葬送師と貴族探偵

水無月せん*葬送師と貴族探偵 3/1発売

序章



 暗い部屋の中、男が仰向けに横たわっていた。まとっている装束は白一色。顔は土気色で生気はない。囲むように四方に蝋燭が置かれていた。

 足元の蝋燭の外側、見下ろすように男が立っている。長い黒髪は後ろの高い位置で束ねていた。衣装は同じ白色。喪の色だ。

 男は人差し指と中指を立てて口元に当て、何か唱える。部屋の隅で固唾を飲んで見守る夫婦にその言葉は聞こえない。

 蝋燭の炎がゆらゆらと揺れ始めた。

 横たわる身体から白い蒸気のようなものが湧き上がり、集まってひとつの塊になろうとしている。

 男は指先を勢いよく死体に向けた。

 その瞬間、白い塊が像を結び、人の姿となった。

子龍しりゅう!」

 夫婦が声をあげて駆け寄る。

 抱きつきかねない勢いの母親を、父親が必死に抱えて止めた。蝋燭の内側には入らないようにと事前に強く言われていたのだ。

 死体と同じ顔をした幽体は、うつろな目で言葉を発した。

「……寒い、寒い」

「子龍! 聞こえるかい! 母さんだよ! 助けてあげられなくてごめんね」

 母親が泣き崩れる。父親も涙をこらえていたが、この状態が長くは続かないと教えられていた。何のために呼んだのか、忘れるわけにはいかない。

「子龍、教えてくれ。役人たちはお前が自ら川に身を投げたのだと決めつけたが、そんなわけはないだろ。試験に受かって官吏になれると喜んでいただろ」

 幽体はうつろな目を両親の方へ向ける。

慕白ぼはくは……」

「幼なじみの慕白? 会いたいのか? 彼に聞けば何かわかるのか?」

「……慕白は、どうして……」

 幽体がゆらりと揺れる。

 蝋燭の炎の最後の瞬きのように。

「どうして、私を突き落としたんだろう……」

 母親が目を見開いた。

 父親は口を開けたまま硬直する。

 大きく揺れてから、幽体は跡形もなく四散した。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る