第三話 最大出力

 レーナは信じていた。自分等の牢の周りに、他の訓練生も閉じ込められていると。しかし現実は違った。


「誰もいねえ!!!!」


 廊下を走り抜けても、牢の中には一切の人影が見受けられない。


「参った!こりゃひどい!」


「あっち側にもだーれもいなかったよ」見回っていたエルアも、合流するなりそういってうなだれる。ソルスは彼女の背中で寝息を立てていた。


「階段とかあった?」


「無かった…!」膝に手をつく。


 さて困った。床穴でもあけるべきか、あるいは天井か。2人は頭を抱える。


「上行ったらさあ、逃げ場なくない?下に逃げるしかなくなるし…」


 エルアが呟く。しかしいずれは逃げねばならないのに、上に行くなというのは無理があった。


 その旨を伝えると、エルアは嫌そうな顔をして黙り込む。その代わり、先程までエルアの背中で寝ていたソルスが顔を出し、目を輝かせた。


「壁、掘ればいいんじゃない?」


「んえ?」エルアは眉を上げて考え込んだ。そして僅かな沈黙を迎えたのち、何かに納得したように首を縦に振った。


「確かに一旦、私達だけで外出た方がいいかもね…」


 2人の意図を理解し、レーナも顎に指を置いた。


「いい案だけど、時間がかかりすぎると思う」


 レーナの率直な感想に、エルアは肩をすくませてやれやれ、といった表情を見せた。


「そこは問題ないよ…!なんなら数秒で終わらせられる」


 ソルスが驚愕して固まる。レーナは見栄と受け取ってスルーしたが、心底ではどこかエルアを信頼していた。



 エルアの手が、細かい石の敷き詰められた壁に押し付けられる。


「こっち方向に掘ろう、土が柔らかそうだ」


「それはいいんだけど…ほんとに大丈夫?」


 レーナは上っ面だけ心配しておいた。ソルスは相変わらず後ろで目を輝かせて見ている。


「下がって下がって。一発でぶち抜くつもりで行くから」


「あんまり大音立てないで」レーナは下がりつつ人差し指を立てた。


 エルアの微笑みがどこか嘘らしい。とんでもないのを出すつもりだ。


「はぁ…分かったよ。やりたいように、全力でやって下さい」


 後方に悪戯らしい笑みを返すと、エルアは壁に向き直って姿勢を整えた。


「ちょっと待っててね…集中するから」


 レーナはもう一歩下がり、こくりと頷く。



 暫くエルアは口を開かなかった。あまりに長く、あれだけ注視していたソルスが座り込んで首を揺らし始めるほどである。


 待ち飽きたレーナが「まだ?」と口を切ろうとした瞬間、エルアの背中から服を突き破って赤い突起が出てきた。驚いて口を閉じると、それに感づいたのかは知らないがエルアは笑った。


「限界まで絞りだした…!あとはぶつけるだけだよ」


 レーナは息を呑み、魂の抜けた声で「どうぞ」と返した。



 壁が発光する。エルアの腕からじわじわとルビーが漏れ出ている様は、彼女がそろそろ制御を外す事実を示していた。


 そして、嵐の前の静けさと言わんばかりに壁の光が弱まる。それを契機に、エルアの口が勢いよく開かれた。


「メインスキル、オアーズ」


「——最大出力」


 四方八方の壁に亀裂が入る。エルアはごく僅かな隙間に腕を押し込み、吠えた。



「”極彩ごくさい”」



 一瞬だけ轟音が鳴り響いたあと、エルアが凄まじい勢いでこちらに吹っ飛んで来る。元いた場所から逆側の壁に叩きつけられた彼女は、鼻血を押さえながら愉悦の笑みを浮かべて立ち上がった。


 視線を戻す。3人の前方には、奥の見えない巨大なトンネルが完成されていた。



 しかし…エルアとソルスは飛び上がって喜んでいるようだが、なぜかその歓声が聞こえない。こちらからハイタッチでもしようかと声を掛けたが、自分の声さえ認識できなかった。


 その様子を感じたエルアは駆け寄ってくるなり、レーナの耳へ手を伸ばす。そうして眼前に差し出されたその手を見ると、見事な程に真っ赤な血で染まっていた。


 作戦の成功と代償に、鼓膜がお釈迦になったらしい。それはレーナを激しく落ち込ませると共に、迫りくる危険を一行に知らせる合図でもあった。


「ぜっっっったいバレた!!!!逃げるぞレーナ!!!」


 聞こえていなかろうが関係ない。瞬時にソルスを背負い、レーナの手を引いてエルアはトンネルを走り出した。


 幸か不幸か、開けたトンネルの直径はあまりに大きすぎた。誰でも自分らを追いかける事ができる上に、今のエルアには道を塞ぐだけの宝石を出す余力も残ってはいない。そう、全速力で逃げ切るしかないのだ。


「急げ急げ!」


 頭を岩にぶつけ、足首を何度も切りながらエルアは進む。暫く走っていると、想定通りというべきか後ろから怒声が木霊してきた。


「まずいよ!」


 足を速める。怒声は止まないどころか、人数が増えたような勢いだ。


 しかし大きいハンデとエルアの脚力によって、一行はなんとかトンネルの隅にある巨大なルビーまで辿り着く事ができた。


「あとは天井を抜けるだ…け…!」


 見上げたエルアは軽く絶望した。どうやって掘ればいいのだろうか、見当もつかない。レーナに頼もうにも、言葉が通じない。


「ソルス…?」


 もとより期待はしていなかった頼みの綱は寝ていた。エルアの顔が青ざめる。


 と、何かを察したのかレーナが目を見開いた。待ってましたと言わんばかりに、エルアは頭上を指差す。


 一連の動作を見て、レーナは天井を指差して確信したように口を切った。


「危ないから、崩れるな!」


「そぉじゃねえよおおおお!!!」


 あまりの否定的な迫力にたじろいだのか、レーナはエルアに向き直って後ずさる。その時偶然、エルアの奥にあるルビーを目にし、レーナは納得して震えながら訂正した。


「崩れろ」


「それでいい!!」


 親指を立てると、落ちてきた土を土台にエルアは強く飛び上がった。

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