04 忌み名
「プ、ハァ…ありがとうございます。ほ、本当に…」
コップ片手に何度も低く頭を下げたが、女はこちらへ見向きもせずに分厚い本を眺めたままだ。やりようのなくなったラーザは
「あの…お名前、教えて頂けませんか」
しかしラーザがそう言うやいなや、女は目を大きく見開き、無言のまま強く睨んできた。
「うッ…」訳が分からずに引き下がって椅子に腰を下ろすと、女が長い溜め息をひとつつく。暫くの沈黙の
「はァ、私は………フリーナ・クラーソン、18だ。別に…知る必要もない。で、知っての通り人を殺す稼業で飯を食っている」
「ッ…ありがとうございます。あと――ゎ、若いですね」
「知らん」フリーナの額にしわが寄る。彼女は本を閉じたが、それきり沈黙を破る気配は感じられない。
(どうしようか、こっちも名乗った方がいいのか…?でも、ラーザは…駄目だよな…女の子の名前?え、と…あァー…。出てこないなぁ)
膝の上の拳に力が入る。顔を上げてフリーナの方をちらと見るが、彼女の頭は机に影を落として揺れている。軽く息を呑みこんで顔を覗き込むと、鋭い目つきで「なんだよ」と凄まれ、慌てて手を合わせて頭を下げた。
「いえ、なんでも…ないです」
「そう、じゃあ早く家に帰ってくんない?昨晩から…いつまでここにいる気だよ」
「え、それは」困った。どう説明すればいいのやら、見当もつかない。とりあえず、
「えっと…私は、親がいなくて。えっと…えっと…」
「なるほど、施設行ってんのか?」
「そういうわけじゃ――」
「…?まあ、分かった分かった。そういう事な。なら――話が早いな」
「え?」話が早い?それはどういう意味だ…?瞳を泳がせて考えるも、これといった考えは浮かんでこない。満足そうな表情をしているフリーナが視界に入ると、余計に頭が混乱して行き詰まってしまった。
と、フリーナがこちらをまじまじと見つめ、無表情ながら信じられない事を口にした。
「丁度新しい子供が必要だった所なんだよ。行く先がないならアンタ、組織に入らねえか」
「そし――」組織?それはつまり――。そういう事だよな!?まあ、それしかないだろう。嘘だろ…。
「コ、殺し…屋?」
「当たり前」即答が返ってくる。どう流れても断るべきではない状況の中、ラーザの顔にあからさまな緊張が浮かんだ。冷や汗と共に、か細い悲鳴が漏れる。
「い、い、いきなり…ですか?」
「そうだよ…。アンタがこっからなにも言わないんなら、私がしたいようにするけど?どうすんのさ」フリーナが苛立ったように目を細くし、大きな動作で椅子に寄り掛かる。
「じゃあ、私、行くアテがなくて――。だから…えぇと、フリーナさんがそうしたいのなら、お願いします…」
次の瞬間、眼前から異様に大袈裟な溜め息が飛んで来る。
「何言いたいのかよくわかんないけどさ…。結局、断らないって事でいい?」
「ッ…はい」下手に刺激することもできず、そのまま受け入れてしまった――。どうすればよかったのだろうか?聞きたいことも多いが、脳が追い付かず言葉が出てこない。そんな少女の様相に呆れたような顔をして、フリーナは再三問いを投げてくる。
「で、アンタのスキルを聞いときたいんだが…教えてくれるか?」
ラーザは意識外の質問に面食らった。今の体になりスキルがどうなったか、全く考えていなかったのだ。しかしながら、今は何の答えも出せないと、いくらか躊躇いながらも正直に「分かりません」と告げた。
「は?」今度はフリーナが勢いよく首を傾げる。そこから彼女は黙り込み、顎に手を当てて何か考え込み始めた。ラーザもどう説明するか、頭の中で言葉を用意しようとする。
しかし机の木目を眺めるのにも飽きたのか、フリーナはすぐに腕組みをしてこちらに視線を戻し、口角をほんの僅かに上げた。
「不思議な奴だな…分からないって。誰でも小さいうちに勝手に鑑定されるのに…じゃあもしかしてお前、バレたくないほど弱いスキルなのか?隠してんのか?」
「い゛?そういうわけじゃないです!本当に――」
「ふぅん。なら、しょうもないスキルだった時は容赦なく施設にぶち込むからな…。というか、元々そうするつもりだ」
その言葉が耳に入るのを境に、一気に血の気が引くのを感じた。もし姿形が変わってもスキルが変化しないのだとしたら――。
(俺の持っていた――
かつて王の地位で見た、スキルを使い果たした者の悲惨な生活が頭をよぎる。彼らは身一つで仕事を得られない奴から死んでいくのだ…。こんな
焦りながら「勘弁してください」と返すが、フリーナは取り合う気もなく本気らしい。すぐに「冗談じゃねえぞ」と一蹴されてしまった。
「ッ…わかりました…。鑑定してもらって、駄目だったら出ていきます」
「ここぁアンタの家じゃねえ」
「はぁ……」
(鑑定の金はどうしようか、この人から借りても…いや、借りれる訳もないな。うーん)
「あの、鑑定って、どう…?というか、お金どうするんですか?」
ためらいがちに尋ねると、フリーナは即座に懐から大量のコインを取り出した。彼女は含み笑いと共に、「殺し屋ってな、稼げるんだぜ」と囁いてくる。そして壁に掛けられた絵画へ何度か瞳を向けた。
「このかたは…どなたですか?」ラーザはその絵にフリーナと瓜二つの女性が描かれている事に気付くと、いささか驚いて問いかける。今は明らかに一人暮らしをしているフリーナだが、家族はいるのだろうか?
素朴な疑問を投げかけたつもりだったが返事は返ってこず、彼女は不機嫌そうに席を立ってラーザの腕を掴んだ。
「誰でもいいだろ。さぁ、私は忙しいんだ…アンタをどうすっかは今日中に決める。まずはとっとと鑑定屋行ってくンぞ」
「ちょ、え、まだ…」この街について聞かなければいけない事がいくらでもある。だがフリーナは有無を言わさずにラーザを引っ張ってドアを蹴り開け、小さな一軒家から連れ出してしまった。
そして家から出ると、ここにおぶられて来たときには見えなかった秀麗な街並みが目に飛び込んできた。
(こんな活気のある街だったのか。人混みなんて見るのは久しぶりだな…)強く左手を引かれながら、ラーザはふとそう思った。それを契機に嫌な記憶が想起され、俯く少女の表情が曇る。握られている手に力を込めると、フリーナはそれを気にしたのか道端で立ち止まった。顔を上げると、彼女は額にいくらか皺を浮かべながらこちらを見下ろしている。
「どうした?なんかあったか?」
「あ、いえ。なんでも」
*
「…もうすぐ着くけどさ、そいや名前聞いてなかったよな」
「あっ――。そうですね」
「私は職業病でな…
「え、でも私のスキルは絶対バレますよね?」
「ああそうだ。だからな、もし余程の当たりだったラ、私はアンタの肩をしっかり持ってやる」
「成程…!ありがとうございます」
「まだ何も決まったワケじゃねえぞ――。んで結局、名前は?」
「ふ、そうですね…じゃあ。私の事は…レーナ。レーナと呼んでください」
「本名か?」
「ッ、は………はい!!!」
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