第55 -虹歌9
つまりまあ、今のこの国は、壮大な社会実験場としか思えない。
これはある意味洗脳ゲームだから見ていて面白いし、都合が良いから乗っかるけども。
まあ、仕方ないけどね。この国の国民性というか、性善説というか、迷惑かけたくない優しさというか、疑わない美学というか、耐え忍ぶ清貧というか。
それ自体は良いんだけど、それと嘘との相性が良過ぎるのが問題ね。
将来世代って何年言ってんのよ。
初めて言われた人なんて、とっくに将来世代じゃない。じゅんくんじゃない。何にも良くなってないし、データは嘘つかない。
おかしいと思わないのがおかしい。
例えば30年前の隣国なんて、ほんとギャグなものしか作れなかったのに、この国と違ってお金をきちんと市中にばら撒いた。
だから当然発展するに決まってる。
当時いずれ破綻するだなんて言ってたやつは、逆に隣国の回し者としか思えない。
たまにそのばら撒きを否定する人もいるけど、ばら撒きって実利だけ見れば、ただの市中へのお金の供給なのよね。
市中に足りないのなら供給しないといけないのに、大半はあいつらだけずるいとか、よくわからない嫉妬で反対する。
ばら撒き=駄目なものって美学を刷り込まれていて、お金の持つ供給の意味も作用も気づけない。
ほんと美学と嫉妬と恐怖で見えてない。
まあ、不況だとこうもなるか。
金は天下の回りものって知らないのかな。
『知ってるけど、そこまで考えたことない』
「もし例えば浮浪者に給付したとして、ご飯屋さんで使ったらご飯屋さんの所得でしょ」
『うん? うん』
「そのご飯屋さんが別の誰かから何か買うから、また誰かの所得になり…そうやってお金は巡るの。アンタ、私が支払ったお金で関係無いもの何か買わなかった?」
『な、何も?』
「怒んないし、返さなくていいから」
『……本とお菓子…をいっぱい買いました…えへへ…』
「ほら。私がフォロワーさんから稼いだお金でアンタに支払った。そしてアンタが本を買うことで、本屋さんの売り上げになり、例えば作家さんの印税になったりするの。その作家さんが今度はペンタブを買う、とかね」
つまり政府が使おうが企業が使おうが個人が使おうが、浮浪者や非課税世帯が使おうが
、誰かがお金を使えば、必ず誰かの所得になるという当たり前の事実に気づけない。
その事実を上手く逸らされている気すらする。
まるで魔法だ。
頭堅いのかな…いや、洗脳だろうな。
「そうやってお金は旅をするのよ、ぐるぐる、ぐるぐる、延々と。まるで輪のように。それが税で回収されるまで無限に回り続けるの」
『無限…』
「そう、無限に。だから滞留すると経済は止まる。実際止まってるでしょ」
大マスコミ使えば簡単なんだろうな。
まさに戦時における大本営発表と同じ。
やっぱり歴史は繰り返すのね。
今のテレビも笑っちゃうくらい嘘垂れ流してるし、真面目な人ほど信じてしまう。
悪辣だわ。
戦争に負けるまで突っ走りそうで本当恐怖だわ。
まあ、でもデフレの方が金持ち有利に稼げるしゲームチェンジなんてさせないけどさ。
でも稼げないやつが悪いだなんて言う奴が結構いるけど、不況でそれ言うとか、マジクズ発言は流石にしない。
『しないの?』
「しないわよ」
だって、私が稼ぐということは、反対側に赤字の人が絶対居るんだし。
例えば私の一億円は、何百何千何万人分かの赤字だし。
稼いだ人ってそれ見えないのよね。何処からお金が来たと思ってんのかな。
それにそもそもみんなが稼げる状態って好景気だけなんだし。
「嫉妬を煽るのは信者獲得に有効なんだけどね」
『信者…』
「儲けるって書くでしょ」
だからわざとやってるんだろうけど。
いったい誰がそうコントロールしてるか知らないけど、政府がゲームチェンジするか、財源ガーなんて言う政治家を選び続ける限り、今だけ金だけ自分だけがこの時代のこの国における絶対のルール。
それはただの事実で現実だ。
好きとか嫌いじゃない。
だからその上で自分の打つ一手を決める。
競争社会で新自由主義で自己責任論ってほんと便利だわ。考えたやつ天才よね。市中にお金少なくなるし、金持ち讃えるし、疑わないし、喧嘩ごしだし、だから持つものにますます有利だし。
好景気になって、みんな好き勝手動かれると、一人勝ち出来ないの。ふふ。
まあ、そんなこと続けたらいずれ国なんて無くなっちゃうけどってもう遅いか。
でもお金があればじゅんくん連れて外国に飛べるし、私は別に構わないけどね。
むしろそんな事言うやつを羨ましがってるのがいるってのがまあまあこの国のヤバさだし。
赤ちゃん産んだら違うのかな…まあいいわ。
「あなたも彼に早く会えたらいいのにね。いつこっちに来るのよ?」
彼女には幼馴染の、運命の相手がこの街に居て、でもそのままでは手に入らないらしい。
私のような試練がいるのだという。
『…まだいい。最初の町でレベル上げしてる。そっちは少し厄介だもん』
「その割には楽しそうね…RPG好きはこれだから…ま、お金なら王様のごとく出してあげる」
『それ少なそう…あ。それで思い出した。現役JK妊娠中って配信はやめてね』
「べ、別にそれは良いっしょ! ただのVログだし!」
まだ構想なのになんで知ってるし…健気さとかお涙ちょうだいとか、未成年のくせに不埒とかけしからんとかで一稼ぎするつもりだったのに…!
お金稼ぐには対立構造が一番なのに…!
そう思っていたら、冷たく暗く、底冷えするかのような声がした。
『──それはわたしの好きな愛じゃない。死ぬ?』
この子、たまに凄むのよね…名前通りに耳がキィンとするじゃない…。
「わ、わかったわよ…愛ね、愛。でもアンタがそこまでなんて、少し興味が湧いてきた」
『人質はムーダだよ』
ちっ…。やっぱり読んでるか…いろいろと便宜を図ってもらおうと思ったのに。
絶対この力があれば儲けられるのに…。絶対恋愛成就アプリとか、絶対別れさせ屋とか他にもアイデア浮かんじゃう。
この不況においてさえも、人は愛とエロをもとめるものなのだ。
だって人間だもの、ケモノだもの。
でもちんぷんかんぷんで解析出来ないのよね…プログラムはおかしくないのにイミフ過ぎる。
オカルトはやっぱ向いてないわ。
「わかってるわよ。アンタに喧嘩売りたくないし」
まあ、隙見て接触してみるか…。
『違う。絶対惚れるから貴方のため』
「喧嘩売ってんの…?」
『だって、彼…勇者だから』
「勇者て…ゲームに毒され過ぎ。ヒロイック願望ってやつ?」
『勇者は暗殺者。華の心を容易く断つ者…なのに…はぁ…もっとチャラくて、近親相姦とかロリとか母とか人妻とか適当な女で青春をゲヘヘって謳歌してもいいのに…頭堅いんだから』
何言ってんのこいつ…ドン引きなんですけど…普通に恋人でいいでしょ…。
「また意味のわからないことを…華を断つって女心ってこと?」
『きっとずっきゅんどっきゅんする』
「アンタもレトロじゃない…じゅんくん以外ならないわよ」
『乱数次第ではなる。きっと体が意志に反応して赤ちゃん流しちゃう。だから、だめ』
乱数次第…? 予測不能なのにきっとって矛盾してるじゃない。
「そんなこと…なんでわかるのよ」
『悪魔だから』
聖女、魔王、勇者の次は悪魔か…高二病ってあるなかな。
「勇者なのか悪魔なのかどっちなのよ…」
というか、悪魔はアンタでしょうに…いや、魔女だっけ。
『悪魔付きなの、彼。だからレベル上げして、救済するの』
それアンタが勇者じゃない…。
「レベル上げって…具体的には?」
『マニアックな愛を咲かせること』
まるでママも私もアンタの経験値みたいに聞こえるんだけど…。
「それ親子丼のことじゃないわよね?」
『…美しい愛を咲かせること』
「修正してんじゃないわよ」
『…無修正送ってきたくせに…』
「話変えんなし」
『トラウマになったらどうするの…!』
「ならないならない。寧ろいずれ感謝するまであるし」
『ないよ! あんなおっきくないもん!』
「なんで知ってるし」
『…』
あ。こいつ覗けるんだった。
いや、心だけか…それも怪しいのよね…
まあいいわ。世の中には上には上がいて、お金だけじゃ思い通りにならないことなんて、あるってわかってたのに、じゅんくんはもちろんのこと、こいつとママで体感したし。
「いいから次の手教えてよ」
『…次はすごぉーくお高いからね』
「その分稼ぐし、構わないわ──」
こうして、私達は次の手を話し合った。
それにしても…
「…アンタが活躍すると、社会の秩序が乱れそうね」
『そうかな。そうかも。くすくす…』
そう笑って、彼女からの通信は途切れた。
「ふ──、…まあ、世の中なんてとっくにそうなってるんだけどね…」
目の前のディスプレイを眺めながらそう呟く。いつもの配信用画面と取引画面に戻っていた。
でも1000年前とかならもっと大らかなのにと、思わなくもない。
生まれる時代を間違えたかも。
もしかしてアイツはそれを狙ってるとか?
私は首とお腹を撫でた。
「んなわけないか…とりあえず、ママの運命に割り込めたことを、こうして祝おうじゃない。……みんな元気〜? 日本に元気を取り戻すけーざいアナリスト! マネーじゃなくてマニーちゃん! だよぉ──」
そうして私は、いつものように配信を使って、じゅんくんと私の子のために、豚共を煽るエサをせっせせっせとくれてやるのだ。
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