第29 -潤一7

 翌日の天気は曇りで、各地の最高気温は、一旦更新をやめた。


 夏休み五日目、僕は天川さんと一緒にゲームをしていた。


 正確には僕がしているゲームを天川さんが覗く形で、こんなアラフォーな二人が居ても良いのだろうかと疑問に思わなくもないけど、ソファに並びながら興じていた。


 流石に2は、あの不思議な女子高生に聞き及んだ内容から、一緒にはできないと誤魔化しながら断ったのだけど、彼女が買い物から帰ってきたことに気づかず、いつの間にか見られてしまっていたのだ。


 半ばなし崩しのように始まったけれど、内容が怖すぎて、二人揃って震えていた。



「こ、ここは[いいえ]じゃないですかっ?!」


「いや、[はい]だと思う」



 ゲーム自体は、1と同じく背景として街や部屋などが描かれた一枚絵の上に、文字が表示されていくスタイルで、その文字を読みながら、時折出現する選択肢──はいかいいえを選ぶことでストーリーが進行していく形式だった。



「それだと怖い方に行きませんか?! これ絶対罠ですよ!」


「いや、それこそが罠だと思うよ」


「嘘です! 絶対嘘!」


「…じゃあそうしてみよう」



 2は1の続きではなかった。


 ヒロインの名前は1と同じだし、そのヒロインが成長した姿に見えなくもないけど、別の世界線の話だった。


 主人公がどうも違うのだ。


 愛し合う夫婦がいて、「キズナ」を妻が発見するところから物語が唐突に始まるのだけど、妻がだんだんと狂っていくのだ。



「ひっ!? あ、嘘! やめて!!」



 天川さんは、怖くて熱中してるせいか、僕の左腕を痛いくらいの力で締め付け、全身でしがみついていた。


 彼女は何というか、距離感が怪しい時がある。それはあの女子高生に似ているような気もするけど、天川さんに子供はいない。



「あ、ああ…! すみません…」


「あ、いや……はは。そ、そもそもこれハッピーエンドあるんだろうか…」



 膨よかな感触が無くなったことを残念に思いながら、考察で誤魔化そう。


 このゲーム、どうやっても狂っていく妻を止めることが出来ず、わずか一月でバッドエンドを迎えてしまうのだ。


 そのバッドエンドは、凄惨の一言で、夫が妻にカニバリズム的要素で殺されるのだ。


 その際、主人公の断末魔は聞こえず、ドアの開閉音や油の跳ねる音、ミキサーやハサミ、マッチの音やバーナーの音、ドリルの回転音や包丁を研ぐ音などが殺され方で響き渡る。


 普通に生活していても意識など向けないし、一度は聞いたことはあるはずの音なのに、バイノーラル方式なのか、妙に耳障りなノイズと相まって、臨場感を高めていた。


 イヤホン推奨を馬鹿みたいに信じた結果、これだった。


 少しピンクな事を期待していたのは男なら仕方ないと思う。


 しかし実態はホラーサスペンスで、その恐怖に固まっていたところ、天川さんに見つかったのだ。


 それと前回と違い、好感度なんてものはなく、ただのノベルゲームだったのだけど、ただひたすらに怖かった。



「…あの…1、してもいいですか…?」


「…いいよ。でもお昼食べてからにしないかい?」

 

「え? あ! もうこんな時間…ごめんなさい…」



 仕事中とはいえ、母も僕もすることさえしてくれたら文句はないし、妙な連帯感が生まれていたのもあって許可していた。



「はは。いいよ。でも怖かったね」


「はい…こういうの苦手…なんだと思うんですけど、ムキになってしまいますね…同じ名前だと…」



 どうやら天川さんは、ホラーが苦手らしい。



「…最後なんて言ったんだい?」


「いえ、こちらの話です」



 そうして、僕はイヤホンを外した。





 多くの雲が空を覆っていて、空にはそれを突き抜けて拡散した光が、降っていた。


 薄曇りの日の夕方は好きだ。


 昨日まではっきりとしていた雲の輪郭は、朝から溶けたままで、それが太陽のオレンジ色の光を弱くだんだんと跳ね返す様は、メラメラと燃え続けているかのようで、まるで世界の本当の終わりのように思えてくる。


 一日の終わり実感しているのか、はたまた一度事故を経験したせいか、別に厭世的とか破滅願望とか、そんなものなんてないはずだけど、どうにも「ああ、これでようやく終われるんだ」、そんな妙な諦観に襲われてしまう。


 これもまた、トラウマの一つかもしれないけれど。



「黄昏てますね」


「…黄昏か…たしかに」


 

 夕闇の先、心細いのか、不思議な女子高生は体を掻き抱きながら公園にやってきた。今時は年相応、なのかもしれないけれど、ハイヒールのサンダルを履いていて、少女と大人の間にあるような、不思議な存在に見える。


 それとどこか、疲れた表情をしていた。


 その手を離せば、抱えている全ての重さから解放されるかのようで、おそらく心細さは加速するだろうけど、足音はより美しく軽やかに聞こえそうだ。



「黄昏時になんなんですが…夢とか、希望とかありますか?」


「…カラオケでなら散々歌ってきたけど…この年だしね。君みたいな若い子に言うことではないだろうけど…そうだなぁ。母に心配かけたくないから、結婚…かなぁ」



 彼女とは別に待ち合わせていたわけではなかった。なんとなく夕焼けを見たくなって外に散歩に出ただけだった。



「結婚願望、あるんですね」


「うーん、あると言えばあるし、ないと言えばないかな。まずパートナーがいないし。ははは。君のゲームの中のような運命的な出会いなんて僕にはないし、今の世の中自分で動かない限りありふれた出会いすらいないし、それに…」


「スマホ、嫌いなんですよね」


「そうだけど…何で知ってるんだい?」


「ふふ、何でも知ってますよ」


「…冗談に聞こえないよ」



 実はゲームの地名やお店、そのどれもが、僕の知っている場所ばかりで、それも怖かった。


 こんな若くて綺麗な子が、おじさんをストーカーするとかあまり想像できないし、彼女の家は隣町だと言っていたからおそらくネーミングに利用しただけだろうけど怖い。



「どこまで進みましたか?」


「今は2でズサズサにやられてるよ」


「1はクリアしたんですね」


「まあ…うん、そうね…」


「ふふ」



 彼女を繋ぎ止める唯一の手段がアレなんて…どういう純愛なんだ…


 2の衝撃で忘れていたけど、そういえば僕は文句を言いたかったんだ。


 いや、説教になるのか…


 そう思うと、なんとなくしたくはないな…


 すると、僕の葛藤など置いておいて、彼女は真剣な顔をしてこう言った。



「これで、あなたの幼馴染ですね」


「…どういう意味だい?」



 すると彼女は、「ししし」と笑い、「まだ内緒」と続けた。


 やっぱり彼女はどこかおかしい。


 それに、僕に幼馴染なんて…ししし…? 


 その笑い方が、妙に気になった。

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