第二話 赤いモルヒネ

 真っ赤になった手をさすりながら、エルアは壁と睨めっこを続ける。痛みが引いてくると、子供に乗られてうめいているレーナへ顔を寄せる。


「起きて。もうそろ動かないとまずいよ」


「う…うん…頭が…」


 肩を揺らすと、レーナは寝ぼけながら背伸びをして起き上がった。同時に、黒服の子供もじわじわと目を開く。


「あ、ようやく起きた…!?おはよう」


 声を掛けると、2人は息苦しげな顔を向けてきた。エルアも釣られて顔をしかめた。


「は…はあ。とにかく起きれて良かった。君は誰?」


 聞かれた子供はぎょっとしたように目を開くと、その小さな手を後ろに回し、はにかみながらエルアを凝視してきた。


「おねさん誰?ここは?ここは?ここはどこ?」


「落ち着いて」きっぱり言って諭そうとするが、子供は膝を笑わせて反対してくる。エルアは仕方なく子供を再び寝かせた。


「安心しなさい、私は君と同じ訓練生。そこにいるレーナもそう。でも…誰かに捕まって、この場所にぶち込まれた」


「へ…?」唖然とする子供。無理はない。しかし事態を飲み込む間も与えず、エルアは自らの掌を見せつける。


「ひえっ」血濡れの手を見た子供はより一層大人しくなり、エルアの顔を伺いはじめた。エルアは薄い笑みを浮かべて語りかける。


「大丈夫、もうすぐここから出られるよ。怖がらずに頑張ろう」


「が、頑張るって…?」


 子供は当惑した視線を送る。


「なあに、みんなと一緒に戦ってもらえばいいよ」


 そう告げると、エルアは黙りこくる。子供は茫然と視線を泳がせていたが、やがて理解したのか頭を下げた。


「ど、どんも。僕はソルスといいます…。教官はどこいるんですか…?」


「教官?さあ、大人はいないと思うけど」


「んなっ」


 ソルスは驚きを見せる。そして鉄格子の際まで歩いていき、黙り込んでしまった。


 暫くそれを見ていたが、仕様がないとエルアが立ち上がる。


「大丈夫だって。すぐなんとかする。君の同期も無事だから」


「…ほんと?」


「ほんと」


 ソルスがおもむろに立ち上がる。エルアはレーナの肩を叩いて強引に起こし、その体を鉄格子へと引っ張っていく。


 レーナは呻いていたが、すぐに目を大きく開いた。


「わあった起きる起きる。なんかあったの?」


「はあ。レーナ、やる気でやってくよ」


「何を?」


 目をこするレーナを立たせ、エルアは自信げに鉄格子を指差す。


「こいつをぶち破る」


 レーナの目に深い光が宿った。


「頑張れ、応援してる」


「いや、君もやろうね」



 そうは言っても、この鉄は一筋縄では壊せない。エルアがダイヤモンドで擦っても、失われていた光沢が再び現れるだけだ。


「きっつぅ!これダメだよ!爆弾持ってこい!」


 エルアは数時間すると音を上げた。やる気がなくなったらしい。


 だが、本当に困ったものだ。少女の力で鉄棒を曲げるなんてできるわけもないので、ドリームを使おうが鉄格子を壊すことは叶わないだろう。


「ちょっとやり方考えた方がいいかもね…。でも脱走がバレたらまずいかもしれないし、今日できなかったら一旦…」


 そこまで言ったところでエルアの逆立ちが目に入り、レーナは黙り込んだ。ソルスも引き気味に壁際まで下がっている。


 しかし気にも留めず、エルアは目をかっと開いて口を切った。


「ええい!長ったらしい!そうだそうだ!バカか!?こんなことせずに鍵を開けた方が早いだろ!メインスキル、オアーズ!!」


 と、腕の様な形状をしたダイヤモンドがエルアの足から生成される。それを掴みながら体勢を戻し、エルアは壁の向こうにいる先の看守の死体に向かって走り出した。


「うおおお!鍵持ってんだろこの野郎!」


 一瞬、頭がおかしくなったのかとも思ったが、エルアの発想は理にかなっていた。確かにあの男は見回りに来たわけで、鍵を持っていてもおかしくない。


 エルアは叫びながら、伸ばした手に掴んだダイヤモンドを器用に操って男のポケットを探る。と、ものの数秒で鍵の束がダイヤモンドにひっかかった。


「うおおお!あるじゃんやっぱり!最高!」


 深夜テンションと言わんばかりの勢いのエルアだが、状況はしっかり見ている。鍵を落とさないように宝石を引っ張ると、その手に銀色をした鍵の束が乗せられた。


「よっしゃ、とりま出ます!サクラマス!逆立ち最強!逆立ち最強!」


 とてつもない行動の素早さと頭のイカれ具合に度肝を抜かれる2人をよそに、エルアは鉄格子の裏へ鍵を持つ手を回した。

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