それって最高?

 しかし、次の一言は高峰を思いとどまらせた。

「勝つことってそんなに必要なの?」


 言葉に詰まった。そして次の言葉は出てこなかった。

 澪は何となく、自分を拒んでいる気がする。

「少し早すぎるかも」

 そして澪は、高峰から少し離れた。

「君といたいんだ」

「トロフィーをもらっても、それは始まりなんだよ、修。それは分かってる?」

「君と一緒なら乗り越えられる。そのために試合に勝ちたかった」

 澪はもう一度高峰の顔を見て、頷いた後、しばらくそっと動かなかった。

 冬本番の寒い風が澪の前髪を揺らすと、彼女は彼女らしさを取り戻した。

「私はトロフィーじゃないわ」

「そうじゃない。君をモノと同じになんて見てない」

「そんなことが言いたいわけじゃない。努力は負けないよ。誰にも負けたことなんてないよ。だからそうじゃないものを、あなたに求めてるだけなの」

 何で気付いてくれないんだろう、彼女はそんな顔をした。

 悲しい顔だった。

「君じゃなきゃ張りあえない。俺にとって、それが大事で……もう君は自由だ。何をしてもいい。金もあるし……できないことはないだろ」

「……何でそんなにバカなの」

 澪が、切ない声を出して自分を驚かそうとしているのを分かった。

 

 もういい。澪がふさぎこむように言った。

「私が引退して、最初にどんな勉強するか分かる?」

「……なんだ?福祉とかか?よく分からなくて、その辺りは」

「違うわ。調理師免許」

「なんだよ、それ……」

「意外だった?この意味わかる?」

「俺の人生の為なんて考えるな」

「違うよ。私のため。そしてあなたのため」

 澪は詰まらせた言葉のまま、振り絞るように言った。

「祝福されたいなら、されるにふさわしい自分にならなきゃ。そう思わない?」

 澪は前髪を指で払って、その瞳を高峰と合わせた。

「私から、あなたへの台詞」


 そう言って澪は高峰と向かい合ったまま唇を結んだ。

 彼女の台詞に比べたら、どれもいい言葉は出てこなかった。できるなら澪が出たすべてのドラマのどんなセリフより、良いことを口にしたかったが、自分にはその才能がない。

「澪、すまない俺……。もう少しゆっくり考えよう」


だから高峰はただ受け入れざるを得なかった。


「修の気持ちは分かってるよ。だから修がいい。でも、それでも。今じゃないわ」

 澪は、痛々しい表情を見せて、ようやくそう言った。


 世界に二人の景色の中で、彼らは陽が落ちてもしばらく、そこに立ったまま動かなかった。ふと、忘れ物を見つけたように、小さく透明なブリリアントカットのダイヤが、夕焼けの空と同じの、薄い琥珀(セピア)に染まるのを感じた。


 二人は静かに車に乗ると、あまり会話もなくその日を終えた。

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