01 王の遺骸

「バっ!!なあッ………マジかょ!?とうとうアイツが殺されたぞ!うお…。よっしゃあああ!!!」


「え、なによ!?急にそんな、人聞きの悪い…喜ぶことじゃないよ、誰かの訃報ふほうなんて!」


「まあ、いつもならこんな事言わねえけどなぁ?こりゃア吉報きっぽうだよ!吉報ォ!!」


「あぁ…。フーン…誰が殺されたの?死刑囚か何か?」


「ははっ、ラーザの野郎さ!報道によれば、民衆のリンチにって即死だってよ!やっとだ!ざまァ見やがれ!!!」


「え、本当!?…まさか、最ッ高じゃない!ようやくあの悪政野郎から解放されるのね!」


「ああぁそうさ!まさに吉報だろ!フッフー!!!」


「そうね、やったわ!!!御近所にも知らせないと!アハハハ!!」





 …………最悪・・だ。


 あと一か月で皇帝じごくから開放される筈だったのに。しくじった…あんな所で襲われるなんて。もっとマシな死に方をさせてくれても、よかったんじゃないか?いや、でも…自分で言うとむなしいが、確かに俺は統治者として最低だったよ。それにしたって、だったら…すぐに殺すなりしてくれればいい事じゃないか…。クソッ――なんで誰もめさせてくれなかったんだ、俺の事を。



 さっきまで”ヴリーダ帝国71代目皇帝”だった…ラーザは、もう何処ドコにもいねえ。…享年は四一歳になるかな?まぁ、俺は皇帝の地位で…幾度いくどとなく食糧難を起こして?産業を停滞させて?貧困層ひんこんそうが国民の…六割以上を占める――過去最悪の国家を築いたんだから無理もないよな…。死んで当然だったんだよ俺。



 俺はなんで、皇帝なんて夢見ちゃったんだろう?


 馬鹿みたい…いや、本当にどうしようもない馬鹿だ。神様も何を考えて、俺みたいな奴に”ドリーム”なんてスキルを与えたんだろうか。12年かけて叶えた夢で、一つの帝国をぶっ壊しちまうような奴に…


(あまりに無様だ…。我ながら、まったく同情もできねえ)



 自責と絶望で一杯になった胸が空っぽになるまで息を吐き出すが、すぐに息苦しくなって咳込む。これは、もうダメだ…そろそろ本当に死ぬな。さっきから、痛みさえ全く感じねえよ――。


(はァ…俺もここで終わりか。つまんなくて短けぇ、最低で最悪な…人生だっt…………あれ?ん…?)


 いや、なにか、なにかがおかしい。


(待ってくれ、俺は…)そう、ついさっき…死んだはずだ。間違いなく、黒装束の野郎に銃で額を撃ち抜かれた。生きていられる筈がない。なのに、この…自我は一体…?


(——は?は??もしかして…これから、その…転生ってやつでも起きる…のか?わからない…。それとも、ここが既に…あの世なのか………?)背筋が冷たくなる。このまま目をつむっていたら、本当の死でも迎えるんだろうか?それとも、体がるように感じる事自体が幻…?頭が混乱し、まぶたの裏が徐々に白くなっていく。


(チクショウ…なんで死んだ後まで…こんなに悩まされるんだよ…)訳が分からない。俺には政治すらも分からなかったのに、人間が死ぬことの真理なんて理解できるかよ…。神はいったい、俺に何をさせるつもりなんだ――。


「ハァ――」


 先刻せんこくから口の中で暴れていた溜め息が漏れる。異常なまでに悲しみに満ち、不思議な程に小さい声だ。ラーザは体勢を変え、大の字になって地面に背中を付ける。


(これが俺の、罪の行き先ってか…。あぁもう…それしか頭に浮かんでこねえ。もう俺は何したって、自分の尻拭いァできないのかもな――)


 全てを諦め、心が深く深く沈んでゆく。もう自分の人生なんてどうでもよかった。ラーザにとって、愛する国に何をしたのか考えるのは何よりも辛い拷問であり、それを突き付けている相手が自分であることも――とんでもなく下劣な事実として受け入れるしかないのだ。


「うゥ、なんで…なんで――」目元が腫れてきた。地面に擦れた脇腹がズキズキ痛み、小さな嗚咽にうめき声が混ざる。


「なんで…俺にクッソみてえなスキルを寄越しやがったんだ…!もう、やめてくれよ!!姿を見せやがれ!!ガぁあ、おい――!!!誰か………」


 喉を軽く潰す勢いで叫び始めるが、むろん何の反応も返ってはこない。数秒の沈黙を感じ、それに耐えきれなくなるとまた、ラーザは狂ったように喚き散らして泣いた。


 そうして胸の内に溜まったものを吐き出し続けていると、彼の中にあった底なしの諦念ていねんは段々と裏返り、激しい憎悪となって彼の歯をきしませ始めた。


(アァ、駄目だ…結局なんなんだよこれは…あの国は、あの国は…俺が……)


 涙が乾き、目が強くひりつき始めた。だが、少しは頭が冷えてきたかもしれない。


(チクショウ――。えぇと…なにを!?なにをすればいいんだ?えぇと…だから…え………。クソッ!)


 ラーザは手を顔面から離し、空いた両拳を頭上で強く握る。気の迷いから、このまま終わるなんて絶対に嫌だ、とでも思ったのだろう。彼は力を振り絞って両目を恐る恐る開くと、地面に両手をついて力なく立ち上がる。今、目の前に何があろうと構わない…。顔を上げ、不格好な仁王立ちをして真っすぐ前を見つめた。


「何が何だか分からないが――また生きれるのなら………。駄目だ、死にたい…けど、死にたく…ねえよ…」



 数分かけてようやく目を開いた彼の、頼りない視線の先にあったのは、完全な灰色になるまで古びきった祭壇と、その周りに転がる何百もの頭蓋骨。ステンドガラスの窓はススがついて変色し、壁と床には無数の亀裂が入っている。どう考えても教会の見てくれをしているものの、本来あるはずの椅子も十字架もそこにはなく、代わりに無数の埃と人骨が空間を覆いつくしていた。



「な…え?………く、ウゥッ」ひとしきり見渡すと、ラーザの喉に何かがこみ上げてくる。ここは…本当に地獄なのかもしれない。恐怖で息が詰まり、足の力が抜けてその場にへたれ込んでしまった。空間の禍々しさに圧倒された彼は、全身に鳥肌を立て、動かせる体がここにあるという事実を信じられずにいる。


(クッソ、なんだよここァ…早く、早く脱出しなきゃあ…)体中に埃を付けてじりじりと這いずりながら、祭壇に背を向けて扉へと向かう。すこしでも動かなければ…たぶん、窒息するか凍え死ぬかの二択だ。それでは話にならない。


「ぐが………あァ”啞aAぅ――」異常に冷たい人骨に阻まれ、言葉にならない叫びを幾度となく上げつつも、なんとか玄関の鉄扉へ辿り着くと、彼は腰に手を当てて震えながら立ち上がる。


(いったい、この扉の外には何があるんだろう?まさか、外に出たら死ぬのか…?もしかするとここが、俺が生きる最後の場所になるかもしれない――)悍ましい想像にぎょっとしたラーザは、体をよじって後ろを振り向く。しかし建物の中は先程となんら変わらない、汚れた骨の山だ。ああ、そうか、こんな状況じゃ何処にも正解はない…。それなら、ここにいたって…しょうがないじゃアないか。


 ラーザは扉へと視線を戻し、2m程の高さにあるドアの取っ手に指をかける。ああ…それじゃあ、見てやろうじゃないか。糞のような大罪人が死んだらどこへ行くのか。


 かつての糞皇帝は強く打つ自らの心臓を抑えながら、微かに光沢のある扉を出来る限り強く引っ張った。

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