第52 -虹歌6

 自室にある六面のディスプレイには全て「SOUND ONLY」とあった。


 相変わらずの外連味だ。


 どうやらこの時間は忙しいらしい。


 でもノイズでもない、ザーザーとした音が聞こえてくる。


 また海辺にでも出掛けてるのかな。


 ああ、風かこれ。


 つまり灯台か。


 すると、小さくごめんと、耳元で囁くような声がした。


 ヘッドフォンだけど、脳に染み入るようなこの感じは何なの?


 耳に手を当てながら囁かれてるようで、ゾワゾワする。


 相変わらずどうやってるかわかんない。 



「…で、今はどういう状態なワケ?」


『くすくす。もう真似っこはいいの?』



 こいつもか…腹立つ…。


 この夏休み、ゲームチェンジは起こった。本来ならママが受けているだろう仕打ちを、今度は私が味わっていた。


 

「仕方ないっしょ…ちゃんと入れ替われなかったんだから…被るとか嫌だし」



 望んでいたとはいえ、こんなにもベリーハードモードだとは思わなかったし、記憶を飛ばすのは、私のせいじゃなかった。


 後ろにいた、ママのせいだった。


 つまりまた眼鏡とマスクの日々が始まる。


 はぁ…不幸だわ…。



「で、どんな状態なの、今のじゅんくんは」


『夢の中でRPGをプレイしてるような感じ』



 RPG──つまり遁走のまま。


 よしよし、その先にあるゴールは一緒に作るし、まだ大丈夫だ。



「はぁ…美英さんの介入もそうだけど、ママは本当に誤算だったわ」


『ね』


「ねじゃないわよ…」



 あのゲームには一つ仕掛けをしていた。じゅんくんの中にある、トラウマの記憶を呼び起こし、ママによく似た私に執着させる仕掛けが。


 仕組みとしては単純で、失恋した初恋の女の子に、よく似た子を探してしまう男のサガを利用したのだとか。


 

『見直さないのが悪いと思う』


「大丈夫って言ってたじゃん」



 でもそれは、ママによって改竄されていて、霧散し不発に終わった。


 それでも、その改竄によって、ある意味リアリティに迫ったわけだし、何故不発だったのかと聞けば、「天川綾香だから」としか答えない。


 まあ、そうだけど…。



『本当、どうなるかと思った。でもこれであなたはあの家に入れる。プレイヤーとして』


「もう遅いし」



 私は首の包帯を撫でる。


 あの日から首飾りの跡が消えてない。


 まるで首チョンパされたみたいなギザギザとした青白い痕だ。


 あの首飾りは彼女が用意した祝福のアイテム──だと言っていたけど、どうやら本当みたいだった。


 あの海の日、生まれて初めてチャイムを押せたのだ。


 彼女曰く、拒絶された「血」もこれで通り抜けることが出来ると言われていて、実際出来たのだ。


 ゲームで過去を踏襲し、その当時のカレカノとしてじゅんくんの中で概念上同質化したことで、私はようやく潤くんの家に上がれる、という話だった。


 魔女の家には招かれないと入れない。


 つまり、出禁のパパは無理なのだ。



「結婚したから結局入れたけどね…あはは…」

 

『あははは』


「何笑ってんのよ!」


『ご、ごめん』



 尤も、ママが結婚したから結局は入れたのだけど、それだけは防ぎたかった。


 用意した保険ママにしてやられるとか悔しいけど、分散型投資とかリスク分散って考え方が、染み付いてしまっていた私の敗因だ。


 そんなの自己責任だとわかってるけど、八つ当たりたくもなる。なぜならこいつがゲームに罠を仕込んだ本人だからだ。


 私に対しても。



「首絞められるとは思わなかったし、びっくりしたでしょ」



 それはどうやらじゅんくんの中の強い思い出で、消えない首の跡からそれがそうだとわかった。


 こいつは限定的だけど、強い執着のあるモノさえあれば他者の心を断片的に覗くことが出来る。


 過去、様々なママとパパの思い出の品を見てもらったことがあって、私の推測とほぼ同じことを言い当てていた。


 それから信じることにしたけど、その結果、わかったのはじゅんくんが遁走に至ってしまう大きなトラウマが三つあった。


 一つ目は小学校の頃、ママから受けたもの。


 二つ目は高校の頃、パパから受けたもの。


 最後は自殺や記憶障害の大元、自分への強烈な劣等感だ。


 でもこれは本人由来なのでどうにも出来ないらしく、だからこそ私はここに賭けていた。


 作戦が失敗した今、彼女の見立てでは、このマーキングがある限り、家に上がれるし、ママとちゃんと競えると言う。


 でももしなかったら無惨な結果だったとも言ってくる。


 それくらいママは引きが強い。


 だから最後まで黙っていたようだ。



「でもそう言うことは先に言いなさいよ…リスクヘッジって知ってる?」



 まあ、元本は割れてないし、おかげでお尻とか新規開拓したから良いんだけど…。



『わたしに言われても…由来を辿るシンボルなら何でも良かったけど…ママさんルートが良いって言うから…』


「そりゃそうっしょ」



 じゅんくんのトラウマを取り巻く行為を、自分自身で達成させることで成り代わりが成就するとは聞いていたけど、本命は自力で遁走先に誘導することだった。


 ゲームにしろ首飾りにしろ、こいつに言われる通りに仕込んでいたけど、まさかのママの介入でご破産だ。


 それでも呼び起こすことは出来たけど、首を絞められるとは思わなかった。


 ママはいったい何したのよ…



『…別にパパさんルート…暴行でも焼印でも良かったけど…嫌いでしょ』


「…そりゃじゅんくんヤニカスじゃないし、暴力なんてさせたくないし。というか最初は怖かったけど…」



 こいつが覗き見た心と、私の推測で仕上げたゲームは、元々は私を襲わせるつもりのエロゲだった。


 でもママの願望だったのか、改竄されたストーリーは、ぐちゃぐちゃにパパを殺していて、後でプレイしてゾッとした。


 じゅんくんの中でどうなったのかは今後慎重に調べるけど、一歩間違えれば、もしかしたら殺されてたかもしれない。


 というか絶対じゅんくんと私、ニュースになったじゃん。


 最近でも同い年くらいの女の子が車の中で絞殺されたニュースあったのに…。


 つーか素人タクシーシェアなんて始まったら確実増えるっしょ。他の国で禁止されてんのに、この国イカれ過ぎ。


 まあ、稼ぎ時だから反対しないけども、って違う違う。


 ほんと、死者に鞭打つとはこのことだ。根に持ち過ぎっしょ。



『充分暴力的だったと思うけど…』


「あんなの気持ちいいだけだが?」


『そ、そう…無駄な穴かと思ってた』


「穴に無駄な穴などないが?」


『……変態だと思う』

 


 私もそう思ってたわよ。どちらかと言えば罪悪感を刺激するために用意していた保険だったのに…あんなに良かったなんて…まだまだ知らないことばかりだわ。



「で、次は?」


『前に言ったけど…でもエステか美容院か何かで聞かなかった。ヤる気まんまんお花畑だった』


「仕方ないじゃん」


『あなたの記憶記録能力には穴がある。口と耳には適用されてない。あくまで瞳だけ』


「そんなこと私が一番知ってるわよ」



 本当にパパのせいで苦労する。


 というか両親のせいで苦労する、可哀想なじゅんくんと私。



「…まあ、とりあえずの目標はクリアしたし、じゅんくんの様子を見てみるわ。なんか前と違うし」



 ママもだけど…最近肌艶おかしいくらい美魔女なのよね…小皺とか消えてるし…おっぱいも垂れてたのに…なんなのあの色気と自信。


 あのチートBBAめ…浮かれてやがる。



『…? すぐ殺さなくていいの?』


「殺すわけないでしょ…」



 即殺とかこの子やっぱおかしいっしょ…。


 やっぱりこいつと血が繋がってるなんて、ちょっとでも思いたくないわ。

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