12 生き方

「ガキが舐めやがって…逃げ回るんじゃねえ」


 アクラムダスは拳銃を投げ捨て、なにくそと青い煙をばら撒いた。


 レーナの隣でルイが強く拳を握る。


「クッソ…レーナ、今は解除させられないのか?」


 ルイからの問いかけに、慌てて首を横に振る。


「さっきから野郎は特殊効果で、他人からのスキル操作を防御してる…私達にできるのは外部からの攻撃だけ」


 ルイが舌を打つ。


「籠城かよ。面倒くさい事しやがって」


「そうだね…」


「何話してんの!!ちぃ!!!2人とも早くして!!!」


 エルアが叫んだ。


「わぁってら!!!」ルイはすぐさま彼女の方へ銃を投げた。レーナも急いで彼女の近くに駆け寄る。


「今どんな感じ?」


 間の抜けた質問に対して、エルアは歯を軋ませた。


「あの青い煙は火薬!下手に手出しすると…」


 言葉の途中で、エルアは青い火薬の渦に向かって銃を3発、発砲した。


「あ…」その銃弾が赤い炎を上げて吹き飛ぶのを見て、レーナは顔を曇らせる。


「見ての通り。突っ込んじゃ駄目だから」


 視線をルイの方へ移す。彼も銃を片手に悪戦苦闘していた。


「…なんとかなる?」


 問いかけると、エルアはにやりと口角を上げる。


「なんとかするんだよ!」


 そう言って彼女が腕を振ると、自分らの5倍はあろうかという巨大なエメラルドが轟音と共に宙に現れた。


「レーナ!こいつをぶつけて!」


 エルアの叫びに呼応し、急いで両手の掌を突き出す。


「飛べ!!」


 次の瞬間、肩に大岩が乗ったかのような疲労感に襲われる。しかしエメラルドは命令通り吹き飛び、青煙に突っ込んで大爆発を引き起こした。


「うわわ!!!」爆風に正面から襲われ、力が抜けたレーナは体勢を崩す。


 倒れ際、ピースサインを出しながら粉塵の舞う方へ駆け込んでいくエルアの姿が見えた。



「ルイ!!煙を!!どこかへ!!」


「——わかった!!」


 突風が吹き荒れる。レーナは精一杯食いしばりながら、大男と相対あいたいする少年を見送った。



 激痛。 


「…………ハァ、ハァ――」


 ひび割れたダイヤモンドが路上に転がる。その先には、頭から血を流して倒れる少女の姿。そしてベレー帽。


「あ………が、あ………。やっと、やっと死んだ…?」


 エルアは、汗で濡れた全身を奮い立たせて立ち上がった。見渡すと、四肢を切り落とされた無残な姿のアクラムダスが路上に伏していた。先程まで非難していた街の人々も、見物だろうか徐々に集まってきた。


「よかった…。ふ、ふたりはどこ…?」


 ふらつく足で見つけたのは、瓦礫の隅でズタズタに引き裂かれたルイのかばん。原形を留めていない木材の隙間を縫い、なんとかそれを手に取ると、前方から擦れ切った声が聞こえてきた。


「おい…っ。それ――」


 顔を上げるとそこには、額を凄惨に削られたルイが膝をついていた。


「俺の鞄…かわいそうに」


「あんたの方がかわいそうだよ」


 少年の手を取って起こす。彼はふらつきながら立ち上がり、痛々しく顔をさすった。


「いや、俺は問題ない…。野郎は死んだみたいだが?レーナはどこ行った」


 エルアは肩をすくめる。


「なるほど…探すか?」


「あんたはまず医者探して。私が探すから」


 強気の提案をすると、ルイが中指を立ててきた。


「…なに?」エルアは驚きもそこそこに、呆れながら睨みつける。


「馬鹿野郎、2人で探すぞ」


「ッ」意外な言葉に拍子抜けしつつも、エルアは小さく頷く。「わかったよ」


「おっけ」満足げに呟いて、ルイは足を引きずりながら崩れた建物の隙を見回し始めた。


「はぁ――」


 エルアも首を振り回し、瓦礫の隅へと目を向ける。


「にしても派手にやっちったなぁ…」


 誰か巻き込んでいなければいいが。随分と家屋を壊してしまったものだ…それでも道のド真ん中でやりあってたのは救いか。


「おぉーい、レーナー」


「早く出てきやがれ!」


 叫べど叫べど応答はない。生憎と頭が割れているエルアの声は次第に小さくなっていく。


「る…ルイ!瓦礫どかして」


 ルイの横顔が苦いものになる。


「無理だ、力が残ってねえ…。それにお前、声かすれてんぞ」


「う…」


 自分らの疲弊しきった体では探しきれない…ルイは暗にそう言っていた。レーナの命は心配無用に思えるが、それよりもあの屑野郎にここまでズタボロにされた事がエルアにはなんとも心外であった。


「悪いことは言わないが、はっきり言って俺よりお前の方がはっきりと重症だ。もう探し残した場所も少ない…そのうち見つかるから、お前は早く医者に行け」


 そう言って街を指差すルイを見て、プライドが僅かに削られる感触があった。エルアは唇を噛みながら俯く。


「いや、私は――」


 そこで言葉が詰まる。ルイは目の前で鬱陶し気に腕を組んだ。


「ちょ」腹立たしく感じ、ルイに向かって歩み寄ろうとする。


 しかし、右足が進むより前に、彼女の肩に何かが重くのしかかった。


「お」眼前でルイが目を丸くする。驚いて振り向くと、先程から探していた金髪の少女が、両手を自分の肩に置いて立ちすくんでいた。


「あ!!!」感嘆の声を発する。


「ごめんごめん、探させてしまったみたい」


 レーナのとぼけた声に、こみ上げてくるものがある。エルアは顔を伏せて笑っている風を装いながら、夕暮れの街に向かって足を踏み出した。















「——なあレーナ」


 エルアが朝の電車で寝息を立て始めた頃、ルイが目を細めながら口を開く。


「お前は何者なんだ?」


「な」レーナは虚をつかれたように目を瞬かせる。「何者?わからないよ」


「フゥン」ルイは目を閉じ、傍でうずくまるエルアを指差した。


「コイツは…自分より弱いやつが大嫌いだ。なのに、お前をありえない程に好いている。一体何があったか俺は不思議でならねえ」


 レーナは平静を装って微笑む。


「別に。運が良かっただけだよ」


「本当にか?」


「うん。そもそも私は殺し屋の事なんて何も知らない。でも…これからは嫌でも死にかけることになりそう…だね」


「そりゃおめでたいこった。レーナさんも、ドリームも無敵じゃねえんだな」


 悪戯らしい微笑を前に、レーナの気分も多少上がる。


「そりゃ、下手な生き方してきたからね…。ここはいいところだよ」


「本気か?」そう問うルイを無視し、レーナは機関車の窓から顔を突き出す。白い肌が、熱い朝日に淡く照らされていた。

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