第十二話 どころか

 まさかこれほど強力な集団を集めるとは、サバイアは呆れるほどの心配性らしい。飛んできた鉄の雨が、純白の翼を通り抜ける。


「第一ラウンド、はじめ」


 やけに耳の奥を刺激してくる声だ。聞き覚えは無かったが、フリーナの視線がおのずと後ろへ流れる。


 眼前にあらわれたのは残像だった。


「チィ!!」咄嗟に障害物のない方向へ飛びのいたが、身に迫っていたはずだった女の気配は気付けば遠くに消えていた。


「ビビりだこと」木陰から現れたそいつは手ぶらで、とても戦えるとは思えない細身だった。だがフリーナは最も警戒すべき相手と踏んだ。


 あらぬ方向から飛んでくる鉄の雨はこいつのスキルだろう。であれば先程の芸当は持ち前の身体能力。ちゃんばらの奴を処理しておかなければ拙いだろう。


 地面に伏し、瞳を左右に動かす。地形を確認しつつ、敵の動きに注意する。


 女に動く気がないのを見ると、フリーナは勢いを殺して立ち上がった。


「サシでやらせてくんない?」


「無理」女は笑う。それでもなお足を動かす気配はなかった。


 それじゃあ、距離を取って戦うか。


「はぁっ!」疲労し始めた翼に力を込めて飛び上がる。


 なぜだか追ってくるどころか飛び道具も使ってこない。逃げる気はないが、こうも消極的だと処理する気も起きない。それを狙って隙でも伺っているのだろうが。


「とりあえず、こっちのターンといかせてもらうか……」


 フリーナは視界にギリギリ敵が残る位置で止まり、懐から2ダースのナイフを取り出した。


 ただそれを自由落下させる。重心が鉄部分に偏ったナイフは逆さまに落ち、地面に突き刺さろうとする。


 11本目のナイフを落とした直後、フリーナは無表情になって羽ばたきをやめた。


 地面が急接近する。そこから、動けるようになったダニーと変な女が見上げていた。


「戻ってきた」女は笑い、フリーナより先にナイフを抜いた。


 フリーナは最後のロングナイフを腰から取る。地面に激突する寸前で身体を捻り、ぼーっとしているダニーへ投げつけた。


「がッ!」ダニーは焦った様子で剣を薙ぐが間に合わない。右肩にトドメが入った。


 この調子なら殆どサシといっていいだろう。応援が来ないうちに女を処理するためには、短期戦でいくべきか。


「シュ!」足を滑らせ、低空を飛びながら距離を詰める。そこまでしても女に動きはなかった。


「舐めてんの!?」流石にストレスが溜まってくる。しかし女は華麗に笑い、腰に手を当てこちらに指鉄砲を向けてきた。


「全部見てるだけだからね」


 頬が切れた。額が裂ける。視界の外から、なにかがフリーナの外皮を削り取っていく。


「さっきの鉄弾じゃない……」フリーナは頭だけ押さえて下がる。


「同じもの。あなたが見えてないだけ」女はようやく迎撃態勢をとった。


「スキルは鉄弾だけだけど……特殊効果で透明にもできる、のか」


「ビンゴ」女は目を隠して足を踏み出してきた。


 急所に当たってはダメだ。肉を切らせて攻撃するにもリスクはつきまとう。だが。


「接近弱そうだよね、アンタ」フリーナは地面に落ちたロングナイフを拾う。


「どうかな?」女は髪をかき上げて高めの構えを取った。


 両者が突撃する。フリーナはまず無難に左足を狙った。


 しかし姿勢を下げた瞬間、うなりをあげる鉄が脇腹にぶつかった。


「ばっ!?」思いがけない攻撃に吹き飛ぶ。振り返ると、左手に鞘を握るダニーがいた。


「邪魔!!!」畳んだ翼を振り抜き、ダニーの首元に迫る。


「おお、こわっ!」振るったナイフを、ダニーは剣の横刃で受け止めた。


「面倒だな……」


 半ば忘れていた。距離を取るが埒はあかなくなる。


「サバイアに辿り着くどころか、尻尾巻かなきゃいけないかもな…ひと肌、脱いでみるか」


「ふふん」肩を押さえるダニーと、笑う女が立ちはだかる。あと10分耐えれば、ふたりは来てくれる。


「ウイング、最大出力」


白竜はくりゅう

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

赤い貴様と糞皇帝 @junk1900

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ