第七話 絶望をラッピング
「レーナ…なんだか変な音がするねえ。崩れるかもねえ」
「やっぱり気のせいじゃなかったかぁ」
「死にたくないよね?」
「うん」
「じゃあ歯を食いしばれ」
「うん」
「メインスキル!おあーず!!」
崩落してくる岩がすぐ頭上まで来たところで、球体となった畜光石が間一髪2人の体を包み込む。
2人はそれから、地下20階に落ちてくる瓦礫をひたすら耐え忍んだ。薄暗く見える景色に肝を冷やし、目を思い切り
命綱のエルアは余裕しゃくしゃくといった様相で足を組んでいた。自らの作る鉱石に余程の自信があるのだろうと、レーナは感心した。
うずくまって待ち続けると、理不尽な揺れもいくぶんか収まってきた。レーナは息を潜めることをやめ、視線を上にあげる。
「ところでエルアさあ、あの政治家って知らなくてよかったの?」
エルアは呆気にとられた顔をする。
「いやあ、アイツ吐きそうになかったしさあ、もうちょっと話長引いてたら私ら潰されてたじゃん?」
「まあ、そうだけど…?」
軽く流してみせ、エルアは閑静を装った。レーナも深追いはやめ、硬い壁に背中を預ける。
完全に揺れが収まった頃、エルアが動きを見せた。
「クレインさんは頼りにできないなあ…レーナ、私らの上にある瓦礫全部どかしてくんない?」
「無理いわないで」
「へいへい」エルアは腕を突き上げ、天井を僅かに広げる。
「レーナ、テレパシーとか送れない?」
「いやあ、無理でしょ」
「そうかあ」
エルアの顔が不貞腐れる。
「ドリームもそんな強いわけじゃないと思うんだけどねえ」
レーナがぽつりとつぶやくと、エルアの目が血走った。
「私死にかけたんだけど」
「それはごめんって。でも、まだ軽いものしか動かせないし、鉄とかどうにもできなかったじゃん」
エルアは黙って頬杖をついた。レーナも視線を落とし、物思いにふけるように目を閉じる。
畜光石の光が弱まってきた。レーナの意識も徐々に薄れていく。
「ふあぁぁ…」
あくびを絞ると、体が揺れる。垂れた首筋にかすかな痛みを感じながら、レーナはいよいよ寝ようとした。
「おーい、寝るなー」
エルアが止めようと肩を叩く。レーナは重苦しく首を持ち上げ、体を前後に揺らす。
薄目を開けると、エルアの体も同様にゆすられたような揺れ方をしていた。レーナは口角を上げて目を閉じる。
そのまま落ち着いた気で寝ようとした瞬間、レーナの体は再三大きく揺れた。しかしながら、今度の揺れは明らかに自らの意志ではない。2人を覆う蓄光石そのものが、何者かに揺らされる感触があった。
レーナは眉を吊り上げて周りを見渡した。揺れは小刻みから段々と大きくなり、2人の体を浮かせだした。
「どういう!?」声を荒げる。
「知らん!」エルアは軽く逆上する。
振動はおさまる気配を微塵も見せず大きくなっていく。下方から、大岩が割れるような音が轟きはじめた。
「これ、まずくない!?」
「レーナッ…歯を、食いしばれ――」エルアが壁にしがみつくのをやめ、必死の形相でうずくまった。レーナは無心でそれにならおうとする。
しかし腰を曲げた瞬間、何かが爆発したような衝撃が背中に打ち付けられた。痛みに叫びを上げる間もなく、凄まじい重力で下方に押し付けられる。
頭が殴られたように痛い。レーナは精一杯頭を回して、自分がこの空間ごと急上昇していることを理解した。
「ワアアアアア」丸まったエルアと衝突を繰り返しながら必死にもがく。気付くと、今度は天井に叩きつけられていた。
「へぇ…!?」一瞬の間の後、眼前の壁に亀裂が走る。レーナは目を疑った。この石が破壊されれば、それこそ潮時なのではないか。
壁に衝突し続けて全身にアザができたころ、その危惧は現実のものとなった。
先程より数段太い亀裂が四方に現れる。レーナのスピードが最高潮に達した瞬間、彼女らを包む石は滝のような火花を散らして破裂した。
それと同時に、中にいた2人が外へ放り出される。外界を一目見るより先に、レーナは折れ曲がった木材の海に突き刺さった。
「あ…ぐえ…」うめき声を上げ、なんとか立ち上がる。目をこすると、隣で大の字に伏すエルアが見受けられた。
「おつかれさん」後ろからはっきりとした声が聞こえる。レーナは腰を捻じって目を向けた。
「ふ、フリーナさん?」
「おう、おひさ」
意外にも、そこには赤いコートを羽織ったフリーナがいた。むろん後方ではクレインが蛇と戯れている。周辺は一面が瓦礫で埋もれて殆ど更地と化していた。
「フリーナさん…なぜここに?」レーナは痛みも忘れて首を傾げる。
「悪いか?呼ばれたから来ただけなんだが」フリーナは口を尖らせる。
レーナは苦笑してエルアに手を伸ばす。立ち上がった彼女もフリーナを見てぎょっとしたのち、帽子を押さえていそいそと会釈した。
フリーナは一瞬振り向き、謎にジャンプしているクレインを指差して口を切る。
「建物が崩落したから、クレインさんが地盤ごとアンタらを引きずりだしたらしい。ふざけた人だよホントに」
2人は頭を抱えた。
フリーナはコートを脱いで腰に巻き、レーナの手を取った。レーナの体がよろめく。
「さあ、行くぞ」
「行くって…どこへ」
聞き返されたフリーナは巧みな笑顔を浮かべた。
「そりゃあ、奪還だろ。これからシークマーダーはギラに捧ぐ絶望をラッピングする」
よく分からないが、フリーナの内に燃えるような怒りが秘められているのは見て明らかだった。
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