第56 -潤一18

 現実では妻がいるのに、夢の中では義理の娘、虹歌ちゃんと僕は関係を持っていた。


 妊娠中はまずいと思ってか、妊娠だけはさせてはならないと思ったのか、どちらともアブノーマルな穴を埋め、我ながら頭がおかしいとは思うけれど、この歳になって開花してしまった性の欲求のせいなのかもしれないと、とりあえず一人で病院に行ってみた。


 だけど、同年代の女性医師が残念な顔というか、憐れみみたいな表情をして「お薬出しておきますね」と言ってきて、まあまあ納得が行かなかった。



 結婚式後は、そんな夢も徐々に減り、あれほど酷かった不眠と悪夢も無くなっていったのだけど、それから半年ほど経って、あまり家で顔を合わせなくなっていた虹歌ちゃんが、いつの間にか妊娠していたのだと言う。

 

 妻となった綾香さんの妊娠がわかってから、徐々に大きくなるお腹に比例して、父とパパになる決意と責任に、覚悟と実感が湧いてきた矢先の出来事で、本気でショックだった。


 だけど、綾香さんに相手を聞いてもはぐらかされる。


 母子家庭だったのだし、いろいろと障害を持ってしまった故か、娘とは仲がそれほど良いとは思えない関係だった。


 それを心配はするものの、妻の妊娠なんて初めてのことに、もっとあたふたするものだと思っていたのに、発覚してから今日に至るまで、どうも落ち着いているのも怖かった。


 立て続けに起こるこの事態に、僕が適応出来てないのかも知れないけれど。


 相談した義父も義母も明るく笑っていたけど、どこかか乾いた笑いだった。


 みんなどこか気まずいような笑顔だった。


 そんな中、母だけは切り替えが早いのか、それとも血が繋がってないせいか、落ち着き払っていて、でも何故か資産の計算ばかりしていたのが謎だった。


 それから数日経ったある日のことだった。


 ソファに座っていた僕の前に、一枚の紙が差し出された。



 「私的…父子…鑑定…え?」



 見上げると、妻と娘が手を繋いで立っていた。



「「パパ、話があるの」」



 そう気持ち良いくらいハモった妻と娘のお腹が、お互い身体だけ見合う形を取ると、まるで合わせ鏡のようにまったく同じ大きさのぽっこりだった。


 それに服装も髪型も何もかもが同じで。


 怒ってるのか、怒ってないのかもわからない表情も、どこか同じで。


 唯一違うのは首輪とチョーカーで。


 指輪はそれぞれ左と右にしていて。


 そしてまた同時に口を開いた。



「「無責任に責任取って欲しいの」」



 声には、エコーが掛かったかのような、少しの歪みが乗っていて、呆然とする僕を置き去りに、その歪みに跳ね返っているのか、無限に響き渡るかの様な反響を与えてきた。


 夢と現実が、責任と無責任が、パパとパパの意味が、まるで押し寄せる波のように断続して訪れ、認識と事実が、ズレていた世界が、冷たさと熱さを孕んだまま、波になり、前から後ろからと、唐突に迫ってきた。


 そして点と点が線になり、膨大な情報で膨らんで輪になった。


 グラグラと脳が揺れる。



「「パパッ?! 違う違うの!」」



 そのセリフはきっと僕のセリフじゃないだろうかと、膝をつき、大量の冷や汗をかいた。


 だからもっとライトな感じでとか、法的のが良かったとか、ややこしくしないでとか、やっぱりまだ早かったとか、どーするのよとか、大丈夫っしょとかいろいろと二人して言い合っているような幻聴とも取れる会話が聞こえてくるけれど、どこか軽い感じで、僕との温度差がすごい。


 逆じゃないだろうか。


 それにそんな軽くない。


 この紙はそんな軽い出来事を示してはいない。


 これは夢ではないし、責任の取り方がわからない。


 冷や汗が噴き出てゾワゾワと心臓の動悸がどうにも止まらない。


 僕の両肩に触れる二人をまともに見れない。


 だって結婚、妊娠、浮気に母子に親子。


 こんなの誰が耐えられるんだ。


 急速に胃が収縮していくのがわかる。


 これは穴が開いたんじゃないだろうか。


 だから僕は、記憶を失うことを覚悟した。



「……?」



 けれど一向に天秤は傾かず、いや二人を思う気持ちに嘘はなく、だからこそ傾かないのか、あるいはとっくに飲み込まれているのだろうか。


 だから僕は、逃げるなんてもうやめろと、失わせないと、今度は全力で土下座した。



「綾香さん、虹歌ちゃん、死ぬまで責任を取らせてください」



 おそらく二つある選択肢を、僕はどうにか一つに繋げて輪にしようと考えた。


 我ながらクズな男だとは思うし、呆れられるか罵倒されるか、社会的にか本当にか殺されるだろうけれど、それに例え打首でもクビになったとしても、二人を手放したくはなかった。


 でもその一方では、そんな幾つもの意味が、表裏混ざりあい、まるで抜け出せないメビウスの輪のようだなぁと、そんなことを呑気に思ってハッとした。


 どうやら健忘は、現実逃避に置き換わったようだった。



「「パパ…」」



 美しい妻と娘が僕を覗き込んでいて、涙を湛えていた。


 見上げた二人のその涙が、どっちの意味なのかはまだわからないけれど、僕は両の手のひらでそれぞれ受け止めた。


 それが僕のマスカケ相に、するりと沁みた気がした。


 

「……」



 そして俺はようやく目が覚めた。


 本当に目が覚めてしまった。



「…」



 嘘だろ…マジかよ。

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