を残しドラフト一巡目で指名された青年、澄田だ。当然ながら一回りも年齢が違う。
「おう、おはよう」
「……今日は怒鳴ったりされないですね」
そう遠慮なく言う澄田は緊張しているが、自信にあふれ、そして内なる闘争心を燃やしているように見える。プロ初登板して一か月で勝利を得、チームにも少し慣れてきたのかもしれない。当然ながら高峰とは『面識がある』人間で、こちらは彼に活躍の場を取られている状況だ。今そんな澄田を見て去来するのは敵意というより、大したものだなと言う関心だった。それはライバル選手としてはよくないことだと自分でも思うのだが。
「そうだな。気持ちを入れ替えて……結果を出すさ」
「よかったっす、高峰さんがそれならこっちも安心してプレーできるんで」
「おう、全力でやろう」
「ありがとうございます。体調気を付けてくださいね」
「ああ、何の問題もない」
頭を前に出してお辞儀のようなしぐさをすると、澄田はストレッチャーへと向いた。
それで思い出した。小畑監督が指揮する今のアベンジスは下剋上の風土だ。各野球チーム、監督の方針次第でこのような物言いさえもできることを忘れていた。そして入れ替わる前の自分は、この風土に合っていたのだと思う。アベンジスの強さの秘訣は、相手チームだけでなく、自分のチームメイトにさえ『アベンジ』できることだからだ。
それから九時になると、周りと同じようにウォームアップ練習が始まり、身体を戻す訓練を始めた。身体を動かせば感覚は戻る、この法則は服巻の体に乗った時と同じようだ。むしろその時より心と体は完璧にフィッティングしている。
今日、果たすべきことを果たすには、勝利投手になるほかに選択肢はない。高峰は久しくかけていた自分へのスイッチを押すように、試合前練習に挑む。
対戦相手は中京工業チャンプス。昨シーズン、アベンジスの日本シリーズ進出に最後まで抵抗したチームだ。今シーズンは始めからフルスロットルを開けて全力疾走するかのように、死ぬ気で攻めにきているのはよく分かる。隙を見せれば一気に攻め込まれるだろう。
もっとも、高峰がその土俵に立てるかどうかですら今は絶望的だったのだが。
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