第30 -潤一8

 女子高生と別れると、家路に急いだ。


 初めて出会った時にも思ったけど、彼女は僕をソワソワさせる。


 「幼馴染」なんて揶揄ってきたせいか、忘れた青春のせいか、下半身というか、皮膚の下がザワリザワリと波打つような感覚を覚える。


 流石に犯罪者にはなりたくない。



「…どちら様?」


「…ッ」



 自宅の前には一人の彷徨く人がいた。フードと帽子、日はとっくに落ちたのにサングラスを着用していて、怪しさしか感じない人物だった。


 声をかけると、すぐに走って暗闇に紛れて見えなくなった。



「何だったんだ…?」



 自宅の外観を見上げて、ふとゲームを思い出す。玄関の扉もそうだけど、描かれていた家は、真っ白くデザインされた四角い家だった。


 昔流行っていた仕様で、雨水なんかをきちんとしなければ屋根はいずれ死ぬ。


 スタイリッシュさを代償に負債を抱えてしまうような形だった。


 自宅もそんなデザインだったけど、何年も前に屋根に傾斜をつけたから少し歪だ。そこの差異はあれど、ゲームに出てくる主人公の家もなんだかうちに似ていた気がする。



「……」



 玄関に入ると、天川さんがパタパタと早足で出迎えてくれた。


 こんな事初めてだ。



「おかえりなさぁい」


「ただいま。そういえば、こんなシーンもあったな…」


「…?」



 2では仕事から帰宅すると、妻である[あやか]が玄関まで出迎えてくれる。母はそんな事などしないし、知り合ってから初めて天川さんが出迎えてくれたのだけど、どこか嬉しいものだ。


 結婚か…



「あ、ああ、いや…なんだかすごいね、美味しそう」


 

 夕ご飯は、天川さんの都合が悪くなければ一緒に食べることがあるけれど、今日は豪華だ。


 ゲームでもこんな風にテーブルに主人公の好きなものばかりが並び、彩りも盛り付けも工夫してくれているのが一目でわかるくらい丁寧な仕事ぶりで、主人公は嬉しくなる描写があった。


 今まさにそのような状況で、なんだか既視感というか、ゲームと被るな…



「少し張り切り過ぎちゃいました。えへへ…」


「そ、そう?」


「あんなの見た後ですし、食欲ないかなーと」


「ああ…いや、普通にお腹空いてたから嬉しいよ」


「ふふ。お昼、軽かったですものね。いっぱい食べてくださいね」


「…あ、ああ、いただきます…」



 「いっぱい食べてくださいね」その言葉に主人公はホッとする。妻に見つからないよう呪われた[キズナ]をなんとか捨てることが出来たことで、妻は治ったのだと安心するのだ。



「機嫌がいいね。なんか良い事あったのかい?」


「はい。いいえ、ふふっ」


「…どっちかわからないよ、はは…」



 目の前には、鮮やかな見た目の色とりどりの夏野菜が並べられていて、楽しそうにしながら天川さんが卓上フライヤーで揚げていく。



「揚げたてがいいかなぁと」


「…そうなんだね」



 天ぷらだろうけど、「からっ、からっ、悲しみなんて〜」みたいな歌の鼻歌を歌いながら、パチパチとする音を眺めて天川さんは揺れていた。



「…嫌いでした…?」


「…いや、好物だし、嬉しいよ」


「ふふ。ですよね。でもそこは[いいえ]って言ってくださいよ」


「いいえはちょっと…はは」



 しかし、無自覚なのか、こんな風にご機嫌な彼女を見るのは初めてだ。


 心なしか言葉も甘ったるく感じる。


 なんだろうか…

 

 ゲームでは、手を変え品を変え、妻は切り刻んだ主人公の身体を調理し、食べさせてくる。


 その中にも、同じような鼻歌とともに、パチリパチリと油が跳ねる音がするシーンがあって、そこなんかは特に震え上がる。



「抹茶塩、岩塩、お好みで食べてくださいね」



 ゲームでは全てカレー味で護摩化して無理矢理食べさせてくるのだけど、「あ、もちろんカレー塩もありますよ」なんて言われたら無茶苦茶怖い。


 わざとだろうか…いや、そのエンディングは見てないか…ただ単に好物を用意してくれただけだろうけど、何か引っ掛かる。



「……1、クリアしたんです」


「え? そ、そうなんだ……え?」



 ノーヒントで…? 


 あれ、ヒロインを主人公のペットにさせないと、クリア出来ないんだけど…

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