第九話 ここからが本番

 空を舞う軍艦は際限なく巨大化していく。辿り着いたその国を見下ろすクレインが歯をむき出した。


「ギラ政府が雇った組織は2つあります。一方はストリートクイーン、もう一方は名称不明。恐らく首相の腹心か何かでしょう」


「SQは警戒する必要があるな。俺も何度か苦汁をなめさせられた」


「ヴォルク先生が?」


「ああ。俺も未熟者だったからな」そういってヴォルクはしわを撫でる。


「…今回はそうもいかないでしょう。まず、いちいち戦う理由がない」


「はは」低い笑いが地を這う。「第一に狙われるのはお前だぜ、クレイン」


 クレインは勘弁してくれといった様相で席を立つ。


「フリーナ、ついたよ」


「はや…」フリーナは眼鏡を外して本を置く。


 軍艦が停止する。眼下には幾千の兵が密集する砂漠の山が見えた。


 床を開き、クレインがロープを伝って下に出る。その手には1メートルはあろうかという拡声器が握られていた。


「はじめまして歩兵さん達!!!!訓練中にごめん!!道を開けてほしいな!!!」


 兵等は見るからに激怒した。ヴォルクが微笑を浮かべる。


「趣味の煽りはもういい。軍艦を下ろせ」


「はいはい」クレインはひとっとびで艦内に戻り、レバーをおろす。


 うなりを上げ、軍艦は山のふもとに衝突して止まった。


「誰だバカヤロー!!」


 腕を振り上げて兵が怒鳴る。ヴォルクが真っ先に外へ出た。


「やあ。こんにちは。聞きたいことがあるんだが…」


「知るか!そっちから答えろ!!何しに来た!?」


「はぁ」腰に手をついて兵を見下ろす。「面倒な国だな」


 兵士のいくらかが信じられないといった顔をした。ヴォルクは長身を揺らして歩み寄る。


「俺達は人探しに来ただけだ。ある場所を教えて欲しい」


「なんだと?」一人の顔が歪む。「見るからに敵のお前らに教えることがあると思うか?」


「あー…」ヴォルクは後頭部をかきむしって振り向いた。


「おーい2人とも!こいつら話す気ないぞ!」


「当たり前」黒い壁の中から、フリーナがきっぱりと返す。


「そうかぁ、じゃあやるしかないか」


 続々と湧いてきた軍勢に溜め息をついて、ヴォルクは一本のナイフを抜いた。


「トップを差し出してくれればなにも言わんさ。そいつは知ってるだろうから――」


「ぬかしやがって!」1人の兵が襲い掛かってきた。それに呼応し、周囲の男も声を荒げてヴォルクを取り囲む。


「無限湧きはあまり得意じゃないんだがね。まあ、たいてい殺しはしないからかかってくるがいいさ」


 啖呵が耳に入っていないのか疑う勢いで、ヴォルクの八方から鉛が放たれた。




「先生、遅かったですね。フリーナは私に賭け5連敗して横になっちゃいましたよ」


「ボスの尋問に手間取ってな」


 ヴォルクが戻ると、軍艦は再び地の砂を吹き飛ばして舞い上がった。無数の血の池が空から見える。


「流石…住む世界が違う」寝込むフリーナがぼそりと呟く。ヴォルクには聞こえなかったらしいが、クレインはししと笑った。


「そんで、目標の政治家ってのは誰だったんです?」


「ああ」ヴォルクが慌ててコップを置く。「東の統治者だってさ。名前は…サバイアとか言ったかな」


「あのクソアマか」クレインの目が濁る。


「知っているの?」フリーナが口を挟む。


「あいつ最低なのよ。国民の税金を他国の会社や知事に流すだけ流して自分は遊び歩いてる。でも一番許せないのは、裏ではヒューマンオークションの経費をってるって噂のこと」


「はあ」ヴォルクが呆れ声を出す。「そんな嫌いならお前ひとりで殺せるだろ。帰っていいか」


「駄目ですよ!むしろ政府はあいつら殺った先生を目くじら立てて追うんじゃないですか?」クレインが眼下に広がる死体の山を指差す。


「それはまあ、ご愛嬌ってことで」


 少年のような笑みがヴォルクの顔に広がった。

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