第33 -潤一9
夏休み六日目。
僕は2を漸くクリアした。結局バッドエンドばかりで、六つあるシナリオをクリアしたのだ。
そして七つ目のシナリオが最後に現れた。
でもそれはイエスもノーもない、ただのテキストで、この付近で実際に起きた事件のことだった。
その事件自体は、後で知った話だけど、それでも随分と経ってからの話で、あらましくらいしか僕は知らなかった。
事件当時、母が僕の治療の為に遠い地方の病院に何ヶ月も滞在させていたから事件には直接触れていなかったのだ。
そこは僕みたいに記憶の無い人や植物人間みたいに目の覚めない人が入院していて、退屈な日々を過ごしていたように思う。
そういえば、そこで父にあったような気もするけど、おそらくあれは夢だろう。
◆
市内某所で、友人男性の妻を強姦し、その友人男性を刺し殺したなどの罪に問われた男の話だった。
男は別の知人男性と共謀し、友人男性の妻(当時22)を強姦し、夫である友人男性を包丁で刺すなどして殺害したとして逮捕されたという。
不穏な物音に気づいた近所の住人からの通報で事件は発覚した。
警察が駆けつけた時には、殺された二人の男性と憔悴した被害女性と錯乱した犯人がいた。でも事件当日の夫婦共に不可解な行動があったようで、警察も当初は発表を控えていたという。
だけど、犯人の一人が自白し、罪を認めてからは早かった。
「あいつに昔からいじめられていた」
「いじめられた側は何年でも覚えている」
「妻を無茶苦茶にするために家まで行って攫った」
「動画を送りつけた」
「友達が殺されて動揺して刺した」
「殺すつもりはなかった」
「自分を守るためだった」
「悪魔みたいなやつだったから」
「殺さなきゃ殺されると思った」
そのような事を繰り返し自供し、監視カメラなどに脅されながら歩く犯人と被害女性が実際に映っていたこともあり、解決を見せたという。
夫の上司は涙ながらに犯人の極刑を訴えていた。事件当初こそ一歳の乳幼児が祖父母に預けられていたことから妻による自作自演、保険金詐欺も視野に入って捜査されていたけど、夫の上司や同じマンションに住む友人女性、祖父母の証言もあって、その線は消えたらしい。
妻の落ち込みようがとても酷く、夫は妻を愛していて、妻も夫を愛していたのだと誰もが認めていたらしい。
更に同日夫である被害男性が妻のことで錯乱していたのか尋ねてきた自身の母を殴りつけ、命は助かったものの、植物人間のようになってしまった。心神喪失状態での行為だったのではと、犯人の極刑には至らなかったようだ。
それでも傷害致死罪ではなく、殺人罪として逮捕されたという。
傷が15センチにも達していたらしく、明確な殺意が認められたようだ。
それが、十五年も前の話、だそうだ。
◆
ゲームがこの事件を下敷きにしたならば、バッドエンドの、あの多岐に渡る最後は、被害女性ならそうしてもおかしくないと一度は思ったのだけど、殺されるのはいつも夫である[あつし]だ。
しかも、2の首飾りはその[あつし]の歯を抜き取って作った…よそう。猟奇的すぎるし、貰いたくない。
あの女子高生はもしかしたら犯人の関係者なのだろうか。ここまでなのは相当な恨みを抱えてないと思いつかないと思う。
被害を受けた町村夫婦、犯人の二人組の一人、殺された金田は知らないけど、幼馴染のケンちゃんの名前が出て来たのだ。
彼が犯人の一人だったのだ。
ケンちゃんが殺人なんて…確かに素行は悪かったけど…確かそう思った気がする。
このゲームで、それを思い出した。
「そうだ、しししって…」
あれは幼い頃の彼の可愛らしい笑い方だった。いや…でも、もっといやらしい感じだったような…でも悪そうな感じも…
「クリアしましたか?」
不意に声をかけてきたのは、あの女子高生だった。彼女は前回見たのとは違う制服を着ていた。
これは近くにある落陽高校ので、ゲームにも登場していた。
実は僕の母校、らしいけど、アルバムなどは何故か家になく、卒業証書のみでしか判断できてない。それを彼女は何故か着ていた。
彼女は横に座ってくると、ずいっと身を乗り出して聞いてきた。
「1と2、どっちが良かったですか?」
「良いとか悪いとかじゃなくて、どっちも怖かったよ…」
昨日の夜から降り続いた雨は昼には止み、夕刻、僕はタブレットを返すため、公園まで来ていた。
いつも座るベンチは、木の下にあるからまだ濡れていて、仕方なく濡れていない時計台下のベンチに座っていた。
何故かここだけ乾いていたのだけど、日が当たるからかと納得していた。
でもここはカップルがよく待ち合わせするところで、なんだかソワソワしてしまう。
「あら…ここまでやっても、駄目でしたか…んふ、ふふ」
駄目…? このゲームは、何か僕が関わる事なのだろうか?
「君は…何がしたいんだい?」
「ふ、んふふ。そのセリフ、二回目ですね」
彼女はニンマリとした顔をしながらそう言った。
二回目…? 彼女には会ったことがあるのだろうか? もしかして、彼女はケンちゃんの娘だろうか? 記憶のない期間に会った? いや、彼女は死別したと言っていた…今もケンちゃんが服役しているかはわからないけど、親がもし捕まっていたなら、そう言ってもおかしくないか…?
そんな事を考えていたら、目の前にイヤホンを差し出された。
「最後にこの3の、オープニングシーンだけでも見てもらえませんか? これで多分わかると思うんです」
「…駄目なやつじゃないかい?」
「ええ、もちろんですよ?」
「…なんか企んでないかい…?」
そう言いながら、僕はイヤホンをつけた。何故か彼女からは切実な匂いというか、言葉では伝えたくない、頑なな姿勢が見える。
「たくらんではないです。ふひ」
「何か言ったかい?」
「いいえ」
オープニングは動画だろうか。素人が撮った時の、よくあるズーンという低いノイズ音みたいなものが唸っているだけで、真っ暗なシーンからが長いのか、夕日が強いせいか、見えないし、映らない。
だから角度を変えたりしてタブレットを眺めてみた。
すると彼女と目が合った。
それでもソワソワと周りをチラチラと気にしていたのだけど、なんだろうか。
でもどこか遠い遠い思い出のような、夕日を受けた綺麗な顔に、見覚えがあるような気がする。
それは何十年も前のような、最近のような、時間が伸び縮みしたみたいに感じる。
すると彼女は制服のポケットから、白い何かを取り出した。
夕日が反射していて、よくわからないけど、おそらくネックレスだと思う。
「たくらん、ではなかったですよ? じゅんくん」
彼女がなんと言ったかわからない。何故なら始まった動画の中の僕が、僕の絶叫が聞こえたような気がするから。
「まあ、彼氏から寝取ってもらいたいなと。ああ、まだ処女ですから。あんなのと違いますから。じゅんくんの童貞、くださいね。んふ」
やっぱりなんといったかわからない。
なぜならぼくのいしきはそこでなくなったから。
あるいは、くらいくらいうみのそこに、おとひめはいて、わるいさめからまもり、たからをてにし、ふじょうしたのだと、ぼくはおもったから。
ああ、彼女は待っていたのだ。
だから僕は彼女と初めてここでキスをした。
そして天空にある虹のかかる城に行き、その後、強く求め合い混じり合い溶け合いながら抱き合った。
そんな夢を見たような気がするし、現実だったような気もする。
昨日の夜、同じように溶け合った天川さんに、なんて言えばいいのだろうか。それだけが、頭の片隅にずっと引っかかっていた気がするけど、止まらなかった。
それは、8月8日の出来事だった。
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