14 くそがき

「どうぞ」


 男が何重にも束ねられた書類を差し出す。ウェイカーは椅子にもたれかかりながら受け取った。


 一目見て、それが国からの通達であるとわかる。ウェイカーは溜め息を漏らした。


「中身を見るまでもない…。すぐに返事を出せ。まもなく救援を送ります、とな」


「よろしいのですか?」男の目が濁る。鬱陶しく感じたウェイカーは「これは命令だ」と脅した。


「…かしこまりました。しかし減った人員はどうなさるのですか?もはや信用できる戦力はヘルクレインしかおりませんが」


「…ッ」ウェイカーは椅子を弾き飛ばしながら立ち上がり、不安げな男の脳天に指を突き立てる。


「そこは問題ではない。いいか、過激な徴兵が行われる中で増加する犯罪などたかが知れている…そもそも、俺達に汚れ仕事以外が回ってくるのは腐り切った警官どものせいだということを忘れるな。最低限の戦力と司令塔さえあれば本部は機能する。今問題なのは、この戦争をどれだけ早急に処理できるかだ」


 男は唇を噛んで「かしこまりました」と言い残し、俯きながらその場を去った。


「はぁ――」


 デスクに戻り、やりようが無くなったウェイカーは窓を覗き込む。丁度、訓練を終えたガキ3人とクレインが事務所へと駆け込んでくるところだった。


 それを見たウェイカーは、何かを思い出したかのようにペンを持ち、本棚へ手を伸ばす。


「どこにやった?…あったあった…コイツだ」


 そして、「名簿」と記された深紅を纏うカタログを手に取った。67ページを開き、最後の行にペンを当てる。


 懐かしい記憶が頭に蘇ってくる。何十年前のあの日も、こうして一人ペンを握っていたか。いつしか仲間に託す仕事になっていたが…今はまだ、私が書いてもよかろう。


 ウェイカーの手首に血管が浮き上がる。


「——レーナ・クラーソン。12歳より、重犯罪者アクラムダスの謀殺をもってシーク・マーダーの所属者とする。」



 レーナは顎を震わせながら硬いパンを噛みちぎった。


 不味い。フリーナはそこそこ料理が上手かったのだと、嫌でも思い知らされた。ここまで不味いパンを口にしたのなんて、それこそ20年ぶりであろうか。


 一方でエルアは、何も気にせずパンを貪っている。彼女は顎の力まで化け物らしい。


「エルア…私、いつこの地獄から抜け出せるのかな」


「無理らねえ」エルアは呑気に返してくる。無性に腹が立ったが、自分が地獄から抜け出せないのは事実なので愛想笑いで流した。


 にしても、狭い食堂である。不満に感じた殺し屋がストライキを起こしても、まず文句は言えまい。


「あいだっ!」


 そら、狭すぎて誰かが机に脚を打った。面倒なものだ。


「エルアぁ、部屋で食べれないの?」


「ヴぁか言え、皿洗いに間に合わないでしょ」


 うなだれながら最後の一切れを飲み込む。疲れが一気に襲ってきた。


「ふぁぁ、疲れたよ。ねむいねむい」


「呑気なもんだねえ」エルアも夕食を頬張り終えて背を伸ばし始める。


「ねえ、明日もあれやるの?」


 エルアが頷くのを見て、レーナは机に勢いよく突っ伏した。両手を頭の後ろに回す。


「はぁ…」


 この長い金髪にも慣れてきたもので、不貞腐れている時には指に巻いて弄るようにまでなった。長い髪が持つメリットの一つである。


「でも髪、切らなきゃなあ…」


 ボソリと呟く。聞こえないと思ったが、エルアはその言葉に明らかな薄ら笑いを示した。


「伸ばしたほうが可愛いよ」


 ほう、そうなのか。


「じゃあお言葉に甘えますよ、ええ」


「うんうん」


 エルアは目を閉じ、満足げに頷いている。しかし自らが長髪である彼女に貰ったアドバイスが正しいのかは全くもって分からない。


「…エルアはなんで髪伸ばしてんの?動きづらいだろうに」


「めんどくさいから!!!!」


 エルアは自信満々に髪を靡かせる。聞かなきゃ良かった。


「まあ、そんなことぁいいや…。それでさー、エルアはなんで食事中までベレー帽被ってんの?取りなよ」


 ふと思ったことを口にしただけだが、エルアは痺れたように姿勢を正して笑った。いかにも取り付けたような笑顔である。


「え、エルア…?」


 無反応。地雷を踏んだことに気付くまで数秒かかった。


 そのまま気まずい空気が流れる。これは打開しなければなるまいと、レーナは上機嫌を取り繕って口を開く。


「え、エルア!…今日ほんとにウチくるの…!?」


 目を閉じてニッコニコだったエルアは一転して自然な顔に戻り、目を輝かせる。


「もちろん!おじゃましまああああああす!」



「うっひょー!これがフリーナさんのマイホーム!ほほほほほほほ」


 こちらの話を全て聞き流しながらエルアは家へ飛び込む。レーナは泣き面のまま彼女を追って帰宅した。


「はぁ、はぁ――。待って…ちょ、暴れないで…。ってどこ行くの。は?え?なにしてんの?ちょっま、はあ!?」


 部屋に入るや否や電球を落とそうとジャンプしているエルアが視界に入り、思い切り血の気が引く。


「止まれや!」手を伸ばして命じる。こんなことにスキルを使いたくはないのだが、真っ暗になってからでは遅い。エルアは地面から30センチ程の高さで静止した。


「ワァー!なにすんの!」


「こっちのセリフやねん!!」怒りで言葉が訛る。エルアは嘲笑しており、全く叱責されている自覚がないようだ。


 力の抜けたレーナは、倒れ込みながら絶望した。


 ああ、こんなクソガキと同じ屋根の下で寝るのか。比較的平和なフリーナとの生活に思いを馳せるが何の意味もない。


「…解除」


 エルアの体が一瞬で地面にぶつかる。彼女はよろめきながらも半笑いだった。


「ねえ、空中を歩いたりもできるんかなあ?面白いね」


 面白くない。ああ、またジャンプし始めた。家を揺らすんじゃない。頼むから、リビングからは一歩も出るな。引き出しを漁るんじゃない。壁に掛かった絵を落とさないでくれ。そんなところを探しても金は出てこない。そのシチューは作り置きだ。食うな。いや吐くな。トイレは部屋を出て右だ。急ぐな…あぁ、ミルクがこぼれた。せめて拭いていけ。おい。おい。おい!!!!!!!!!

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