第十一話

 要塞ともいえる壁が立ちはだかる。政治家ひとりを守るために随分と手の込んだ建築をするものだと半ば感心しながら、フリーナは階段をのぼった。


「おい、誰だ。そこで止まれ」


 護衛の声だろうか、まだ人数は少ないようだ。2種類の声しか聞き取れない。


 引き留められるのを無視して、フリーナは門を叩く。


「止まれと言っているだろう」武装した男が姿をあらわし、フリーナのこめかみに剣を突き立てた。


「面倒だな…時間稼がないといけないのに」男に聞こえないよう、小声で呟く。暫く動かないでいると、壁の奥からまた一人、今度は銃を持った男が飛び出してきた。


「誰だ?」開口一番に問いを投げてくる。フリーナは完全に無視した。


「答えねえと、耳から血飛沫が出るぜ?」


「あっそ」気怠く答えた。目的は、男の怒りを買うこと。


 銃の男はニヤついて様子見を始めた。他は我関せずと持ち場に戻ろうとする。


 とりあえずこの男を潰せば集まってくるだろうか?フリーナは集中していない頭で考えた。


「おいおい、なんか言えって」急かしてくる声が五月蠅い。首を傾けてため息をつくと、フリーナは一瞬で男の喉元を掴んだ。



「作戦とかなんでもいいけど…アンタ、顔がむかつくわ。生まれ変わるなよ」


 骨が砕け、指先が血で濡れた。人体が音もなく崩れると、何事もなかったかのようにフリーナは視線を動かした。


「何人でも来てくれ」


 しかし思惑は外れ、剣を持った男はたったひとりこちらへ向かってきた。


「サバイア様が俺達にどれだけ金をかけていると思っているんだ?フリーナ・クラーソン」


 フリーナは目を見開いた。フードで見えなかったが、この男とは面識がある。


「まさか…」


「ああ。ストリートクイーンは今、ギラの鉄壁といっていい。重鎮は誰一人として殺させないさ」


 鞘からもう1本の両刃剣を抜く。フリーナも呼応して背中に隠したロングナイフを抜いた。


「銃は?」真顔の男が問うてくる。


「アンタの事はわかってんだ。むざむざと使うかよ」


 フリーナは砂利の地面から離れ、豪邸の庭に仁王で立つ。ナイフを左手に持ち替え、悪魔のような笑みを垂らした。


「どこからでも来いよ、チャンバラのダニーだっけか?」


「どういう教育をすれば双剣とチャンバラを間違えるんだよ」ダニーは剣を木の棒のように回しながら余裕の笑みで歩いてくる。


 そのうち、2人の距離はゼロになった。


 若々しく髭もない童顔の男であった。フリーナは男の瞳をじっと見つめる。


「照れちゃうなあ、年端も行かないお嬢さんにそこまで見とれられると」ダニーは悪戯な笑みを浮かべる。それでもフリーナは目を逸らさなかった。


 逆にダニーはすぐに目を逸らし、剣を十字に構えた。



「見つめ合ってねえで早くしろよ……そのナイフはおもちゃか?」


 フリーナは見下すように顎を上げて笑った。


「……チッ」


 舌打ちの音を掻き消し、双剣がうなりを上げてフリーナのこめかみに襲い掛かった。


 フリーナは蜂のように素早く身を引いて躱す。鉄を振り抜いて隙が出来たダニーの顔面を狙おうとした。


 しかしその瞬間、目の前にある上腕の筋肉が盛り上がり、ダニーはクロスさせた剣を再びフリーナに向けて振るった。


「うっ!」想定外の芸当にも、フリーナは咄嗟の判断で頭を下へ落とす。空中に残ったロングヘアが、鋭い剣先に斬りおとされた。


「クソ、まだ散髪したくなかったのに!」後ろへ飛びのきながらフリーナは吐き捨てる。地面に散らばった髪を名残惜し気に瞥見した。


「そんな長い髪、組織では煙たがられるだけだろ。感謝してくれよ」


 フリーナは目の色を変えてナイフを握った。


「敵を玄関に集めろって言われたけど…そんなことしたら私が死ぬね。まずはひとりずつ片付けていくとしよう」


「片付けられんのはお前だ、若造が」


「アンタも十分若いでしょ!そう卑屈になるなって!」


 フリーナは姿勢を低くし、臆することなく双剣の制空圏へ飛び込んだ。


「馬鹿が!」ダニーはコンパクトに剣を振る。刃の軌道に、フリーナの首筋を捉えた。


 そのまま流れる剣先。フリーナは加速し、首元を刈り取られる寸前で空中に飛び上がった。


「メインスキル!ウイング!」


 身長の倍はあろうかという翼が背中に現れた。力強く羽ばたき、ダニーは風圧に目を細める。


「逃げるつもりか!?」ダニーは見上げながら嘲笑った。


 フリーナは負けじと冷たい目で笑う。


「まさか。アンタを最悪の窮地に追いやっただけ」


 ナイフを縦に構える。羽ばたきを止め、ダニーの真上から突き刺すような突撃を見せた。


「ひゅう、見えてるよ」


 ダニーは引き付けて躱した。地面に風がぶつかり、草木が音を立てて揺れる。


 ダニーは反撃を試みたが、あまりの広範囲に広がった翼に邪魔をされて許されなかった。


「その翼、切られたら痛いのか?」


「少しね」フリーナは翼を後ろへ畳み、ダニーへ向き直った。


「そんなことより、鳥の餌になったことはある?」ロングナイフを握る手から、血管が浮き出た。


 ダニーは無言で突っ込んできた。フリーナも真面目な顔で迎え撃つ。


 そこからは銀閃の嵐であった。技術のみで言えばダニーに分があったが、フリーナが翼で視界を遮ることで万全な動きをさせない。


「いでで!」


 そのうちロングナイフがダニーの肩に埋まり、悲痛なうめき声が上がった。


「オラッ!」フリーナはすかさず腹を蹴り抜き、翼から出る風圧で吹き飛ばす。


 壁に突き刺さったダニーは傷を撫で、痛々しく口を開いた。


「勝てやしねえか……じゃあ、お望み通りここに仲間を集めてやらあ。ただし、2人いればお前なぞ簡単だがな」


 そういって、ダニーは2本の剣を激しく打ち合わせた。フリーナが寄ろうとした頃には、既に気配がすぐそばまで近付いてくる。


「まいったな、想像より戦力が集中してるみたいだ…手練れ3人とは、不愉快にさせてくれる」


 木陰に隠れる人影から、小さな声が聞こえてきた。


「メインスキル、レイン」

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