服を巻いても俺は高峰
折田は安心と満足を形にしたような顔で深呼吸する。
「ああ、よかった。名倉君がやらかしたときは、清宮君が回収して数字にしてしまうんですよ。服巻さんに仕事をさせなければいいから。服巻さんが出てしまうと、とんでもない失敗という事に、店ではなります。服巻さんがダメなら店長になりますが、そうなったことは今までありません。服巻さんと店長は激しく争ってますから、服巻さんが失点することは許されないんです」
「はあ……大変だな」
店長からの圧を考えれば失敗は許されないということだ。そう深く納得していると、
「あ。もしかして、服巻さんが解決されました?」
折田が言った。
「ああ。やってしまった」
「それはいけない。でもよく何とかしましたね」
「なるほどな、清宮の怒りもまあ、理解できないわけではない。だがこの『俺』ならできないはずなのに、するすると言葉があふれるみたいに出てきたんだ。どう思う?」
「体は服巻さんだということじゃないんですかね。つまり……脳が服巻さんのものなので、記憶はあるのではないでしょうか」
服巻の皮をかぶった高峰が、ぞっとして唾をのむ。
「じゃあつまり、やっぱり俺はあの瞬間服巻だったってことなのか?」
「見立て上、そうなりますね」
「だったら俺は一体、なんだっていうんだ」
「僕にも分かりませんが、とりあえず俺は一体、なんだって自問できるっていうことは、高峰修にしかできないことだけは確かです。だからあなたは修さんです。服巻修って感じですか」
「その呼び方はやめろ。精神が分裂しそうになる。俺の感情とは別に、凄まじい侮辱を受けたような怒りがのたうち回ってる。これはどういうことなんだ?」
「服巻さんの怒りが乗り移ったようですね」
「奴になればなるほどそうなるのか?」
「僕にも分かりません。精神科医じゃないし」
「そうだよな……すまない」
「とりあえず今日は私のお客さんが来店されますし、店を閉めるまで私がいますので、どうぞそのままいてください」
服巻の皮をかぶった高峰は、落ち着き払った風を装おうとしたができそうにもない。
「ところで、朝礼の時に名倉君を僕につけたのは何か意味があったんですか?」
「それは俺が日ごろ思ってたことだ。いつも『生徒の成績が悪いのは先生の出来が悪いからだ』と、だからその場の思い付きで言うことにした。お前がそのスポーツカー?契約決めたんだから、そばで見ていた折田にも勉強になっただろうな。少なくとも一人で外に出すのはよくないと思ったんだ。別に何も考えてなかったんだが」
「ってことはその判断は、間違いなく修さんですよ」
「だがここにあるのは高峰の脳みそじゃないぞ」
「よくわからなくなってきましたね。記憶は交換したからないけど、心はその人ってことでしか、考えられません。服巻さんの身体に刻み込まれたものが、高峰さんの心に影響してるんでしょうかね」
「心が入れ替わったんなら、ヤツの怒りが俺に入り込むなんて不自然じゃないか?そもそも、人間の意識は脳みそで作られた幻想に過ぎないとか、テレビで言ってたぞ」
「頭が痛いです。僕は学者でもありません。その手の本を読んだこともないし」
「……とにかく君が名倉の手本になったんならこの上ないよ、そういう事にしておこう」
「あ、それは手本じゃなくて、名倉君の契約ですよ」
「どういう事だ」
「ここだけの話、僕が訪問していたご家庭は僕のお客さんだったんですが、そのご家族のおじの方については名倉君に譲ったんです」
「譲った?」
「ええ。僕は今繫がっている方で買い替えのお客様はいるし、文句を言われないくらいの件数は上がっていますので。むしろ清宮君に奪われている名倉君は立つ瀬がないですから」
「よくできるな、そんなこと」
「僕みたいな営業はいないと思いますよ。本当に。けど僕は合格点に達すればいいと思ってる人間なんで、褒められもせず、苦にもされず早めに切り上げて自分の時間を過ごしたいんです、だから服巻さんには嫌われてるんですけどね」
「偉いな」
「名倉君なんて大分つらいですよ。彼はそんなに契約を引っ張れる世帯数を持っていないんですが、その人柄で慕われている家族の方などが関係を続けてくださってるんで、数は少ないですがあたたかい方が多いんです」
「でも数字は上げ続けなきゃいけないだろう。名倉、この仕事大丈夫なのか?」
「そうかもしれませんが、彼みたいなのは貴重ですよ。数字さえ上げれば、いい営業になれるんじゃないですかね。僕なんかそこまで良心で迷えないですよ。自分の生活のほうが大事ですから」
折田はそんな風に答えて足元を見ていた。そして服巻の皮をかぶった高峰は、高峰修自身の感性でこれを聞くことができる自分を自覚して、とりあえず安心を覚えようと努めていた。そうしないと、まったく謎ばかりで頭が混乱してくる。
それに引っかき回されるよりは、ほかのことを考えたほうがよっぽど建設的だ。
そうだろう。それが高峰的な考え方だと思えている限りにおいては。
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