第1話




 目が覚めた瞬間、寝過ごしたのだとすぐにわかった。空腹を訴える音が鳴ったからだ。

 卓明たくめいは飛び起きて服を着た。短い丈の上衣に袴。素材は麻で染色はしていない。庶民の一般的な服装だ。長い黒髪は後ろで一つに束ねる。

 以前は倉庫として使われていた小屋で、家具は寝台と卓と椅子のみ。炊事場はなく、水は近くの井戸から時折運んでいる。

 壁の高い位置にある小さな棚に向かって両手を合わせた。

「いってきます」

 位牌に挨拶をしてから家を飛び出し、職場へと早足で向かった。

 雲ひとつない晴天だが、過ごしやすい気温だ。

 馬車と人が行き交う大通りには華やかな装飾の建物が立ち並んでいた。白く塗られた壁、朱色の扉や柱、龍などの彫刻がほどこされた門塀や看板は、さまざまな色に塗られている。

 五十年ほど前は、大陸はひとつの大きな国家だった。その後いくつもの国に分かれて小競り合いを繰り返しているが、国も人も慣れつつある。内政に力を入れるために、他国に牽制はするが攻め込まない。絶妙な均衡が保たれていた。

 ここ、北栄国は、西に広大な砂漠、北には山脈があり、地形のおかげで守りやすい。隣接する国と協定を結び、政情は安定している。街ゆく人々の服装に鮮やかな色が増えてきたのも、平和の証だろう。

 通りの前方で人だかりができていた。顔をしかめて離れていく人が多い。

 三人の男が若い女を取り囲み、腕を掴んでいる。

 どう見ても、よからぬ事態だ。

 通行人は遠巻きに見ていて、誰も助けようとはしない。男たちが屈強な体つきだからだろう。

 さて、どうしよう。

 卓明は迷った。

 口を出せば面倒なことになるが、見て見ぬふりもできない。

 母親に何度も言われていたのだ。女性には優しくしなさいと。いくら気が強く逞しくても、男女の身体の強さは違う。何かがあれば強い方が庇うべきだと。女性だけではなく、子供や老人もだ。

 卓明は目の前の男たちみたいな体格ではないが、多少の武術は使えるし逃げ足も早い。

 仕方ない。

 これは正義感ではない。

 抗えない、幼いころの刷り込みだ。

 いきなり殴りかかられないように、笑みを浮かべながら近づいた。

「あのー、すみません。女性が困ってるようですが」

 頬に傷がある男が野太い声で答えた。

「ああ? 困ってるのはこっちなんだよ。家賃の期限は昨日だったのに、払えないって。金も払わず店を続けようなんて、おかしな話だろ」

 女は華奢で儚げな容貌だが、鋭い目で男を睨み返した。

「三日前に突然五倍も値上げして、払えるわけないでしょ」

「この……っ!」

 男が繰り出した拳を、卓明は横から掴んで止めた。

「てめぇ……」

 男がこちらを見る。

 火に油を注がぬよう、笑みを作ったまま返す。

「か弱い女性を殴ったら骨砕けますよ。どんな理由だろうと傷害で捕まります」

「役人を呼ばなければいいんだよ」

「この騒ぎじゃ、どうだろう」

 通行人は手を出せない様子だが、助けを呼びに行った人はいるかもしれない。

「邪魔すんなら、てめぇも叩きのめすぞ!」

「それはちょっ――」

 言い終える前に拳が飛んできた、上手くかわしたものの、踏ん張った足がぬるりと後ろに滑った。

 ええっ?

 靴の下に果実の皮。

 誰だよこんなとこに捨てたの!

 心の中で叫び、その場に膝をついてしまう。

 終わった――。

 目を瞑った。

 しかし拳は振り下ろされなかった。

 ゆっくり顔を上げる。

 拳を背後から握って止めていたのは、長身の男だった。

 すらりとした体つき。垂らした長髪の一部は高い位置で結い上げ、繊細な彫刻の髪飾りで止めている。長衣は深い青色で明らかに質が良い。腰に剣を下げているし、高い身分の者だとすぐにわかった。

 暴漢は睨みつけるように振り返ったが、すぐに察したのか顔をこわばらせた。

 静かな口調で高貴な男が言う。

「往来で騒ぎを起こすとは感心しないな」

「……いえ、女が家賃を払わないので、払わないなら出ていけと言っていただけで、我々は何も」

「商店の家賃を値上げする場合、前の支払い時には告げるよう決まりがある。まともな家主なら知っているはずだが」

「す、すみません、うっかりしてました。今後は気をつけます」

 三人組は逃げるように立ち去った。高貴な男は女性の方へ視線を向ける。

「大丈夫ですか」

「はい……」

 女性の目が輝いている。

 こちらには目もくれない。

 おいおい、態度に差がありすぎるだろ。

 心の中でぼやいた。

 まあ、いい。

 とにかく、揉め事は解消されたのだから、いつまでもここにいても仕方ない。

 高貴な男がこちらを見た。

 この男のおかげで助かったのだから、礼は言うべきだろう。

「ありがとうございました」

 立ち去ろうとしたが、背後から声をかけられる。

「この女性の知り合いではないのか」

 振り向いて答えた。

「いいえ、無事おさまったようで良かったです」

 今度こそ早足で立ち去る。仕事は完全に遅刻だ。蘭蘭らんらんにこっぴどく叱られるに違いない。



     ※



 大通りを北に曲がり、細い通りをまっすぐ進むと職場があった。看板はなく、見た目は一軒の民家だ。

 入口の戸を開けると、蘭蘭が腕を組んで立っていた。

「遅刻は何度目でしょうか」

 色白の肌に艶やかな黒髪で、微笑むとなかなかの美女だが、卓明は険しい顔を見ることが多いので、ときめいたことはない。たいていは卓明の方に問題があるから、あまり大きな態度には出られない。

「……数え切れないほどです。すみません」

 蘭蘭は大きなため息をついたが、組んでいた腕はすぐに解いた。

「何か食べたの」

「何も」

パオでいい?」

 頷いて返すと、蘭蘭は隣室へと向かった。通りに面した窓は今は閉じられていて、中庭に出られる出入口が開け放たれていた。

 室内には来客対応用の円卓と、奥に所長用の卓がある。従業員用の席はないので、来客用の椅子に卓明は座った。

 呂轍ろてつが隣室から出てきた。蘭蘭の父親で、所長だ。少しふくよかな体型とにこやかな顔つきが安心感を与える。他に従業員は二人いるが、仕事先に向かったのか姿はない。

「すみません、遅くなって」

「いや、今日は卓明の仕事は入ってないからね。そういえば、半月ほど前の仕事、せいさんを担当したのは卓明だったね」

「はい」

「聞いたかい? 成さんのご子息の子龍さんは自殺ではなく殺害されたと調べがついたらしいね。幼なじみが突き落としたのだとか。同じ試験を受けて不合格だった妬みらしい」

「そうですか」

 一度は自殺と断定されたのだから、証拠があったとは考えにくい。衝動的にやってしまったものの、元々は親友だから良心の呵責に耐えかねて、問い詰められて自白したというところだろうか。

 蘭蘭が来て、包をのせた器を目の前に置いた。蒸し直したのか湯気が出ている。

「ありがとう」

「母さんの手作りだから、美味しいよ」

 白いふわふわとした生地に角煮が挟まれている。頬張ると、肉汁がじわりと口の中に広がった。卓明の母親が亡くなったのは六年前。父親はもっと前に亡くなっていて顔も知らない。身寄りがなくなった少年に声をかけてくれたのが、父の親友だったという所長だ。

 以来、ここで働き、所長の妻や娘の蘭蘭も親戚のように気にかけてくれていた。

 所長が入口の前で振り返った。

「じゃあ、私は外回りしてくるから」

 個人宅や店を回り、やわらかい表情と口調で顧客を増やしていく。なかなかのやり手だ。

「いってらっしゃい、お父さん」

「いってらっしゃい」

 父親を見送った蘭蘭は向かいの席に座り、肘をついて両腕を立て、開いた手のひらに顎を乗せた。大きな瞳でこちらをじっと見る。

「美味しそうに食べるよね」

 視線が気になるが、もぐもぐと頬張る。

 一人で家で食べるよりも、ここで食べることの方が多い。蘭蘭の母親、静蘭が作る料理は店を開けそうなくらい絶品だ。

「私ももっと料理覚えようかな。やっぱり胃袋掴める女は強いよね」

 蘭蘭は片手で果実を握り潰すような仕草をする。心を射止めるというよりは物理で仕留めるように見える。歳は卓明よりふたつ年下で十九歳。女の多くは結婚している年齢だが、浮いた話は全く聞かない。蘭蘭はここで事務的な手続きを担当している。役所に届け出る書類は多く複雑だ。

 足音が近づいてきて入口の前で止まった。

 来客かもしれない。

 卓明は慌てて残りの包を口に押し込んだ。

 戸を叩く音。

 蘭蘭が開けた。

「いらっしゃいませ」

 立っていた男の顔を見て、卓明は目を見開いた。口に何も入っていなければ「あ!」と声を出しただろう。

 乱暴な男たちを追い払った高貴な男だ。

 男がこちらに視線を向けた。

 ごくんと包を飲み込んでから立ち上がり、軽く頭を下げた。

「さきほどはありがとうございました」

 蘭蘭が二人の顔を交互に見る。

「知り合いなの?」

 こんな高貴な美丈夫と?

 という疑いの目だ。

 男は蘭蘭を見て微笑んだ。

李青流りせいりゅうと申します。仕事についてお尋ねしたいことがあって伺いました」

「すみません、所長は外出しておりまして。ご依頼でしたら代わりの者が承りますが」

「いえ、卓明という者に用があって」

「卓明? え、知り合いじゃないの?」

 混乱した蘭蘭は両方に何度も顔を向ける。

 李青流は卓明に視線を移した。

「あなたでしたか。聞きたいことがあるのだが、いいだろうか」

 扉の向こうには男が二人いる。護衛だろう。「どうぞこちらへ」

 卓を挟んだ向かい側の席を手で示す。李青流は外の護衛に視線を向けて頷き、戸を閉めた。

「お茶をお持ちしますね」

 蘭蘭の言葉に首を横に振る。

「いえ、お構いなく。少し込み入った話があるので、申し訳ないがしばらく席を外していただけるだろうか」

「わかりました」

 頷いて、蘭蘭はすぐに隣の部屋へと姿を消した。ただならぬ話だと察したのだろう。

 当然、卓明にもそれはわかった。

 着席する前に李青流が両手の甲を向けて胸の前で重ねる挨拶をしたので、卓明も慌てて同様にし、頭を下げた。

 着席する。目の前に眉目秀麗な顔がある。育ちの良さが滲み出た華やかな容姿だ。日常で関わる種類の男ではないので、どことなく落ち着かない。

「卓明、職業は葬送師。間違いないか」

「はい」

 葬儀には複雑なしきたりがある。大陸で古くから伝わっているもので、庶民の多くもそれに従う。

「遺族たちに代わり、さまざまな手配をし、場を整える。葬儀は他国と大差ないが、葬送師は我が国独自のものだ」

 卓明は頷いた。

 埋葬後も数ヶ月後、数年後と儀礼があり、多忙な商人や農民には手間になるし、下手すれば忘れてしまう。最初に葬送師に頼んでおけば最後まで滞りなく行える。

 国内にはいくつかの葬送屋があり、ここはそのひとつだ。

 李青流は静かな口調で話し続ける。

「死者の魂を呼び戻すための儀式を行い、戻らなければ完全に死んだとみなして棺に収め、埋葬する。儀式と言ってもあくまでも形式で、万が一の蘇生のために、すぐには棺に入れず時間稼ぎをするものだろう」

 その通りだ。

 もっとも、遺族にとっては信じたいところだろう。魂が戻ってくるかもしれないと。目の前の男は、親しい人との死別を経験していないのか、現実的な考えなのか。

「ただ、本当に魂を呼び戻せる者もいる、と噂に聞いた」

「へえ……、噂ですか」

「申し遅れたが、私の職は御史ぎょし。噂と言っても戯れの作り話ではない」

 卓明は思わず息を飲んだ。

 御史とは官吏に不正がないか探り、審査する職だ。彼らの判断が出世に関わるから、多くの官吏に恐れられている。

 情報網は強固で確かだろう。

「卓明という葬送師に頼むと、魂を呼び戻してもらえる。そんな噂が密かにある。所長は知っているのか?」

 本当か? とは聞かなかった。

 確信しているのだ。

 依頼者には口止めしているが、完全に封じてしまえば依頼は来なくなる。いつか所長に知られてしまうかもとは思っていたが。

「そうだとしたら罰せられるのでしょうか」

 違法でなくても、先日の件のように裁きが覆ったりすれば、邪魔と感じる人もいるだろう。

 消されたくなければ二度と使うなと言われれば、従うしかない。この国では法よりも強いものがある。政権を握っている御三家。段、馬、李。李青流は李一族の者だろう。

「その力を私に貸してくれないか」

「力を、貸す?」

 数度瞬きをする。

「情報を死者から引き出したい。死人に口なしで、重要な事実が闇に葬られているが、その力があれば暴くことも可能だ」

「力を貸りる代わりに黙認し、所長にも黙っていてくれるということですか」

「理解が早いな」

 李青流は満足げに頷いた。勝ち誇っているようにも見えて腹がたってきた。

「俺が噂通りの葬送師なんて言ってない。そうだとしても、奇術でも使って魂が蘇ったように見せかけて騙して稼いでるかもしれないだろ」

「昔、有能な葬送師がいた。魂を呼ぶその力を貴族たちも欲しがった。男の名は葉泰元ようたいげん。お前の父親だろう」

 他人の口から初めて聞く、その名前。

 隠し通せそうにない。

 病床で母親がすべて話してくれた。父親の能力のこと、その能力による揉め事で命を落としたこと。だから、気をつけるようにと。

 父親の「よう」を名乗らずに過ごしていたのは能力を狙われないためだと、そのとき知った。

「もちろん報酬は支払う。悪い話ではないだろう」

「金が欲しくてやってるわけじゃない」

「正義か。さっきも見知らぬ女を助けていたな。ならば尚のこと良い話のはずだ」

 首を横に振る。

「正義なんかじゃない。俺は――」

 言いかけて、言葉を飲み込む。

 知らない男に話すことではない。

 李青流はこちらをじっと見ていたが、意を決したように立ち上がった。背中を向け、ゆっくり息を吐く。

「これは御史としての仕事ではない。今こうしてお願いしていることを知る者はほかにいない。私個人がお前を必要としている」

 こちらを向き、やや低めの落ち着いた声で続けた。

「人を探している。私の力を持ってしても情報を拾えない。これがどういうことかわかるか」

 強固に守られている秘密。

 それを隠せる者がいる。

 大きな力を使って。

 同じだ。

 人を探している。

 だけど自分一人では限界がある。この力を使うことで誘き寄せられたらと考えていたが、今のところ手がかりはない。高い身分の者には近づく方法がないから、接する対象が限られてしまう。

 使えるか。

 この男の力を。

 時間は永遠ではない。父親が亡くなって約二十年。魂を呼び戻す術を使い始めて二年。まだ何の情報も掴めない。こうしている間にも葬られた事実は消えていく。

 手を打たなければ。

 完全に消えてしまう前に。

「俺も、人を探している」

 父親はなぜ、どのように死んだのか。

 調べてもわからないということは、封じられているのだ。

 李青流の表情が変わった。目を見開いてから、理解したという顔。そして、同志を見つけたような喜び。

「奇遇だな。探しているものは異なるだろうが目的が同じだ」

「条件がある。俺を調べたならわかるだろうけど、この力の扱いを間違えれば命にかかわるかもしれない。力を貸すということは命を預けるに等しい。対等な相手にしか預けられない」

 強い視線でまっすぐ見る。

 李青流は笑みを深くした。

「私と対等とは、よく言えるな」

 李一族の男と、身寄りのない庶民。その気になればこの場で卓明の首をはね、適当な罪をなすりつけて葬ることも可能だろう。本来ならこんなところで目線を合わせて語れる相手ではない。

「実際、俺の代わりはいないんだろ? 俺が断って困るのはそっちでは」

 同じ能力の人間がいると聞いたことはない。

 ほかにはいない。

「そうだな。こう見えて藁にもすがる思いなんだ」

 李青流は苦笑した。高貴な家に育ち、たくさんの者を平伏してきただろうに、高圧的ではない。矜持を振りかざしたりもしない。

 信頼できるかもしれない。

 いや、信頼しきれなくても、同じ舟に乗るのなら協力しなければならない。

 手を差し出してきた。

「改めてお願いする。その力を貸してほしい。私の命も預けよう。私がお前の裏の仕事を黙認するのではなく、互いに口外しない。それでどうだ」

 李青流が何を探しているかはわからないが、大きな力が立ちはだかっているのなら、暴くことは命に関わるかもしれない。

 命の預け合いだ。

 立ち上がり、差し出された手に応えるように、手を合わせ軽く叩いた。

「よろしく」

 満足げに頷く李青流に、尋ねてみた。

「俺の父親が亡くなった事情も知ってるのか?」

「いや、当事者までは辿り着けなかったし、私の生まれる前のことだしな」

「え!」

 亡くなったのは母親が卓明をみごもっていた時期らしいから、李青流はそれ以降の生まれということになる。

「老けてね? 何歳だよ」

 李青流が不満げに口元を曲げた。心の読めない食えない男かと思っていたが、意外とわかりやすいところもある。

「十九歳だ。私が老けているのではなく、卓明が幼いのでは」

「幼くはないだろ? そっちに若さがないんだよ」

「そういうことにしてやる」

 はあ、とわざとらしいため息をつかれた。

 その上から目線やめろ、と言おうとしたが、落ち着いた表情に戻った李青流に、あっさりと告げられた。

「早速だが仕事がある」

「え、死体があるってことか?」

「そうだ」

「ええっ、落ち着いてる場合じゃねーだろ」

「儀式というのは、夜やるものではないのか?」

「普通はそうだけど、準備ってものがあるし、時間が経つにつれ難しくなってくんだよ」

 五日も十日も経った身体から魂を呼び戻すことはできない。身体を追うように、魂も徐々に生気を失っていくのだ。

 卓明は隣室の戸を開けた。

「蘭蘭!」

 部屋にはいなかったが、中庭に通じる入口から蘭蘭が駆けつけた。

「なに?」 

「急な仕事ができた。行ってくるから所長に話しておいて」

 棚にある布袋を掴んで部屋を出る。蘭蘭が追いかけてきた。

「契約書は? 分割払いでも内金はもらわないと」

「踏み倒すように見えるか?」

 李青流の方に顔を向けた。

 ただならぬ身分であることは一目瞭然だ。

 蘭欄は大きく首を横に振る。

「見えません。が、内金は絶対です!」

 貴族だろうが美男だろうが、金は絶対もらうという強固な意志。ここの金庫番だから致し方ない。過去に未払いで逃げた客がいるのだろう。

 李青流は気分を害した様子もなく、誰もがうっとりしそうな笑みを浮かべた。

「作法をよく知らず、急な依頼になってしまい申し訳ない。金はすぐに代わりの者に持って来させるが、それまではこれで」

 懐に手を入れ小さな布袋を卓に置いた。手に取り袋を覗き込んだ蘭蘭の目が飛び出そうだったので、おそらく内金どころか全額をはるかに超えているのだろう。

 のんびりとはしていられない。

「じゃあ、行ってくるな」

 卓明は李青流の案内で、商店が立ち並ぶ賑やかな通りを抜け目的地へと向かった。

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