16 軍基地
日が沈んできた頃。顎から垂れる白い髭を撫でながら、ウェイカーは愛すべき部下との再会を果たしていた。
「フリーナ、よくやった」
「ありがとうございます」
規則正しく頭を垂れるフリーナ。疲れているだろうに、呆れた忠誠だ。
「お前は暫く休んでいい。俺達が忙殺されるのは、きゃつらが作戦を開始してからだからな…。その時が来たら連絡する」
告げた瞬間、フリーナの口角がひくついた。承諾ということでいいだろう。
「じゃあ俺は寝る。お前も早く帰るんだな」
背を向ける。あくびを我慢しながら歩き出そうとしたが、「お待ちを」と呼び止められ叶わなかった。
「…なんだ?」
振り向くと、フリーナの顔が先程より明るくなっている。彼女は声も僅かに弾ませながら切り出した。
「私が留守の内に、レーナが何か…起こしませんでしたか?」
ほう、気になるか。
「どうした、ホームシックにでもなったか?」
「まさか」フリーナは珍しくも赤面する。「ただ心配なだけですよ。あの子は無作法でしょう」
「そうでもないが…何もなかったさ。強いて言うなら、正式な訓練生にはしてやったが」
「そ、そうですか」
フリーナは先程とはうって変わり、落ち着かない様子で頷いた。
「あ…ああ。後は家で駄弁ってくれよ!」
面倒に感じたウェイカーは強引にけりをつけ、今度こそ引き留められないよう早足でその場を去った。
取り残されたフリーナの影が、短く縮んで地面に落ちる。
暫くすると、ウェイカーの後を追うように、彼女も上着を羽織って歩き出した。
*
「…ただいま」
「あっ、フリーナさん」
廊下の奥から声がした。フリーナは上着を脱ぎ、足を引きずって中へと向かう。
「お疲れ様です!」
レーナが玄関まで出迎えてくる。しかしなぜだろうか、彼女は最後に
「なんだ?気味悪いな。まぁ…疲れたよ。アンタは何してたんだ」
「えぇと、まあ、色々と」
溜め息が漏れる。
「あっそ。もう遅いし寝たらどうだ?」
「いえ、明日の準備がまだで…」
そうか、コイツも明日から戦場に…。フリーナは面食らってうなだれ、無言でリビングのドアを開けた。
「はぁ、くっ…!酒残ってたかな」
そのままキッチンへ行こうと電気をつける。
と、泥だらけの床に目が行く。
「…は?」
きったな。このガキは何をしてくれたんだ。
一瞬の間もなく、フリーナの胸に怒りがこみ上げてくる。
「おい!なんだよこれ!」
舌を打ちながら振り向くと、レーナは飛び上がって左右を見渡した。
「あ!あっあ、あの、あっっあ、あああの、えっと、あの、さっきちょっと、寝ちゃって…。ふ、拭き忘れてましたぁ…。ごめんなさい、あ、えっと、タオル持ってきます!」
慌てふためき、レーナは元いた部屋へと駆け出していく。
「はー…。ざけやがって」
ひとしきり歯を軋ませると、フリーナは慎重にソファまで歩み寄り、脱力した体を放った。節々が痛んでしょうがない。
濡れたタオル片手に突っ込んでくるレーナを視界の隅に捉え、フリーナはそっと目を閉じる。この様子なら勝手に布団でもかけてくれるだろう。
そのまま彼女の意識は段々と薄れていった。
*
朝起きると、部屋にレーナの姿はなかった。
置き手紙の
「もう出たのかぁ…?早いなぁ…、日も出てないのに」
開いた窓を覗き込むが、明かりのついている家はごく少数である。早く家を出てやらなければならない事でもあったのだろうか?
「ふぁ…まあいいか…。あぁ、ねみ。久々の休みだし、二度寝でも…」
ふらふらとソファに戻る。背もたれに掛かった上着を枕に使おうと動かし、再び仰向けに飛び込もうとした。
その瞬間。
「フリイナアアアアアアア!!!」
ドアを叩く爆音と甲高い声が響いてくる。フリーナは反射的に耳を抑えつつ、慌てて玄関まで走って行った。
「な、なん?てか鍵空いてる」
コンマ数秒の沈黙があったのち、ドアが勢いよく開く。その向こうには大口を開けたクレインが立っていた。
「こ、ここ、こっここ、子供が全員消えた!!」
「あ、はい…。おはようございます。うん?え…えぇ?…って、はぁぁ!!!?レーナもいないっすよ!!!」
フリーナの身の毛がよだつ。
「くっ!早く!!」クレインがフリーナの腕を掴み、力の限り引っ張ってくる。
「痛い!待って!何があったんです!?」
「襲撃された!続きは移動中に話すから!!メインスキルガイア!」
クレインは家のドアを蹴って閉めると、指を鳴らして地面から巨大なハヤブサを出してそれに
「ぐう、分かりました!ウイング!」意図を察したフリーナも、背中から白い翼を生やす。
2人は同時に飛び立った。地面がみるみるうちに遠ざかる。
「ってて…。で、どこに行くんですか?」
街を見渡しながら問うと、クレインは隣でハヤブサの背中から顔を出す。
「とにかく軍基地へ!あそこに集合してから敵を探すよ!!」
「り、了解!」
クレインの剣幕に圧され、理解が追い付かないまま翼を振るう。だが、大仕事の前に酷い事件が起こったという事は、寝起きながらも十分に痛感できた。
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