11 糞野郎の閃光

「ほんとに子供が来るとは思わなかったけど、しっかり仕事してくれてありがとうね。頼もしかったよ」


「えへ、どーも」


「それじゃあ気をつけてね」


「うお、こんなに!まいどあり、じゃないけど…ありがとうございます!じゃあね!ばいばーい」



 老婆からチップを受け取ると、エルアは顔をほころばせてこちらへ走ってくる。


「ひゅー、あと3件だね!次の待ち合わせ場所どこだっけ?」


 大声を上げながらこちらへ走ってくるエルアに向かって、大柄な金髪の少年はおもむろに首を振った。


「次の場所はアフラス3番街にある。今日中に行くのは無理だな」


「まじでぇ…」


「まじだ」


 その返しを聞いて大袈裟に肩を落とすエルアから視線を外し、少年はレーナの方を向いて赤い小切手をちらつかせる。


「君ペン持ってる?終わった任務に印つけたいんだけど」


「持ってないよ!?ていうか一回行った場所は忘れないと思うんだけど」


「そうか?」


「そうでしょ」


 肩をすくめていると、息を切らしたままのエルアが笑い出した。


「ヒャヒャ!!!ルイは三歩さんぽ歩けば何もかも忘れるからねえ、レーナも気ぃつけた方がいいよ」


「誰がニワトリだよこの野郎」ルイは小切手を懐に戻しながらぼやく。それを聞いたエルアは笑い止んだが、代わりに茶化すような笑みをルイに浴びせ始めた。


「はぁ…。じゃあ、今日のとこは帰ろう?まだ夕飯食べてないし。喧嘩してたら電車に遅れるよ」


 提案すると、うらめしそうな目で睨まれているエルアはそれ来たとばかりにこちらへ駆け寄ってくる。


「ハイハーイ!!帰ろ帰ろー!!」


「ちっ、しょうがねえなぁ、帰るか。エルア、お前に対する数多の恨みは忘れねえからな」


「ごめんって。さっきのチップあげるから忘れてよ」


「ルイにあげても、どうせ明日の電車賃に使うでしょ?」


「確かに」



 …迎えた2日目。ターゲットは、アラジアでも突出して治安の悪いアフラス3番街に潜む、あるマフィアだ。



「アラ?アクムラ?ア…アクラムダスって名前らしい」


 ルイはコップを置くと、片言かたことで新聞を読み上げる。


 それを聞いた寝起きのエルアが振り向きざま「枕無駄にする?そういう男は嫌いね」なんて言ったもんだから、彼女の頭には瞬時に新聞が振り下ろされた。



って。ちょっとふざけただけだって。それで?その歩くムースみたいな名前のやつはどんな野郎なの?」


「かすってもねえよ」エルアの頭を再び新聞で殴ると、ルイは呆れたような顔をしながら口を開いた。


「えーと?元々マフィアグループの幹部だったらしいけど、仲間を殺しまくって追放されてから市民にまで手を出してるらしい」


「ひどいね」レーナが溜め息交じりに呟くと、ルイは軽く頷いて新聞を投げ捨てた。


「そうだな…今すぐぶっ殺してやるぜ」


「おーおー落ち着け」


「お前こそ落ち着けよ?昨日のターゲットを出会い頭に刺したの、あれはマズかっただろ」


「そ、そんなことしてないし」


 エルアは引きつった作り笑いを一瞬こちらに向けると、白い視線を無視してありったけのパンを袋に詰め始めた。


「はぁ。ボケてないでさっさと出発するぞ、遠いんだから」


「えぇ~?私行きたくない、酔うし」


「馬鹿言うな」


「うぅ…」渋い顔で立ち上がると、エルアはレーナの肩に寄りかかりながら重い足取りで玄関へ歩いて行った。



「ここが!アフラス!すっげえ!空気が汚れてるぜ!!!」


 ルイはやけに機嫌が悪いようだった。一方でエルアは、到着する直前で電車のトイレに駆け込んで吐き散らしていた…。



「ふーっ。ようやく着いた。ここから歩きかぁ…。見たことない街だなあ」


 外に出るなり、レーナは駅の周りを見渡し、とぼけたことを言った。ルイは何を訝しむでもなく、ただ無言で頷く。


「…」


 後から出てきたエルアも、すっきりした顔つきで何も言わずについてきた。


 彼女の気分を心配したいところはやまやまだったが、徒歩10分で目的地まで着こうという時にぐずぐずしてはいられない。3人の歩幅は広くなるばかりであった。


「レーナ、ルイ…今日の任務、どうなると思う?」


「どうなるもねえ。今日中に探し当て、安全に殺さなければ駄目だ」


 ただでさえ太いルイの首から紫色の血管が浮き出る。ターゲットに恨みでもあるのか、その足取りは異様な程に一直線で重い。


「私はアクラムダスって男については何も知らないけど。写真のまんまならすぐ見つかると思う…あんな巨漢」


 レーナは新聞の隅に映っていた男を思い浮かべる。見るからに腕力に自信がありそうなあの髭面を完璧に思い描くと、2人に向けてグッドサインを送ってみた。


「よろしい」エルアが口角を上げる。


「でも正直、今回は3人全員で当たった方がいい」ルイは隣で眉をひそめた。昨日までバカ騒ぎしていた少年の面影が、今の彼にはない。2人とも、神経を尖らせる彼の事をもの珍しげに見ていた。


「…いや、緊張しすぎじゃない?」みかねたエルアは歩みを緩め、ルイに向かって首を傾げる。


「それが…なんだかソワソワするんだよ。お前らはしないのか?」


「そりゃ少しは…」


 エルアはますます眉間にしわを寄せる。不可解なのか、勢いよく左右に首を振って通りを見渡し始めた。


「待ってルイ…もしかしてそれ、ターゲットへの不安じゃなくて、きっと――」


 通行人の笑い声でエルアの声が遮られる。彼女の頬に一滴、冷や汗が伝うのが見えた。



 その瞬間。先程まで和気藹々あいあいとしていた通行人の女性達の声が、鼓膜を刺し貫くような金切り声に変わった。


「ぎ…ぎえ………ぎぎゃああああああ!!!!???」


「いがあああああ!!!!!」


 ストリートに集まる人々の視線が一気にそちらへ向く。女性の叫びが一段と強くなった。


「は?なんだこれ!?」


「チッ」


 ルイが身構え、エルアはどこからか取り出したベレー帽を頭に乗せる。


 見渡すと、叫ぶ女性達の殆どが目元から血を流していた。


「おいおい、まさか…」


「ちょっと――」


「特殊効果、探知!!」八方から聞こえる囁き声を叩き伏せるように、エルアが吠える。飛び上がって彼女へ目を向けると、両腕を左右に突き出しながら尋常でない汗を額に浮かべていた。


「クソ、これは…」ルイが慌てた様子で鞄の中を漁り始めた。


 これは…あからさまに緊急事態だ。ターゲットでないにせよ、街中でこんな事件を起こす輩は――


 その瞬間、エルアが飛ぶような勢いで立ち上がり、大きく目を見開いた。


「まずい!!みんな!!!目を覆ってください!!!!」近辺へ叫ぶ。周囲の人々は訳も分からぬまま、言われた通り掌を眼前へ持っていく。


「君らも早く!」


「駄目だ!待て!」


 ルイが制すのも構わず、エルアとレーナは腕で目を覆った。次の刹那、青い閃光が通り一面を襲う。


「チクショウ!マズいぞ…この力は」


 ルイが歯を食いしばって目を細める。最悪の不意打ちだ。このスキルは間違いなく――。


「アクラムダス…どこだこの野郎——」


 声を絞り出すが、聞こえるのは周囲のざわめきと絶叫だけ。この間にも、奴は何をしているか分かったもんじゃない。


「クっソ!!エルア!!この光を止めろ!!」


「ムリ!!」エルアは聞こえるようにまた大声で返す。「何も見えない!!!」


 ルイが舌を打った。


「こいつ…張ってやがったな…。出て来い!クソ野郎!!」


 応答はなく、ストリートに渦巻く絶叫だけが鼓膜をつんざいている。


 と、見かねたレーナは腹を決めてルイへ声を掛ける。


「私がやってみる!!どうすればいい!?」


「アクラムダスのスキルを解除させろ!!!できるか!?」


「ああ!!解除…解除しろ!!!」


 声を張り上げると共に、断末魔としか思えない女性の叫びが後方から響いてきた。そして数秒の沈黙があったのち、青い光は霧が晴れるように視界から消えた。


 そして周囲には、無残にも血の池で横たわっている数人の女性が見えた。


「ぐうっ!間に合わなかった――」


「どこだ…まだ近くにいるはず――」


 そう悔やみながら立ち往生していると、レーナは晴れた視界の隅に巨大な髭面モヒカンの男を見つけた。


 間違いない。あいつがアクラムダスだ。


「あ…あそこ!!あいつがターゲット!!!」


 そう言ったレーナが指を差すより早く、エルアが凄まじい速さでそちらへ飛んでいく。


「貴様!!!私達の目の前で殺しやがって!!」


 あまりの剣幕に奴は逃げ出すと思ったが、あろうことか怒声を上げながらこちらへ向かって走ってきた。


「テメエらが殺し屋か!?ガキ3人とは随分舐めてくれるじゃねえか!!!」


「そこまで分かっといて、ただの通行人まで殺そうってか…!!」


 頭にきたのか、ルイも大男のいる方向へと勢いよく駆け出した。


馬鹿共ばかどもが!」男は拳を振り上げ、真正面からエルアに接近していく。


 しかしエルアは動じずに狼の如く走りながら、素早く拳を腰に構えた。


「馬鹿は貴様だよ…。エメラルド!!!!!」


 そう叫んで突き出したエルアの拳が、突如として緑色の塊を纏った。アクラムダスは驚きを顔に出しつつも、勢いを全く殺すことなくエルアに殴りかかる。



 両者の拳がぶつかる、と思った。



 しかしエルアはまるで瞬間移動でもしたかのように大男の突進を躱し、すぐさま切り返してその横っ面を思い切りぶん殴った。


「ウバぁっ!!?」アクラムダスは対応できずに路上を滑るように転がった。


「て…てめえ…」


 野郎の髭面が歪む。エルアは勝ち誇った顔でこちらへ目くばせしてきた。


「ばはは!!アイツ鼻血出てんじゃん。糞馬鹿野郎が」


「ほざけ!」立ち上がったアクラムダスが怒声を飛ばしてくる。「クソガキが!!!望み通り殺してやるよ!メインスキル!アミュニッション!!!」


 叫んだ男の掌に青い光が宿った。それを見た通行人達は、目を押さえながら次々に逃げ出して行く。


「これ以上人殺すなよ」ルイがきっぱりと言い放った。


「無理だな。お前も死ぬ」


「あ?それこそ無理だろ」


「死ねクソガキ!!!」それを聞いた野郎の顔が、より一層と醜悪になる。3人は呆れた顔で、颯爽と腕を構えた。


「はぁ。何もできずに死んでくれ。メインスキル、ウインダ」


「メインスキル――オアーズ!」


「メインスキル…ドリーム」

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