第八話 人外
一行を乗せた軍艦は雲から脱出し、ダークブルーに輝く海原の上を舞う。地平線には、砂の色で覆われた大陸が佇んでいる。
「アラジアだあ」クレインの無邪気な声がする。レーナはチェスの盤をひっくり返して窓まで駆け寄った。
無数の海鳥が軍艦に衝突し、取り込まれている。クレインが捜索のため飛ばしていたものだ。アラジアの真上まで飛ぶと、軍艦の高度は徐々に下がっていった。
「さって、これからの話だ」
着陸の間際、クレインが話を切り出す。
「訓練生の奪還にそこまで労力はさけない。だが、私らだけじゃ人数的な問題があるのも事実だ」
「まあ、確かに」
あんたがいればどうとでもなるだろと思いつつ、一同は空気を読んで肯定する。
「ちゅうわけでレーナとエルア…あとソルス君は基地に行って戦争に参加してくれないか」
「へ?」3人の顔に困惑がにじむ。
「私、フリーナ、ヴォルクがいればこんな作戦は一瞬で終わる。時間をかけないためにも少数の大人でやるべきなんだよね」
レーナは呆気にとられそうになったが、ひとつ気にかかった事に意識を引き戻される。
「ヴォルク…って、誰ですか?」
「ああ、会った事なかったっけ?」クレインは顎を上げて驚きを示す。
「ヴォルク・X・スカイガーデン。シークマーダー最強のひと」フリーナが話に割り込んできた。その声はいかにも不機嫌さに満ちている。
「ま、そういうことだよ。3人は事務所に行って一旦休みなさい」
そう話を切り上げたと同時に、軍艦がうなりを上げて着陸する。
離陸場か何かの広場で降ろされた3人は、再び低空を這っていく軍艦を追って事務所の前まで辿り着く。
しかし、開いたドアを不自然に思ったレーナは看板を見上げる。
その時、レーナは見た。
青白い髪をしたスーツの男が屋根から軍艦にひとっ飛びで乗り込む光景。一瞬だけ見えた彼の横顔には微かなしわが刻まれていた。そしてレーナは、周囲の空間を捻じ曲げるような異様すぎる圧力に戦慄したのだ。
「あ…」気付くと、道端にひとり取り残されていた。屋根に残されたアクセサリーが目に映る。
ラーザを殺した男が誰か、知ってしまった。腰を地面に落とし、息も絶え絶えでレーナはその場に座り込んだ。
*
「レーナ、早く食べなよ」
「うう…」
食べたら吐きそうだ。また思い出してしまった。
なんとか言い逃れて食堂から出る。人影のない部屋に飛び込んで仰向けに倒れた。
休もうと首を横にしたタイミングで、エルアが無造作に追いかけてきた。
「ちょっと、どうしたの」
「別に…」
なんの気起きずに顔を背ける。エルアもその時に限り深追いはしてこなかった。
虚ろな気持ちを抑え込み、レーナは歪む視界を瞼で塞いだ。
いくらか整理が付くと、レーナは髪をかきあげて食堂へ戻った。暗い部屋の中、片づけられた自らの皿を見てゆっくりと引き返す。
玄関先の廊下でフリーナとすれ違うと、彼女は呆れた様子で声を掛けてくる。
「どうしたよ、死人みたいな顔しやがって」
あなたが言うなら本当に死人のような顔なのだろう。レーナは可愛げなく笑って闇夜に続くドアを開いた。
「帰ります」
「いってら」
その夜、レーナは眠れなかった。
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